第14話8章・現在、シルスティン編 前編


【8】



 若いとは言え雷竜は大柄だ。

 シズハは少し距離を置いた場所に着地する。


 雷竜の傍に着地出来なかったのはもうひとつ理由があった。

 

 雷竜とその騎士は、ゴルティアの兵士たちに囲まれているのだ。対竜用の巨大ボウガンまで向けられている。幾ら雷竜とは言え、あれを喰らえば酷い事になる筈だ。



 それでも雷竜は唸り続けている。

 牙を剥き出す表情は凶悪そのものだ。


 その飛竜の背から青年が飛び降りた。

 黒髪の、がっしりとした体格の生真面目そうな青年。二十代後半と言う年代だ。


 彼は自分を竜を囲む兵士を見回した。

 


「――これがゴルティア風の歓迎か。随分と手荒だ。都会風とは到底思えん」


 独り言のような言葉をその青年は酷く大声で言う。


 雷竜乗りは声が大きい。そんな噂を思い出した。




「何者だ貴様」


 武器を構えたままの兵士が声を出す。

 青年はむっとしたように顔を顰めた。



「人に名前を聞く際には自分から名乗るのが常識だろうが!」


 怒鳴ってから気付いたようだ。


「……まぁ仕方ない。予定よりも一日早い到着だ。書類がきちんと通過してない可能性がある」


 青年は自分の懐に手を入れて何かを取り出――そうとして顔を顰めた。右腕が傷だらけだと、自分自身でも今気付いたような顔をして、不器用そうに左手で何かを取り出す。


 一枚の紙切れ。

 それを兵士に差し出す。


「飛竜の入国許可書だ。ゴルティアにも届いている筈だが」

「……確認させて貰う」


 兵士は槍を横に預け、受け取った紙を開いた。

 一読し、それを別の兵士に預ける。預けられた兵士はすぐさま走り出した。


「確認を取らせて貰う。それまで此処を動かないで貰いたい」

「あぁ、分かった」


 ただ、と、竜を示す。


「私の片割れの手当てを願いたい」

「……どういう怪我だ、これは」


 雷竜は酷い有様だ。

 片角が折れ、翼も大きく破けている。大柄な胴体にも大小様々な裂傷が走っていた。特に首の付け根の傷が酷い。大きく抉られたような傷は、一部は骨にまで届いているだろう。

 地面に、飛竜の身体から流れた血が広がりつつある。


 かなりの大怪我ではあるが、竜騎士も含め、周囲の人々はあまり焦ってはいない。


 雷竜が唸り続けているからだ。

 今にも食いつきそうな表情は、戦う気満々。どう見ても傷付き、弱っているようには見えない。


 竜騎士は片割れを見たまま言った。


「話は後にして貰えないか。これほど痛がっているのだ」

「……痛がっているのか? 威嚇しているのではなく?」

「哀れな顔をしているだろう?」

「…………」


 兵士にはそう見えないらしい。

 シズハにも見えなかった。



 竜騎士が視線を動かす。

 シズハと目が合った。

 正しくは、イルノリアを見たのだろう。



「おお、銀竜か。これはいい。――そこの青年、頼む。こいつを癒して貰えないか!!」



 シズハとその青年の距離は結構ある。

 が、すぐ間近にいるほどの聞こえ方。どれだけの声量だ。

 少なくとも、真横の兵士が耳を押さえて蹲るほどの声量なのは間違いない。


 すっかり怯えた様子のイルノリアの首を撫でて宥める。


「……イルノリア、癒してあげよう」


 ゆっくりと動き、割れた兵士の中で青年と向かい合う。


 青年が笑った。

 


