第9話 ラマナス海洋国家史(5)

 この紛争により、世界のパワーバランスは大きく変わった。それまで経済的、軍事的、そして政治的にもアジアの覇者だった中国(共産党政府の中華人民共和国)が完全に脱落し、USA、ロシア、ヨーロッパ諸国、そしてラマナス海洋王国が世界をリードする主要な国家となった。


 ここに至っても、事実上、アジア、いや、正確にはその秘められた戦闘能力の高さから世界最強の国家となったラマナス海洋王国だったが、その国王エドワード=ラマナスは積極的にその力をふるうことなかった。アジアの中心もあくまで今や旧台湾の国民党政府が統治者に成り代わった大中華民国であるとし、自らは平和主義の観光立国であると宣言し黒子に回った。


 ちなみにこの紛争において中国共産党政府の人民解放軍を完膚なきまでに叩き、中国大陸の電子機器をすべて使用不可能な状態にしたのは、エドワード島近海の海底に眠るエイリアンの遺跡AHASだったのは公然の秘密だった。ただ、これがAHASをラマナスがその支配下に置いて反撃をしたのか、あるいはAHAS自体が中国人民解放軍の進軍で目覚め、自身に対する敵対行動と判断し自主的に反撃を行ったのかは不明だった。


 しかし、ラマナス海洋王国とAHASは非常に緊密な友好関係にあると言う事は間違いなかった。


 事実、この紛争終結以降、地球上のあらゆる技術革新には目を見張るものがあった。表向き、それは世界各国で行われた数々の新発見や新技術の開発結果だったが、不思議な事にその全てが発見や開発と同時、世界に向けて公表されていた。普通なら軍事転用可能な物は対外的にある程度の期間は極秘とされる様な物まですべて即刻公表されていたのだ。


 これはラマナス海洋王国がAHASから得た超高度技術オーバーテクノロジーOver Technology AHAS(通称:OTA)であり、それをかつての核の様に特定国が独占するのではなく世界中が分け隔てなく共有する様に仕向けたものである事は公然の秘密であった。ただAHAS自体は非公式かつその一部を捉えた画像がネット上で流れるだけで、実物に関しては完全に秘匿されていた。その為、公表されているOTAが全てなのか、まだ公表されていない未知のOTAが存在するのかと言う疑惑が常に存在した。


 この措置のおかげで実際に、この紛争の後、世界は今までにない平和な時を得る事になる。覇権を主張せず穏やかで平和主義ながらAHASを所有し圧倒的な戦力持つラマナス海洋王国が、覇権を唱えようとする世界中の大国に対し大きな抑止力となっていたのだ。


 ただし、これで完全に世界が平和になったかと言えば違っていた。ラマナス海洋王自体が、この世界的な安定した平和と引き換えに、どうしようもない潜在的脅威を抱え込むことにもなっていた。


 それは他でもない、生き残った旧中国共産党政府を信奉する者たちだった。彼らは自身の国を策を弄して踏みにじり滅亡させたラマナス海洋王国、とりわけその王族を憎みテロリスト集団と化した。しかしながら、紛争後の世界があまりに平和かつ自由であった為、もともとそう数の多くなったそのテロリスト集団は急速にその勢力を減少させ、大きなテロ行為はまったく行われる事はなかった。



 そして、時はそれから30年の時が経った2056年。


 世界はラマナス海洋王国の隠れた庇護の元、相変わらず平和で穏やかな日々を過ごしていた。ラマナス海洋王国もその首都エドワード島を始め、領土内の島々は現在とほとんど同じ姿になっていた。そして二年前、初代国王エドワード=ラマナスの死去に伴って一人息子である皇太子『フレデリック=ラマナス』が33歳で第二代国王として即位していた。


 フレデリックは若き日、自身の専属家庭教師であった10歳も年上の美しい日本人女性『三条 忍』に恋し、熱烈的なアタックの末にめでたく結婚をしていた。結婚から一年後、フレデリックと忍の間に一人の女の子が生まれた。この女の子こそあの『しずか』であった。静は幼い頃から人当たりが良く優しい性格で学校での成績も良く、その上、誰もが目を引くすらりとした長身の美しい王女だった。『ラマナスに咲く花の姫君』と言われ国民からの人気も高く愛されていた。ラマナスは性別を問わず生まれた順に王位継承権の優先順位を与えられる為、国民の誰もがこの美しい姫君が後にこの国初の美しい女王になると信じ楽しみにしていた。


 2056年9月10日、後に『九月の惨劇』と言われるこの日、10歳になった静は母である忍と共に国王として初の海外遊説から帰国する父フレデリックを出迎える為にエドワード島国際空港に専用リムジンで向かっていた。その道中の至る所で国民達が可愛らしい姫君と美しい王妃の姿を間近で一目見ようと沿道に詰めかけていた。


 二人を乗せたリムジンが間もなく空港に到着しようとしていた時だった。


 突如、沿道から数人の男たちが車道に飛び出して来た。男たちはそのまま静と忍の乗るリムジンの前に走り出た。そのままひき殺すわけにもゆかずリムジンはその場に停車した。当然、警護に当たっていたバイク警官、前後の車両にいたSPがその男たちを制止しようと駆け寄った。男達が警官やSPに取り押さえられたその瞬間、彼らは背負ったリュックに詰め込んだ爆弾で警官SPを道連れに自爆した。


 この時、この事件を傍で見ていた者たちは、警官たちは気の毒な事をしたとは思ったが、王妃と姫君が無事だった事に胸を撫でおろしていた。


 しかし、警備の者達のほとんどが自爆テロの巻き添えで居なくなったこの時を狙って、二人の男が両手に大きなボストンバック、そして背中にはあの男達と同じリュックを背負い沿道から走り出て来た。そして、そのまま静と忍の乗るリムジンへと一直線に駆けて行った。


 近づいてくる男たちに気が付いてリムジンの運転手が車を発進させようとしたが、その前の惨劇で動揺していて発進させる動作が一歩遅れた。これが致命的だった。静と忍が乗ったリムジンの後部座席左右のドアにそれぞれその身を押し付ける様にして二人の男はボストンバックとリュック、さらには体中に巻きつけた爆薬を爆発させた。


 防弾ガラスや装甲が施されたリムジンではあったがここまでの至近距離で、相手が特殊かつ強力な爆薬ではなすすべなかった。

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