駆けっこだって、アスリート!

「日奈ちゃん、かっこよかったよ!」

 妙子から褒められて日奈は、いやー、と照れながら4個目のおにぎりを齧り始める。

 午前の部は日奈が目立ちまくっていた。騎馬戦、借り物レースはもとより、短距離走も2位の選手に20m程の差をつけ周囲を唖然とさせた。応援団席にいる時も、日奈の声はよく通る。決して怒鳴り声、という感じではないのだが、スコーンと突き抜けるような、「あ、日奈だ」と識別できるような声。

 けれども萱場が感心したのはあまり表には見えない部分だ。

 白団の選手が戻ってくると、1位になった運動部の選手にもビリになった帰宅部の選手にも、

「ナイスファイト!」

と日奈は声をかけ、背中をぽんぽんと叩いたりハイタッチを求めたりしていた。男子にも女子にも、先輩にも後輩にも。

「気配りが上手だな」

 萱場はそのことを言って日奈を褒めたつもりだったが、日奈は不思議そうな顔をする。

「気配りじゃないですよ。わたしは本気でナイスファイトだと思っているので」

 日奈にそう切り返されて、萱場は、はっ、とする。

「あ・・タイスケさん、もしかして・・・・」

 日奈は意地悪そうに萱場に詰問する。

「たまに‘ナイスショット’ってわたしを褒める時、心の中で、‘大したショットじゃなかったけど褒めとかないと伸びないしな’なんて思ってるんじゃないですか?」

 萱場は言われて返す言葉もなかった。

「タイスケさんって、やらしー!」

「すまん。反省した」

萱場は自分の未熟さを16歳の日奈に対して素直に認めた。

「よろしい。プレーとは反対に素直で正直なのがタイスケさんのいいところですよ」

 ‘プレーとは反対に’というのが引っ掛かるが、大した奴だ、と萱場は改めて思った。

「日奈ちゃんは‘bye-byeリレー’に出るの?」

 2人の遣り取りを見てほほ笑んでいた妙子が得意そうな日奈に訊く。

「はい!アンカーです。800m、全力疾走します!」

 リレーは男女問わずで部も無差別。各団から1チーム4人の選りすぐりが登場する。萱場が心配する。

「全力疾走、って、800mだぞ?それに男ばっかりだろ?敵はどんな奴らだ」

 日奈は興奮した様子で説明を始める。

「まず、赤団のアンカーは美術部の武田さん。3年生男子です」

「美術部?」

 萱場がびっくりしたような声を出すと日奈が、きっ、と睨む。

「タイスケさん、文化部だからって舐めてませんか?武田さんは美術部きっての猛者で山岳写生専門なんですよ。受験も美大を受けるんで今も毎週のように東京近郊の山に登ってスケッチに励んでるんですよ!」

 萱場は日奈の興奮を鎮めようと、話を合わせる。

「そうか・・・確かに、山歩きしながら写生するなら足腰は鍛えられるな」

 しかし、日奈は舌打ちしそうな勢いで更に萱場を睨む。

「全く分かってませんね。武田さんは根源の美を求めるんだ、と言って、2000m級の山をトレイルランニングして、頂上の景色を写生してるんですよ!決して油断できません!」

 なんなんだ、この高校の気合いの入りようは、と萱場は呆れる。‘根源の美’の意味は萱場には理解できないが、毎週のように標高2000mをトレイルランニングしているのならば間違いなく強敵だ。

「青団は1年男子の柿沼くん。帰宅部です」

 帰宅部?と萱場はまた声を出しそうになって呑み込んだ。また先入観で日奈に叱られてはたまったものではない。代わりに、どんな選手なんだ、と訊いた。

「柿沼くんは中学時代は北陸に住んでて1500m走の市記録を持ってました。でも陸上部じゃなくてハンドボール部だったんです。お父さんの転勤で高校生になるタイミングで合波高校を受験したんですよ。でも、うちにはハンドボール部がないですから。陸上部からしつこく勧誘されたんですけど‘僕はハンドボールの選手だ。魂を売ったりしない’って、帰宅部となった‘信念の人’です」

 ‘信念’と呼べるかどうかは微妙だと萱場は思ったが、日奈が怖いので口に出さない。ただ、柿沼くんとやらも強敵には違いない。

「黄団は陸上部男子2年生の野田くん。5000mの現役選手です。秋の区大会3位でした」

「・・・そんな凄い奴に勝てるのか?」

「タイスケさん。走るのは山岳でも1500mでも5000mでもなく、800mです。わたしは800mなら無酸素でダッシュできます」

「・・・どこが軽い運動なんだ・・・・」

 萱場は合波高校の体育祭が‘本気モード’であることを少し恨めしく思っていた。もしこの後のオリンピック練習に影響でも出たら。しかし、日奈はそれに真っ向から反論する。

「何言ってるんですか、タイスケさん。オリンピックの本番だろうと、体育の授業だろうと、

ストレッチだろうと、舐めてたら大ケガします。そんなのアスリートの心構えの基本じゃないですか」

 萱場はまた反省しきりだ。

「幼稚園の駆けっこだって、みんな、アスリートですよ!」

 深い言葉だ。萱場は脱帽しつつ、別の質問を試みる。

「さっき、特に陸上部に勝ちたい、って言ってたけど、陸上部とは仲が悪いのか?」

「別に・・・リレーの相手なんで学校帰りにグランドの陸上部の練習を横目でなんとなく毎日見てたんですよ。それで、気合いを入れようと思って野田くんたちを睨みつけてたらなんだか本当にムカムカしてきて」

 陸上部もいい迷惑だ。

「じゃあ、別に陸上部が嫌い、って訳じゃないんだな?」

「‘ライバル’と‘嫌いな奴’は紙一重です!」

 深い言葉だ。

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