「突然すまん。見ての通りの状況だ」

「分かりました」


 イルノリアはシズハの背後から雷竜をおずおずと見る。

 それでも癒してくれるつもりになったようだ。

 銀の光が、降り注ぐ。


 見る間に癒えて行く傷に青年は嬉しそうに雷竜の首を叩いた。



「運が良かったぞ、シグマ。銀竜の癒しならばすぐにまた動けるようになるぞ」

「角は難しいかもしれません」

「何、これぐらいは名誉の負傷だ」


 男はシズハに向き直る。


「まだ名乗っていなかったな。――私はウィンダム自由騎士団所属ライデン。こいつは私の片割れのシグマだ」

「俺はシズハです。この子はイルノリア」


 ふむ、とイルノリアを見る。


「――ゴルティアの騎士か?」

「いいえ、今は何処にも所属していません」

「勿体無い。ウィンダムに来る気はないか。自由騎士団は戦いが多い。癒しの銀竜がいればとても助かる」

「いえ……今は」

「そうか、考えておいてくれ」


 突然の勧誘に戸惑うしかない。

 が、このライデンと言う男は本心のようだ。


 何度も勿体無い、と、呟いている。

 声が大きいので既に独り言ではない。



 雷竜――シグマの治療はイルノリアに任せ、問い掛ける。



「何があったのですか」

「シルスティン上空を観光中、黒竜に襲われた」

「なっ!」


 声が上がったのは兵士からだった。


「馬鹿者! 貴様、それを先に言え!!」

「馬鹿とは何だ、馬鹿とは!!」

「馬鹿は放っておいて、早く誰か竜騎士団を呼んで来い!! 生存者だぞ!」

「また馬鹿と呼ぶ! 無礼な輩しかいないのか、この国は! まったくっ!」


 ライデンは腕を組もうとして呻いた。

 右腕が酷い状態だ。


 火傷のように見えた。

 


「い、痛くありませんか?」

「痛いが」

「イルノリアで癒します」

「シグマの治療が終わってからで良い」

「ですが」

「此処まで耐え切れた。あと十分ぐらい耐え切れぬものではない」


 それより、と。


「シルスティンは何があった?」


 シグマを見る。


「美しい城だと聞いたので上から見てみようと思えば、城壁には死体がぶら下がっているわ、街に誰もいないわ、城はまるで廃墟のようだわ……と酷い有様だった」

「……そんな……」

「しかも黒竜だ。こちらが武器を構えず問い掛けを行っているのを無視して攻撃をしてきた」

「よく、無事で」

「無事なものか。喰われたぞ」


 シグマの大きく抉られた傷を示す。


「此処に喰いつかれて、頭に来たので全身に雷をまとって口の中に突っ込んでやった」

「……」


 雷を全身に纏う能力はすべての雷竜が有する能力である。

 強力な体当たり攻撃ではあるが、周囲にもダメージを与える攻撃だ。


 人を背に乗せてそれをやる雷竜がいるとは思わなかった。

 下手をすると、このライデンが消し炭である。

 

