11話 力と影

 ラウラが放課後に『金の星亭』で働いてくれるようになったので、俺は学校の後でギルドで行う帳簿チェックに十分時間をかけることが出来るようになっていた。


「はーん……取り置きねぇ……どうなんでしょう」

「市場の店舗と契約すればいい話です。これは却下ですね」


 大所帯のパーティの定宿になっている宿屋から、まとめて購入するので商品を揃えてくれとの依頼を受けたと相談があった。


「商人ギルドの方から適切な商店を紹介しましょう」

「この宿からしたら、損した気分になりませんか」

「それなら売店の許可を取り下げるまでです。本来は物品を販売する許可自体が異例なのですから」


 毅然とした態度のジギスムントさん。それだけこのヘーレベルクでの商人ギルドの権限が強いという事だ。土地は大して肥えてもいなく、気候も寒暖差が激しい。そんな土地で街が発展していったのは、迷宮ダンジョンに魔物が湧くから。それに群がる冒険者と彼らによってもたらされる魔物の素材の流通がこの街を主に支えている。

 ここで商売が出来なくなれば、この街をでるしかない。その商売を取り仕切っているのはこの商人ギルドだ。


「ほか、目立った数字はありませんね。ちょっとずつ宿によって特色は出てきましたけど、自然な範囲です」

「ふむ……」

「そろそろ日次での帳簿提出はやめてもいいかもしれませんね」

「確かに。しかし、その前にギルド員を調査に向かわせましょう」

「実地調査ですか」


 トントン、と帳簿の束を揃えながらジギスムントさんは俺を見た。


「落ち着いた所で問題が出るのは良くある事ですから」

「……そうですね」


 おお、こわい。ぬかりないジギスムントさんは抜き打ちでの調査を考えているようだった。俺という存在を表向きは隠して活動しているので、これはジギスムントさんが立案し実行している案件という事になる。何かあれば責任をとるのはジギスムントさんだ。副ギルド長という立場があったからこそ、ここまで迅速かつ円滑に事が進められている。


「ぼく……やっぱり、あんまり役に立ってないのでは?」

「いえ、ルカ君。物以外を売るという発想、それこそ我々になかったものです。己を卑下してはいけませんよ」


 ……その発想も、俺の考えたものじゃないんだよなぁ。ちまちま自分の宿を良くするのにその知識を生かすのはさほど抵抗は無かったけれど、こう話が大きくなると多少罪悪感を感じる。


「ただいまー」

「おかえり、ルカ。ごはんできているわよ。手を洗ってらっしゃい」

「はーい」


 家に帰ってようやくほっと肩の力が抜ける。母さんの出迎えを受けて、いそいそと厨房のテーブルに向かった。


「随分遅くまでかかったのね。もうラウラちゃんも帰ったところよ」

「うん、他の宿の売店が軌道に乗ったところだからね。色々見ておきたくて……宿の方は大丈夫?」

「バーカ、あたしもラウラもいるんだから大丈夫に決まってるだろ」

「ソフィーもいるよー」

「はは、そうだね」


 ああー、我が家は癒やしだ。そんな学校とギルドと家の三角形をくるくると回る日々である。今考えれば、それはそれで気苦労がある位で平和だったんだ。




「……営業、取り消し?」

「ええ」


 そっけなく冷たい口調できっぱりとジギスムントさんは答えた。売店を開く7軒の宿のうち一軒の宿で問題が発生した。亭主が商品の値切りに応じてしまったのだ。


「値切った分は帳簿上では通常の価格で売っていた事になっていたのですが、ギルド員の抜き打ち調査で発覚しました。日常的に行っていたようです」

「値切り……そうか、それが抜けてた……」


 俺のミスだ。ここでは値切りは当然の文化だ。お客さんも当然値切ってくる。うちだってそうだったのにすっかり抜けていた。


「その措置は、厳しすぎませんか?」

「いいえ、最初が肝心です。足並みを揃える為に少々キツい対応も必要かと」

「そうですか……」


 すでに決定事項のようだ。俺のポカで一軒、営業取り消しの店舗が出てしまった。


「ルカ君が気に病む事はありませんよ。それより、また矛先がそちらに行かないよう、しばらく見張りを立たせましょう」

「あ、ああ! そうですね……」

「ギルドに直接仕掛けはできないでしょうから……気にするならそっちの方です」


 その日から、深夜の見張りに冒険者が食堂の戸口に立った。それから三日……。深夜に大声が響き渡った。


「諦めろ! 暴れるな。怪我するぞ」

「くそっ、離せ!」


 眠い目をこすって一家で表に出ると、カンテラからこぼれ落ちた光石が地面に散らばっている。それにぼんやりと浮かび上がるのは、二人の雇われ護衛の冒険者に押さえつけられた男の姿だった。


「これで何をする気だった」


 ぬっと俺の横に立ったのは父さんだ。地面には鉄製の棍棒が落ちている。


「あっ、その……」

「どこを壊そうとしたのか言ってみろ」


 父さんの迫力のありすぎる風体に男は震え上がった。よーく見ると……こいつ……ジギスムントさんに質問していたバーコード親父じゃないか。


「詳しくはギルドで聞こう」

「マクシミリアン、中でしっかり聞きましょう」


 ああ、母さんもキレ気味だ。子供は寝なさいと屋根裏部屋に追い立てられてベッドに潜ったものの、そうそう眠れるものでもない。

 朝日が昇って早々に、護衛の冒険者と共に父さんは襲撃してきた男を引き摺っていった。




「ジギスムントさん……こんにちは……」


 学校帰りに今日も帳簿のチェックに商人ギルドに向かう。その足取りは重い。あの男はどうなったのか……。


「やあ、ルカ君。いい知らせですよ」

「はっ、はい」

「あの男、表の大窓に傷をつけるつもりだったようです。それから落書きをしたのも」

「どうやって聞いたんですか」

「……それは聞かない方がいいでしょう」


 そう言ってジギスムントさんはニッコリ微笑んだ。男は司法の手に渡されたとのこと。おそらくは罰金刑になるだろうと言われた。

 犯人が捕まったのは良かったけど……。尋問の様子を想像して俺はぶるっと身震いした。

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