第30話 夜空に輝く白い閃光

 アームの爪が開くと、核爆弾はアームから離れ前方へと投げ出されて行った。同時に核爆弾に取り付けられた小型のブースターロケットが点火する。


「全メインエンジン停止。

 No.4、5,7,9姿勢制御バーニア噴射」


 一方、静自身である小型の宇宙船は、その右前側面とその対角線上に位置する後部左側面のバーニアを吹かした。機体がバーニアの噴射と共に急激に180度回頭した。


「慣性制御開始、回頭停止、位置固定」


 普通なら重力や空気抵抗のない宇宙空間では一度動き始めた機体を停止する為には逆方向に力を加えないと止まらないのだが、静の機体はそれをする事無く180度回頭した時点で完全停止した。これこそ、人類の英知を遥かに超えたOTA(オーバーテクノロジーAHAS)の産物で、慣性力を完全制御を可能とする慣性制御ユニットの力だった。


「全メインエンジン再始動。

 フルブーストモード」


 そしてすぐさま、機体後部のメインロケットが点火し青白い炎を噴き上げる。



 小型のブースターロケットで宇宙空間へと加速をつけて進む核爆弾に対して、静の機体はメインエンジンを吹かせて地球の方向へと加速する。核爆弾と静の距離がみるみる離れて行く。


「対電磁バルス防御。シールド展開」


 静の声に機体の表面全体に淡い光の幕の様な物を展開した。


 同時に静の視界の中央にあったタイマーが『00:00:000』を示した。


 一瞬、漆黒の闇に包まれた宇宙空間に、まったく無音のまま、まばゆいばかりの光球が現れた。


「電磁パルス発生を確認。

 核爆弾処理完了。

 機体ステータス、オールグリーン。

 これより地球への帰還を開始する」


 核爆弾の閃光を背景に遠ざかる機体の中、静がそう告げた。



 その核爆発の輝きは、ホテルのパーティー会場で監視衛星からの3D映像を見ていたカタリナ達にも確認できていた。と言うより、その瞬間、一瞬、投影面すべてが真っ白になって何も見えなくなったと言うのが正しかった。同時に、まるで大きな雷が光った様に、窓の外の夜空も一面明るくなった。それでカタリナ達は核爆弾が爆発したことを知ったのだ。


 しかし、3D映像が完全にホワイトアウトしてその瞬間、静がどうなったのかはカタリナには分からなかった。自分たちやこのエドワード島やラマナス自体には何の影響もなかった事には安心出来たカタリナだったが、もしかしたらあの核爆発に静が巻き込まれてしまった可能性もあるのだ。そうなったら、例え、あの様な人知の及ばぬ力を持った姉でも無事で居られるのかカタリナは不安だった。


 しかし一呼吸の後、映像と共に監視衛星が中継して送ってきた静の音声で、カタリナは静の無事を知り、やっとホッと胸を撫でおろす事が出来た。


 同時にホワイトアウトした映像が徐々に回復し、こちらへ向かって進んでくる静の機体を捉えた。カメラが静の機体をズームアップすると、そこには先ほどまでと全く変わらない白銀に輝く機体が映っていた。


「姉さん……良かった……」


 音声だけでなく自身の目で静の無事を確認できたカタリナが思わず声を漏らした。それを見てクローディアが優しい微笑みを浮かべた。マックスもやや照れ加減にその口元に笑みを浮かべた。


「しかし驚きました。

 普段、姉さんと一緒に行動しているマックスさんはともかく、

 クローディアまで姉さん事を知っていたなんて。

 いえ、それ以上に色々と荒事まで……」


「荒事に関しては僕よりクローディアさんの方が上手なんですよ、姫君」


 クローディアを見てそう言ったカタリナに、マックスがにやりと笑って言った。


「こら、マックス、そんな事、姫様に言わなくて良いのです!」


「でも、こうなったからにはいずれ姫様にも知られる事だって」


 まるで小娘の様に恥ずかしさでその頬を赤く染めてクリーディアが声を上げると、マックスは一層にやにやしながらそう答えた。


 今までは常日頃マックスと静が、真面目なメイド長であるクローディアが抵抗できないのを良い事に夜な夜な辱めては楽しんでいると思っていた。ところが今の二人の様子を見てカタリナは、ひょっしてクローディアは無理やりそうされてるのでなく、マックスの事を好いてそれを受け入れているのではないだろうかとふと思った。もちろん、マックスに方もクローディアをおもちゃにするのではく、真面目に女性として好いている様な気がした。



 一方、静の方は大気圏再突入への準備に入っていた。


「ターゲット地点、ラマナス、エドワード島。

 軌道確認。予定軌道のオンラインで進行中。

 メインエンジン停止、大気圏再突入姿勢へ」


 すると機体のメインエンジンが停止し、地球の方を向いていた機首を起こし始めた。


 やがて機体は地球大気圏に対してまるでサーフィンをするかの様な姿勢になった。メインエンジンは停止していたが地球の重力に引かれ静の機体は地球に対して速度を増しながら落下し始めていた。間もなく、大気との断熱圧縮による熱で機体下部が赤く焼け始める。


「大気圏突入を開始。

 機体、および姿勢、軌道、すべて異常なし」


 静の目に見えるモニターは断熱圧縮による高熱で一面真っ赤になっている。そしてそこには速度や対地距離などを示す数字が目まぐるしく変化しながら表示されていた。


 静の機体形状も大気圏再突入体としては別段奇異物ではない為に、一見これは極々普通の大気圏再突入シークエンスに見える。しかし、あえてもう一度言うが、この機体に静本人が乗って操縦している訳ではない。この機体その物が静自身なのだ。つまり静はその身一つで大気圏再突入を行っている事になる。


 かつて成層圏からその身一つでダイビングを成功させた人間は居たが、さすがに衛星軌道の外から生身一つで地球に帰還した者など存在しない。いや、地球の技術ではその速度から来る断熱圧縮の高熱を突破する事など、耐熱に優れたカプセルを使用しない限り絶対に無理なのだ。


 それを静は今、平然とやってのけているのだ。


「始めて衛星軌道外側までの飛行、

 そして大気圏再突入なんて初めてやったけど結構簡単に出来る物ね。

 さすがOTAって所かしら」


 静は、今は自身の体になっている機体を細かく制御しながらそう独り言を呟いた。


「本体カラ対消滅弾頭みさいるヲ発射シテノ核反応弾処理

 ヲ推奨シタノニ何故コノ方法ヲ選択シタ?」


 その時、静の独り言を聞いて何かがそう尋ねて来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る