 恐らく、右腕の怪我はそれが原因だ。

 全身のダメージを抑える代わりに、ドランゴンランスを持つ右腕に雷を集めさせた。

 なかなか出来る判断ではない。


 それに、想像するだけでも痛い話だ。



 しかしライデンは満足そうに笑う。


「頭半分吹き飛ばしてやったぞ。流石に痛かったのだろう。動きが止まった。――が」

「すぐに再生した、と」

「そうだ。羨ましい能力だな。シグマにも欲しいものだ」




 望んで得られるものではない。



 シグマがライデンの頭に頭を寄せてきた。

 どうやら治療が終わったらしい。



「よしよし、元気になったな。私の治療が終わればシルスティンに戻るぞ」

「え?」

「万全を期してあの黒竜と対決する」

「………」



 無茶だ。



「つ、強いですよ?」

「あぁ強かったな。しかし相手の強いからと逃げたままと言うのは己が許せん」

「……死にますよ」

「死を恐れるような者が雷竜乗りになれるか」


 シグマは大きく頷いている。


 この竜にしてこの乗り手だ。


「いや、お願いですから恐れて下さい。ライデンさん、貴方が今しようとしているのは、無謀なだけの行為です」

「無謀と言うか」

「はい。――無謀は愚かな行為だと思いませんか」

「……」

「シグマの為にも、どうか、考え直して下さい」

「……愚かと真っ向から言われるのは癪だが、それほど心配そうな顔で言われると、受け入れるしかないな」


 ライデンは仕方ないと言う表情だが、何とか思いとどまってくれたようだ。



「で、シルスティンは何があったのか、それを聞かせてもらおうか」



 それとも、とライデンは視線を向ける。


「シヴァに尋ねた方が良いのか?」


 こちらに駆けて来るシヴァの姿が見えた。

 シズハは驚いてライデンの顔を見上げる。

 知り合い、なのだろうか。



 駆け寄ってきたシヴァはまずは呼吸を整えた後、笑う。


「何で貴方が此処にいるのですか?」

「観光だ」

「……観光で、黒竜と一戦交えてくるとか、いやぁ、何と言うか、貴方らしいですね」

「褒めてるのか? 馬鹿にしているのか?」

「嫌だなぁ、褒めてますよ」

「ならいい」


 会話の運び。

 どうやら知り合いのようだ。

 それも、親しい知り合い。


「――ゼチーアさん」



 ジュディの、そしてシルスティンの件があって以来、見るからに痩せたように思えるゼチーアの姿を見る。

 ゼチーアはシグマを、そしてライデンを見る。


 その間に入って、シヴァが笑う。

 片手でライデンを示した。


「彼はライデンさん。書類の通り、ウィンダム自由騎士団の竜騎士です。――身元は僕が保証します。ライデンさん、こちらは――」

「……竜の世話役か?」

「……? いえ、ゴルティア竜騎士団副団長のゼチーアさんですけど」


 何の理由を持って初対面のゼチーアを世話役と決め付けるのか。

 普段のゼチーアなら嫌そうな顔ひとつもするだろうが、今日の彼はもう一歩、ライデンへと寄った。

 口を開く。


「シルスティンで目撃した事を話して頂きたい」

「ならばそちらの情報も提供して貰いたいものだな。シルスティンは何があった?」

「黒竜とそれを操る者によって連絡が取れない」

「壊滅状態か」

「恐らく」

「……ふん」


 ライデンは腕を組み――掛けて、また顔を顰めた。

 左手だけを曖昧に動かす。


「私がウィンダムを出てまだ十日ほどだぞ? いくらあちこち見て歩いたからと言って、その短期間でシルスティンが崩壊するか?」

「……まだ、十日前だと……情報がウィンダムに届いてなかったと思います」


 それに、とシヴァは言う。


「シルスティンの壊滅は、一晩です」


 流石のライデンも一瞬言葉に詰まった。



「……神聖騎士団はどうした? それにあの国は竜騎士団もあったろう」

「竜騎士団は黒竜によって敗北。神聖騎士団は――動きが無い以上、恐らく敗北したのだろう」

「納得出来ん」

「だが、竜騎士団の生き残りが情報を齎した」


 生き残り、と言う言葉にシズハは胸が痛くなる。

 寄り添ったイルノリアの顔を撫でた。

 不安げな彼女に大丈夫と囁く。



「――分かった。まずはシルスティンが大変危険な状況と言うのは理解した。……が、ゴルティアは何もしてないのか?」

「軍を派遣する。しかし、地上の侵入経路は結界によって塞がれている」

「空中は大丈夫だった。黒竜にすぐ狙われたがな」

「それが問題だ」


