10話 ひとつだけの花

 7店舗に増えたヘーレベルクの売店は、順調に稼働している。商人ギルドの人間に細目に巡回して確認をして貰っていて、今の所大きな問題は起きていない。各宿屋も少しずつ独自色を出してきたところだ。

 月次で提出していた売り上げ報告は、一時的に日ごとに提出して貰っている。それを毎日放課後にギルドに寄ってざっと確認するのがここのところの日課となっていた。


「ちょっと、ルカ君いいかしら」

「クラウディア……何?」

「ルカ君のおうちは宿屋でしょ? 聞きたいことがあるの」

「う……うん、いいけど」


 クラウディアには売店の存在は知られていないはず……だけど、クラウディアは強引に廊下の端に俺を追い詰めた。


「近頃ね、宿屋で売るって食品の仕入れが増えてきたの……ルカ君の宿屋にも売店があるのかしら」

「あるよ……」

「冒険者さんに何が売れるのか教えてちょうだい! 仕入れを増やすから!」

「そ、それくらいなら……」


 びっくりした……ラファエルは勝手に嗅ぎつけてきたけど、クラウディアにまで俺が裏で動いているのがばれたのかと思った。

 クラウディアは熱心にメモを取りながら『金の星亭』の売れ筋の商品を聞き取って行った。

俺も少々の後ろめたさから懇切丁寧に説明していった

 この所、心臓に悪いことが多い気がするよ……。もう、誰かに捕まらないうちに早く帰ろう。




「あっ、ルカ君! おかえりなさい!」

「へっ? ああ……あの、ただいま……」

「びっくりした?」


 ニッと笑った顔にはえくぼ。学校から帰宅した俺を出迎えてくれたのはラウラだった。


「なんでラウラが……?」

「うふふ、それはねー……学校を卒業したら、私もここで働く事になったからよ!」

「え? 本当?」


 ぽかんとしていると、俺の肩に母さんが手をかけながら答えた。


「本当よ、それまでは学校が終わってからうちでお手伝いをして貰う事になったの」

「おにいちゃん、ラウラおねえちゃんもずっと一緒だって!」


 ラウラによく懐いているソフィーも嬉しそうだ。


「うちの子をよろしくね、早く仕事を覚えるように遠慮無くばしばし言ってちょうだい」


 リタさんも厨房から身を乗り出しながら言ってきた。そっかぁ……新しい従業員はラウラかぁ……家事はリタさん仕込みだろうし、愛想もいいし、いい選択だと思う。しっかし……母さんも父さんも俺に一言の相談もしないで! こういう事のサプライズはいいんだよ!


「ルカ、なんだニヤニヤして」

「……ユッテ?」


 苦笑いをしながら自室に着替えに向かう俺を見たユッテがすれ違いざまにぼそりとつぶやいた。いやいや誤解だっ。


「してないよっ」

「いいやしてたね。良かったなぁ、ルカ」

「もうっ、違うったら!」


 俺も言い返したけど、言うだけ言ってユッテは去って行ってしまった。なんだあれ。制服から着替えて階下に降りて仕事にとりかかる。野菜の皮むきあたりからはじめるか。


「母さん、リタさん。お待たせ」

「ああ……ルカ、今日はこっちはいいわよ」

「へ?」

「厨房はユッテちゃんとラウラちゃんに手伝いは任せたから、食堂の掃除をお願い」

「あ、あうん。分かった」


 おっといつもと勝手が違う。ラウラの戦力分、今日の仕込みは楽になりそうだ。


「ソフィー、一緒にお掃除しような」

「いいよー」


 ソフィーと一緒に食堂の床を掃除する。それからテーブルも綺麗に……と思ったところで厨房からなにやら大声が聞こえて来た。


「使った物は元あったところにちゃんと戻せよ」

「だって、どこにあったのか分からないんだもの。どこにしまえばいいの?」


 見ればユッテがラウラに注意をしている。ユッテは整理整頓にうるさいもんな……。


「ラウラ、そのヘラはこっちだよ」

「あら、ルカ君ありがとう」


 しまう場所を教えてあげるとラウラはぽんぽんと俺の頭を撫でて、ヘラを仕舞いに行った。


「ルカ、あんまり甘やかすなよ」

「いや、でもラウラはまだなんにも分からないんだし」

「……」

「ユッテ? どうしたの変だよ」

「うるさいボケ」


 ……理不尽だ。暴言を吐いてユッテはいらだたしげに厨房を出て行った。なんだかなぁ……。


「それじゃ、私達はこれで」

「はい、初日どうだったかしら? ラウラちゃん」

「まだ分からない事いっぱいですけど、頑張ります!」


 夕食の仕込みを終えて、リタさんとラウラが退勤していった。初日のお試しはここまでだ。明日は夕食の給仕もやるという。


「帰りがずいぶん遅くなっちゃわない? 大丈夫かな」

「俺が家まで送るから心配するな」


 いずれ夜の営業もやらなくてはならなくなるなら今のうちに仕事を覚えたいとラウラの方から申し出があったらしい。やる気まんまんだな。




「ラウラ、違う! その料理はこっちのテーブル!」

「あ、ユッテごめーん」

「いいから早く!!」


 覚束ないながらも、ラウラは注文をとり料理のサーブに勤しんでいる。問題はユッテだ。もちろん間違えているんだから当然注意はするんだろうけど……。過剰にイライラしているように見えるのだ。


「ユッテ、ちょっといい?」

「なんだよ、ルカ」


 食堂を閉め、ラウラを父さんが送りに行った後。俺はユッテを捕まえた。


「なんでそんなイライラしているの? ラウラも頑張っているよ?」

「イライラなんて……そんなのしてない」

「嘘。昨日からユッテはずっとおかしいよ。ラウラの事が嫌いなの?」

「嫌いじゃないよ、むしろ……好きだよ」


 ユッテはそう言って視線をすっとそらした。うつむき加減にぽつりと呟く。


「あたしはさ……あんな風に笑えないし……無愛想だからさ……」

「ユッテ……ばっかだなぁ!」

「なっ……!?」


 ユッテはやきもちを焼いてるだけだった。いつもニコニコ笑顔のラウラへのコンプレックス。そんなの気にしなくったっていいのに。


「ユッテにはユッテのいいところがある」

「そ、そうかな……」

「いつもキチンとしているし、きびきび仕事するし」

「あ……ありがと……」


 下を向いたユッテの耳が赤い。その耳を俺はピッと引っ張って上を向かせる。


「笑うのが苦手なら練習しようか! にっ!」

「む! 無理!」


 バッと俺の手を振り払うと、ユッテは屋根裏部屋に駆け込んでいった。やれやれ……。

 とにかく、ラウラという戦力が増えた分俺の宿の仕事の案分は減りそうだ。秋になって、本格的にラウラが『金の星亭』で働くようになったら……商学校も卒業になるし、売店の仕事に本腰を入れるのもいいかもな。そう考えながら、俺も部屋へと引き返した。

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