四章七話

侑里の研究が終わり、侑里と萌子の二人は研究所から出るところであった。

「どうだった?何か気になることでもあった?」

「『萌子が侑里を心配しているらしい』ということ」に気がついていないフリを保つべく、いつも通りの調子で萌子に問いかける。

「うーん、ずっと別室でユリが終わるの待つだけだったから、よく分からないや。神徒じゃないと待合室から先には行けないから凄い力を持っている神徒の人とも会うチャンスなんてないし」

萌子のそう言う声と表情からは、ごくわずかだけ侑里を心配する色が見えた。萌子はそういった心の動きを隠すのが巧みで、侑里は経験と確信があったからこそ気がつくことができた。だが、そのごくわずかな色は、間違いなく萌子自身を苦しめているだろうと見て取れた。

「それはそうだけどさ……」

どうにかして自分の悩みの種の正体は「自分が神徒であること」自体ではないと教えたかった。響と出会わなければ今までと何も変わっていないということを、萌子に伝えたかった。侑里が言葉を探している内に、研究所から出てしまう。このまま黙っていても、萌子の疑念は更に深まるばかりだろう。何か言わなければ。その焦りが、侑里に天啓をもたらす。

そうだ、今日の研究では普段と違うことがあった。『孤独の樹』の絵――厳密には、原寸大のコピーだが――を研究所で実験に参加している神徒全員へ見せられたのだ。研究員が慌ただしく走り回っていたから、きっと今日突然決まった何かなのだろう。その時、「このツボミの花は咲いているか」と職員から質問があった。侑里や研究に参加している他の神徒も全員首を横に振ったし、萌子のところまで戻る時に別の研究所の神徒に話を振ってみたが、やはり同様に以前見た時と全く同じ、ツボミをつけた大きな木が空に浮いているだけの絵であった。何も変わらず、そこに大樹は茂っていた。そうだ、その話と菊川を結びつける丁度良い話題がある。今まで言わなかった話題だから、問題ないはずだ。

「そう言えば、萌子って中等部の時から文学愛好会と繋がりがあったの?」

侑里がそう言うと、萌子は目を丸くした。

「突然なに?」

「えっとね。今年の部誌のタイトルって『Lonely Tree』だったじゃん。私が入部したのは入学してすぐだったけど、その時に菊川さんが『Lone Tree』にするーって言った時に部長と萌子に確認取ってたじゃん?でも、萌子は高校入ってから文学愛好会に入ったはずなのに、なんでそんなところに決定権持ってたかふと気になってさ」

四月に今年の部誌のタイトルを決める、と菊川が言った時に、部員全員から斎藤が候補を聞こうとした。それにも関わらず、菊川が斎藤を遮るように提案して、更にはそれがあっという間に通ってしまったということがあった。その日は侑里が不機嫌な顔をしていたのを萌子も見ていた。短時間で侑里の表情がころころ変化して、そのことを菊川が茶化したのだから、部員全員が知っていることだ。

その繋がりで多少菊川に嫉妬しており、今年の部誌のタイトルは侑里が決めたものにするべく画策している。そのために菊川の趣味に触れ、菊川を上回る何かを生み出そうと悩み、格闘している。――多少無理のある話の作りだが、一応萌子が侑里のことを心配したであろうあれこれの説明はつく。

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