 ライデンは何か言いかけた。

 が、シヴァが軽く腕を叩く。


「シグマほど丈夫な竜の方が珍しいんですよ、ライデンさん」

「……そうか」


 言いかけた言葉を飲み込む。

 多分、「力ずくで何とかなる」とでも言うつもりだったのだろう。




「私の見たもの――と言っても、シルスティン上空に入った途端に黒竜に襲われた。大したものは見ていない」

「それでも」

「街に人の姿は無かった。城壁には恐らく兵士らしい人間の死体。そして、銀の秘宝だったか? あの王城は」


 シルスティンの王城のふたつ名を出され、ゼチーアは軽く頷いた。



「白い箇所もあったがそれ以上に殆どが黒だった。山を覆うほどの大きさだったぞ」

「ありえない」


 シズハは思わず言葉を挟む。

 視線が集まる中、記憶の中の王城を引っ張り出す。


「山の、途中にある城でした。そんな大きさは――」



 ゴルティア王城を見上げる。


「この城の、半分ほどの規模しかありません」



 ライデンも王城を見上げる。


「倍はあったな」

「……どういう事だ」


 ゼチーアの呟き。



「私に分かる訳も無い」


 ライデンは呆れたように返した。


「まぁこれから調査をすれば分かる事もあるだろう」


 さて、と彼は続ける。


「私は何をすればいい?」

「……は?」


 間抜けな声で答えたのはシヴァ。

 まん丸な目をしている。


「……観光に来てるんでしょ?」

「観光などいったん中止だ。どう考えても悪の気配があると言うのに、遊んでなどいられるか」

「ウィンダムに許可なく、他国の手伝いなんてしていいんですか?」

「申請書は始末書と一緒に出す」

「………」


 シヴァは困ったようにゼチーアを見た。

 ゼチーアは沈黙。


 ライデンを見ている。


「ゼチーア殿、と言ったな? 私もシグマも役に立つと思うが? 聞く限り、ゴルティア竜騎士団には雷竜はいない様子。戦いとなれば、雷竜の能力は必須かと思うが」

「……失礼だが、シヴァの言葉があるとしても、貴方を信用した訳ではない」

「ならば一番危険な作戦に突っ込ませれば良い。ゼチーア殿は殺しても良い兵士をひとり得たと思えばいいだけの事だ」

「死を恐れない、と?」

「死を恐れるような雷竜乗りはいない」

「では」


 問い掛け。


「片割れの死も恐れないと?」

「……」


 ライデンは沈黙。

 ライデンの横。

 シグマが牙を剥く。

 全身を金の雷が走った。明確な怒りを、ゼチーアへと向ける。

 ライデンは右手を軽く上げ、片割れを封じた。


「シグマの死は私の死。死ぬならば共にだ。恐怖など無い。――何故そのような質問をされるのか、理解が出来ない」

「失礼を」


 言葉だけの謝罪、としか思えなかった。


「ライデン殿、助力の申し出は有り難いが、ゴルティア竜騎士団はゴルティア竜騎士のみで動く。――勝手な戦闘も避けて頂けると助かる」

「……分かった」


 ライデンは瞳を細める。

 紫色の瞳。


「私が信用置けないと言うのならば仕方ない」

「それもあるが、もうひとつ」

「何を?」

「死を恐れないような竜騎士を、戦いに参加させる訳には行かない」

「臆病者の方が良いと言うのか?」

「死は恐れて頂きたい。貴方が死ねば、哀しむ者も、いるだろう」

「…………」

「以上だ。――入国許可書は確かに受理されている。もてなしは出来ないが、竜舎と竜騎士用の宿舎を使用して頂きたい」

「分かった」


 その、と、ライデンが口を開く。


「……すまん」

「謝罪を受ける理由が無い」



 ゼチーアは立ち去る。

 シグマとライデンを囲む兵士たちも去った。


 シヴァはゼチーアの後姿を見、それでも、その場に残った。


 迷いながら、彼はライデンに向かい、声を出す。


「その――ゼチーアさん、普段はもっと……礼儀正しい人なんです。今は、ちょっと、シルスティンの事とか、色々あって」

「あの男の片割れは生きているか?」

「……? はい」

「なら、誰が死んだ? 肉親か?」

「……」

「そういう事だろう」


 伏せる、瞳。

 左手を片割れの首に這わせる。


「無礼をしたな」

「ゼチーアさんは大丈夫だと思いますよ。気にしなくとも、きっと」

「それでは私の気が済まん。――機会があれば、きちんとした謝罪をさせて貰う」


 その前に。


 ライデンは右腕を示した。


「シズハ、頼めるか?」

「はい」

