第3話 下品で無礼で醜い姉姫

「姉さん、もう少し王族としての自覚を持って行動ください!

 あなたの身勝手な振る舞いがどれだけお父様を悩ませ、

 そして王家の名に泥を塗っているかご自覚ください!」


 女と連れの男がまるで高級ホテルの様は玄関を入って来ると、真正面にある豪華な飾り階段からカタリナがそう怒鳴りながら走り降りて来た。


 その声を聞いた女は、階段下で立ち止まるとめんどくさそうな表情で階段を降りて来るカタリナを見上げた。


「まったくうるさい奴だな、カタリナ。

 あのくそ女と二人で、私から父親を奪い、

 その上、王位継承権まで奪っておいて今更綺麗ごとを言うか?」


 そして女は吐き捨てる様に言葉を投げつけた。


「それはあなたの行いが招いた事。

 私はともかく、お母様をそんな風に言う事は絶対に許しません。

 今ここで、今の言葉取り消して謝罪してください!」


 カタリナはそんな女に臆することなく、女の目の前までつかつかと歩み寄ると、胸と胸とがくっつくほど女に近づき、その顔を見上げる様にして声を荒げた。


「あのくそ女は見た目は美しい。

 それに家柄も良く、気立てが優しく、国民受けも良い。

 本当に上手くやったと感心するよ。

 まあ、何と言っても……

 それまでただ一人、王位継承権を持ってた王女がこんな姿じゃな」


 カタリナに見上げられ詰め寄られた女は、そう言って一度言葉を切った。そして、顔の半分を隠すかのように垂れていた前髪を片手でゆっくりと上げた。


 そこには、今まで見えていた右半分の彫刻の様に透き通る様に白く整った顔とはまったく違う顔があった。


 額から左の頬にかけて赤黒く、そして醜く焼けただれた肌。そればかりか、眼の下から顎にかけては大きな縫い傷さえあった。


「体も半分以上がこんな感じだ。

 こんな醜い女を誰が自分たちの女王にしたいと思う?」


 その言葉にカタリナは女から顔を背けながら数歩後ろへ下がった。


 今更見せられなくともカタリナにはその女の事は嫌と言う程分かっていた。目を背けたのは決してそれがまともに見れぬほど醜かったからと言う訳ではない。服で隠せる体はともかく、顔にまであの様な物を持っている事がどれほど自身の心を傷つけるかと言う事が、同じ女として痛いほど分かっていたからだ。


「それ見ろ、半分とは言え血の繋がる妹のお前でも、

 私の顔はまともに見られぬほど醜いからな。

 だから、私の事はもう放っておけ。

 そうすりゃ、お前たちの事にも干渉する気はない。

 親父と三人、清く正しい王族をやってりゃ良いさ!」


 自分から顔を背け後ろへふらふらと後ずさるカタリナを見て、その女は勝ち誇った様にそう言うと愉快そうに声を上げて笑った。



 この女、この様な突飛な恰好をしているが、実は、この国の王『フレデリック=ラマナス』と今は亡き王妃『シノブ=ラマナス』の間に出来た一人娘であり第一王女である『しずか=ラマナス』である。ただし、その素行の悪さから実の父であるフレデリックからすでに『王位継承権』を剥奪されていた。ただ、王位継承権を失っても王族の一人としてこの王宮内に住む事は許された。王位継承権を失っているが故にクローディなど王宮の使用人達や一般人は静の事を『静様』あるいは『殿下』と呼び、王位継承権を持つ『カタリナ』のみを『姫様』と呼んで区別していた。


 ちなみにカタリナは、静の母亡き後に後妻として新王妃となった『マリア=ラマナス』が王との間にもうけた娘で、静とは異母姉妹になる。静は、この継母を当初から父を寝取った娼婦の様な女と人前でも平然と罵った。そしてその仲は最悪な物だった。さらにカタリナが生まれ、自身の素行の悪さから王位継承権を実の父であるフレデリックから剥奪される事態になり、静と、マリア、カタリナの母娘は、もはや修復不可能な状態になってしまった。そればかりか静は実の父であるフレデリックとの仲もほとんど口も聞かぬほど険悪となってしまった。


 ただ、実の父であるフレデリックも静の事をやはり不憫と思う事があったのだろう。王位継承権を失い、事実上、王女の地位を廃位された形になった静に、今まで通り王宮で暮らす事を許し、王族としてのある程度の特権やお金の自由は与えていた。


 このスキャンダラスは話は、静が王宮の外でもまるで家出不良娘の様に昼となく夜となく自身を隠すことなく平然と遊び歩いていた為、国民の多くが知る事となっていた。普通ならこの様な王女など、国民全体から総スカンを食らい国民の方から排除されるのが普通である。まあ、一部のアウトサイダーからなら、この様な破天荒な王女は英雄視さる事もあるだろう。だかしかし、静は不思議な事に、この国民の大多数からその素行の悪さを含めてある程度受け入れられていた。彼女の場合、その特殊な事情故に国民からはかなりひいき目に見られ、その素行の悪さもある程度黙認されていたのだ。


 そして、静といつも行動を共にしている男は、この国の治安を守る検察庁の長、名門貴族ローズブレイド家当主にして検事総長の息子で『マックス=ローズブレイド』と言う。実は、彼自身も誰もが認める実力を持つ有能な検事正でエリートだった。しかし、静が自身の持つ特権を利用して誘惑しそのエリートコースからドロップアウトさせて、自身の悪友グループに引き入れてしまった。今では静の第一のお気に入りで、いつも行動を共にし、一般には『静様の愛人』とまで言われている。しかし、その一方、彼は王自らが内々に父である検事総長を通して、素行に問題がある静の監視役として彼女の傍に居させているらしいという噂もあった。



「クローディア、今夜はお前も含めてマックスと3Pで楽しむぞ!

 夕食を私の部屋に運んで来たらお前はそのまま部屋に残れ」


 静の素顔を見せ付けられて後ろによろめいたカタリナに聞こえる様にわざと大声でそう言った。そしてその言葉に目を見開き怒りの感情を露わにしたカタリナを見て、静は挑発するかのような下卑げびた笑いを浮かべた。


「こ、この人は、王宮の玄関で、何て事を!

 クローディア、あなたはこんな人の言葉に従う事はありませんよ!」


 カタリナも負けずにまた静にぐっと詰め寄ると、彼女を見上げ睨みつけながらそう言葉を荒げた。


 二人の様子を見て当のクローディアは戸惑いの表情を浮かべ、マックスは面白そうにニヤニヤと笑っていた。

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