六章三話

菊川は一人、宿まで戻って来ていた。黒い犬に引きずられるような格好で走ってきたため、少し息が切れている。

「まったくもう、なんだってのよ……」

毒づいても、犬は聞く耳を持たない。持たないのだが、どうやら人の言葉自体は理解できるらしい。菊川が一人取り残された時に周りを見たら隣で尻尾を振っており、袖をぐいぐいと引っ張るので「そっちに行けってこと?」「あなた桃ね?」「三人は無事?」などの質問を浴びせかけ、確認した。

と、再び菊川の袖を引っ張ろうとするので、歩き出す。黒い犬は、まっすぐ桃の部屋を目指していた。

菊川は、黒い犬の外見に見覚えがあった。菊川が小学生の低学年の頃だったから15年近くのことになるだろう。当時、クラスの中心であったいじめっ子によく懐いていた犬だ。よく似た番いのこの犬は、姿を消すこともできるはずなのだが。

「あなた、二匹でセットじゃなかった?片割れは?」

犬は首を横に振る。

「いないの?それとも、今は出せないの?」

今度は、二つ目の質問に対して首を縦に振る。

「なんで出せないの?実力?運?」

二つ目の質問まで首を横に振り、三つ目で縦に振る。菊川は、プライドの高い犬だ、と苦笑いを浮かべた。

そうこうしている間に、桃のバッグが置いてある部屋に着いた。黒い犬はバッグの隣で、激しく尻尾を振って菊川にアピールする。

「開けろってこと?いいのかしら?」

返事することなく、黒い犬はバッグをずりずりと菊川の足元まで運び、力強く尻尾を振る。開けてみると、荷物の一番上にノートが置いてあった。「菊川先輩へ」という付箋が貼ってある。手に取って開いてみると、そのノートは桃からの手紙だった。


お疲れ様でした、菊川先輩。先輩が一番頼りになると思って、頼ることにしました。私たちは今、昔の神徒が作り出したらしい亜空間の中にとらわれています。外に出るためには、外から対処するしか方法がありません。幸い、先輩をここまで連れてきた黒い犬と、先輩が持っている杖があれば、なんとかできる範囲のことです。

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