「良かったですねぇ、ライデンさん。丁度運よく銀竜がいて」

「日ごろの行いの賜物だ」

「………………」

「その曖昧な笑顔は何だ」

「えーと……まぁ、自由騎士団本部の地下室を愛用するような人が日ごろの行いとか、言われるとあれだなぁ、と」

「本部の施設の利用は法で認められている」

「……あはははは」


 シヴァがシズハを見た。


「じゃあ、シズハさん、ライデンさんの事、頼みますね。――出来たら、宿舎の案内も」

「はい」

「では、ライデンさん」

「厄介な時に来たようだな。すまん」

「大丈夫ですよ。ゴルティアは何だかんだでいっつもごたごたしてますから」



 フォローにもなってない発言をしてから、シヴァも立ち去る。



 残されて。



 イルノリアがライデンの右腕に顔を寄せる。

 銀の光。

 見る間に癒えていく腕に、ライデンが感嘆の声を漏らした。


「素晴らしいな、銀竜の力は」


 癒された手を上げて見る。

 ライデンの右手は紫色の鱗に覆われた飛竜のものだ。これが彼の契約の証なのだろう。指の数も四本。指の配置も人のものではない。破けた服から確認出来る範囲――肘の少し上まで――完全に飛竜の腕になっている。


 ライデンはその指を開き、閉じる。その動作も何の問題も無いように見えた。


「神経が傷付いてなかったので良かったです」

「神経が傷付くとやはり此処までは治らないのか?」

「多少、腕の動きに影響が出ます」

「なら幸いだったな。それにしても、この銀竜がいなければ、ここまで癒せなかったかもしれない」


 イルノリアを見る。


「以前、他の銀竜に癒して貰った事があるが、それよりも癒しの力が強いようだな。幼いながらもたいしたものだ」

「……そうなんですか?」


 シズハはイルノリア以外の銀竜を一匹しか知らない。

 エルターシャ。シルスティン女王の片割れ。大陸最高齢の銀竜と比べる方が無理な話だ。


「どの飛竜もやはり個々の能力には差がある。そんな不思議そうな顔をする事も無い」


 先ほどからライデンに擦り寄って来るシグマを示す。

 ごろごろと雷が落ちる寸前のような音がするが、どうやら猫のように喉を鳴らしているらしい。


「私のシグマもまだ若いが、雷竜としての能力はかなり優秀だ」

「飛竜としても優秀かと思います」

「嬉しい事を言ってくれるな。――シグマ、喜べ」


 吼えた。


 イルノリアが竦む。


「も、申し訳ありません、シグマ、擦り寄るのはやめて下さい、ちょっと……大きいです……」

「そうか? 銀竜が片割れだと大きい飛竜には慣れぬのかもしれないな」


 と言うか、シグマの擦り寄り方が乱暴なのだ。


 すっかり怯えてしまったイルノリアを見て、ライデンが口を開く。


「どうした、銀竜?」


 ライデンは手を伸ばし、イルノリアの頭を撫でた。

 驚いて身を引くイルノリアに苦笑。


「すまん、驚かせたか。助かったぞ、その――」

「イルノリアです」

「イルノリア、有り難う」


 イルノリアはシズハの背後に隠れる。

 だがじっと視線はライデンに注いでいた。

 少しばかり、用心している。


「申し訳ありません、少し、臆病な子なので」

「よくある事だ。勝手に触ろうとした私が悪い」

「……飛竜は、他者に触れられるのを好まないものですか」


 今まで、飛竜に拒否された事は無い。

 触れたいと望めば、どんな飛竜も身を許してくれた。


 竜人。

 どんな竜でも従える存在。

 その言葉が何故か、重く感じる。


 ライデンはシズハの問いがよく分からないような顔をしている。

 不思議そうに、「ああ」と頷いた。


「人懐こい種類の竜以外はあまり好まないと思うが?」

「……そうですか」

「何、この銀竜はメスだろう。メスは内気なぐらいが丁度良い」

「はい」


 ライデンの言葉は的外れだ。

 だが、彼なりのフォローに笑う。


 笑みのまま、シズハは言う。


「案内させて下さい」


 まずは、とすぐ背後の竜舎を示す。


「――竜舎は此処です。シグマは、此処に預けて下さい」

「ふむ、分かった」

「宿舎の方も案内します」

「頼む」


 イルノリアに待っているように囁いて歩き出す。

 シグマが付いて来ようとするのを、ライデンが止めていた。あの凶悪そうな顔で随分と切ない声を出す雷竜だ。


 シズハは小さく笑った。

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