4話 庇護者の皮

 残念な俺のメンタルは学校に半日居ただけで、ストレスがマックスだ。このままだと胃に穴が空くかもしれん。


 さて、気が向かないが……この後俺には向かわなきゃいけない所がある。一応、礼儀ってものがあるからな。顔を出すついでに言ってやりたい文句もある。俺は学校の門を出ると、すぐ横の商人ギルドへと向かった。受付でバルトさんを呼んで貰う。


「こんにちは。バルトさん、ルカです」

「おお、その制服……そうですか今日から学校だったのですね」

「ええ。この度便宜を図っていただいたお礼を副ギルド長に伝えたいのですが」

「ああ……少々お待ち下さいね。案内します」


 しばらくして再び迎えに来たバルトさんについていくと、俺はいつもの商談室ではなくギルド三階の副ギルド長の執務室へ直接案内された。どっしりとした重厚な設えの扉をノックする。


「失礼します。ルカです」

「はい、副ギルド長がお待ちです。どうぞこちらへ」


 扉が開き、秘書らしき男性が俺を室内に誘導した。ジギスムントさんは部屋の奥の大きな執務机に腰掛けて、なにやら書類に目を通していた。そして、俺が部屋に入ってきたのを見てすっと立ち上がり、中央の応接テーブルについた。


「いらっしゃい。どうぞこちらにお掛けなさい」


 俺もその席につくと、いつの間に用意したのか俺を案内した秘書の人が静かに音も立てずお茶を出した。ジギスムントさんは湯気の立つお茶を一口飲むと、言葉を切り出す。


「ルカ君。どうでしたか商学校は」

「どうしたもこうしたも……初日から大変疲れました」

「ははは、手痛い洗礼でも受けましたか? まぁ、横並びの中でそのような制服では目にもつくというものです。入学の年齢も異例中の異例でしたしね」

「これはぼくの趣味じゃないです!」


 半ズボンなのは俺のせいじゃないってば! さらにぐったりした俺をジギスムントさんは面白そうに眺めている。あれ? もしかして。もしかしなくても、きっとそうだ。俺は短いズボンの裾をつまんで聞いた。


「これ、ジギスムントさんの差し金ですか」

「はい、良く似合ってますよ」

「あのー……これの所為でいちゃもんつけられましたが」

「それは大変でしたね。エーベルハルト商会の坊ちゃんは元気でしたか」


 くっそ! 確信犯かよ。お陰様でばっちり目を付けられましたよ。ええ。


「副ギルド長、推薦状を書いていただいたのは感謝しますが、どういうつもりですか」

「せっかくの人材を優遇するのは当然のことではないですか」

「それだけじゃないでしょう……」

 

 半ズボンの件を差し引いても、俺にはこの男が、ただその為だけに筆をとったようにはどうしても思えなかった。だって入学費用はともかくとして、推薦状ならなんとか伝手をたどることはできた。こちらから泣きついた訳でもない。

 

「ときにルカ君。商学校はどういった場所だと思いますか」

「商人ギルドの人材育成の場です」

「……行ってみてどうでした?」

「そうですね……ぼく以外は皆知り合いで非常に肩身が狭かったです」

「いいんですよ、もっと正直に言っても」

「正直……勉学の場と言うより、社交の場でした」


 大正解、というかの様にジギスムントさんは口の端をつり上げた。顔が怖いよ。ふーむ、と唸って再びお茶を飲むと、彼は唐突に話を変えた。


「ところで商学校の成り立ちは知っていますか」

「いいえ。それこそギルドが教育の機会を作ったのだと思ってましたが?」


 違うのか?ギルドは人材育成もするんだと、俺はあの時ちょっと感心したんだけど。


「半分正解といった所ですかね。元々、あそこは資料室です。膨大な資料とそれを管理する者が始まりです。……知識は必要ですが、それだけでは金を生まない。資料室の管理人は知識こそ深いですが、詳しすぎては商売には向かないものなのです」

「はぁ……」

「ただ管理をさせて遊ばせとくよりは、次代の若い商人に知識を分け与えよう。というのがそもそもの成り立ちです。図書館に行ってごらんなさい。教会では禁書扱いされている本なんてのもありますから」

「……でも今の実態は社交の場だと」

「その通り。我々、商人にとって横横の繋がりは大事ですが……少し偏りすぎていると思いませんか」


 段々、この男の魂胆が読めてきた。わざわざ俺に副ギルド長推薦、なんていらない箔をつけさせたのも。


「その偏りの中に、異分子を放り込んだつもりですか?」

「……話が早くて結構」

「このぼくが、勉強しろと彼らの尻を叩けとでも言うんですか」


 非難がましくジギスムントさんを睨み付けると彼は首をすくめた。


「そうなれば言う事はないですが、なに……ちょっとばかし彼らには目先を変えてもらいたいのです」

「そう簡単に、ジギスムントさんの思うようには行かないかもしれませんよ」


 言っても、授業はまだ始まってもいない。自分が今、まるで見世物の珍獣であるのは確かであるが。毎日見ていれば飽きもするだろう。


「居るだけでも刺激にはなるかと思いますがね。可能なら他の子息達に負けない成績をとっていただければ、なお」

「……都合がいい?」

「地の縁も信用も、一朝一夕に出来るものではありません。二代、三代……それ以上に渡って積み重ねてきた物です。それを否定する訳ではありませんが、時に新しいものも必要なのですよ」


 新しい風、と言えば聞こえはいいが。つまり、あのぼんぼん共をひっかき回せってことか。だけど……そこまで俺に器用な真似が出来るだろうか。


「……ご迷惑をおかけするかもしれませんね」

「多少の尻ぬぐいは覚悟していますが、推薦したこちらの身のことも念頭に入れておいてくださいね」


 迷惑はかけるな、ただし半ばスパイの様な真似をしろ。彼の要求はそんな所か……ただ、これって俺になんの得があるんだ? 冗談じゃないぞ。


「副ギルド長、これは一個貸しですね」

「何か要望でもありますか?」

「……今のところは何も。ただその事は念頭に入れておいてくださいね」


 ジギスムントさんの言葉を借りて一応、念を押して置いた。ただ便利に使われるのは駄目だが、金寄越せなんてダイレクトに要求するほど踏み込む勇気もなく。今の俺にはそう言うのが精一杯だった。海千山千の大商人に対して凡庸なサラリーマンの俺が真っ向から交渉なんて無理だ。まして結果なんてこれからなのだから。


「ルカ君には期待していますよ」

「だから……もう……。知りませんからね、どうなっても!」


 張り付いたような笑顔を崩さないジギスムントさんに精一杯の憎まれ口を叩いて、俺はその場を後にした。ジギスムントさんの期待……かぁ。なんだか重たいものを背負ってしまった。とにかく、あの集団のなかで俺は味方を作らなければ。ぼっち上等なんて開き直っている場合ではなくなった。


 この世界で、そりゃユッテの事とかままならない事はあったよ。でも家族が支えてくれるって安心感がやっぱりどっかであったんだ。それから切り離された空間でどう立ち振る舞うか……その事を思うと胸の内にモヤモヤしたものがこみ上げてくるのを感じた。

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