ああ!? 走っている選手を抜きました!

「タイスケさーん!」

 と、日奈が全力疾走で萱場たちの席に向かってくる。

「ゆかりちゃん、借りていきます」

 そう言って日奈が見せた紙切れには、‘赤ちゃん’と書いてあった。

 たまらず萱場は大きな声を出す。

「日奈!転んだらどうするんだよ!」

 大丈夫・大丈夫、と言って、日奈は妙子から当然のようにゆかりを受け取る態勢に入る。え・・と一瞬ためらいながらもつい渡してしまう妙子。

「絶対転んだりしませんから」

 そう言う日奈を見てみると、小学生の姉が妹の子守をしている、というようなシチュエーションにしか見えず、萱場は不安が最大値になる。

「せめて、歩いてゴールしてくれないか」

 既に人質を取られてしまった以上、下手に出て頼む萱場。

「ダメですよ。わたしは勝ちたいんです!特に陸上部に!」

 バドミントン部は陸上部と仲が悪いのか?萱場が二度頼んでも駄目だった。

「日奈ちゃん、お願い・・・走らないで」

 しかし、妙子がそう言うと、さすがに日奈は‘しょうがないですね。妙子さんの頼みなら・・・’と渋々歩き出した。

 しかし、その歩きがただの歩きではなく、負けず嫌いの日奈はついつい競歩のようなスピードに加速する。

 実行委員会の実況アナウンスがそれを見逃さない。

「あ・・白団の佐倉選手、歩いています。転んだら赤ちゃんが大変ですからね・・・ああ!?走っている選手を抜きました!」

残りの選手が‘観賞魚を入れた水槽’や‘30インチの液晶テレビ’といった、やや運びづらい借り物だったことも幸いした。さすがに1位は無理だったが、2人抜いて2位になった。

萱場は転ばないかと気が気ではなかったが、それ以上に日奈の尋常でない運動能力にまるでマンガのレベルだと面白くなった。ただ、ゴールするまでゆかりは大泣きしつづけ、日奈は困り果てた顔で妙子に「はい」と返しにきた。

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