6話 冬ごもりの冒険者(後編)

 翌日も小雪のちらつく中、俺たちは裏庭にいた。


「構え」

 

 父さんの号令で昨日の構えをする。


「そのまま腕を上に。そうだ」


 木剣を上に構える。俺はよろめいたが、フェリクスはぶれない。


「……ルカは昨日の構えを。フェリクスはそのまま動くな」


 またこれか……。俺たちはその後、再びただひたすら構えの練習をした。筋肉痛が凄い。体が痛いが、ちゃんとストレッチをする。


「なにしてんの?」

「筋肉を伸ばしているんだ。ちゃんとやっておくと痛みがマシになるよ」

「ふうん。 よく知ってるんだな。これも師匠から?」

「いや違う」


 フェリクスも真似てやってみてるが、何かが違う。そうじゃない、こうだとフェリクスの腕を引っ張る。


「痛え! これであってんのか?」

「ここ! ここを伸ばす感じで!」

「なんだかんだいってお前、父ちゃん似だな!」


 そうかな……あんな脳筋じゃないぞ。俺たちが庭でワチャワチャ騒いでいると、窓から忍び笑いが漏れてきた。


「くっくっく……あ、ごめん。ルカ君の友達?」

「エリアスお兄ちゃん……いつから見てたの?」

「フェリクスっていいます。学校の友達です」 


 フェリクスが顔をしかめながら挨拶する。かがむだけで激痛が走るんだ。


「辛そうだね。回復魔法かけようか」


 エリアスが細いロッドで触れると、みるみる痛みが引いていった。


「すげぇ……」

「ぼく、回復魔法覚えたほうが良い気がしてきた」

「回復魔法は素質がいるからね。覚えられるか分かんないよ? ってか何してたの?」


 俺はエリアスに、ここ数日の剣の稽古の話を説明した。


「うわぁ、マクシミリアンさんもなかなか厳しいなぁ。でも、僕らと一緒だね」

「そうですね」


 俺たちは冬ごもりの冒険者と同じようなことをしていた。おかしいな。うちは今、繁忙期なんだけどな。




「構えて、そう……振り下ろす」


 一週間が経った。積もりはじめた雪を踏みしめて、とうとう構えから剣を振るう稽古に移った。

 ……フェリクスだけ。俺は相変わらず構えのままだ。


 父さんを真似て、フェリクスは単純な動きを繰り返す。だが、同じ動きでも父さんとフェリクスの動きは全然違う。フェリクスの動きは無駄が多いのか、不安定だ。


「ルカ、ちょっと来い」

「へ? あ、はい」


 いきなり呼ばれて面食らう。父さんは俺と目線を合わすようしゃがんで聞いた。


「今……何を考えていた?」

「え? 父さんたちを見てました」

「何も考えるな。集中しろ」


 うあぁ……。前世の父からも同じ様なこと言われたな。あれ?もしや成長してない?




 それからまた一週間、フェリクスは振りを、俺は構えをやらされ続けた。

 今日も裏庭に稽古に出る。昨晩のうちに深く積もった雪を見て、父さんはフェリクスに言った。


「試しに俺に当ててみろ」


 棒きれを持ったまま構えもせず、ただ立っている。


「……いいんですか?」

「かまわん。来い」


 父さんが挑発するように手招きをすると、フェリクスは上段に構えて突っ込んでいった。


「がら空きだ」


 フェリクスの胴体に棒を叩き込むとそのまま蹴り上げ、雪の中に落下させた。新雪が人型に陥没する。ひぇぇ。


「どうした? 終わりか?」

「まだまだぁっ!」


 黒髪に雪玉をくっつけたフェリクスが無茶苦茶に木剣を振るう。それを父さんは半歩も空けずにすべて躱す。


「くそっ! せい!」

「こんなもんで頭に血が昇ってるようじゃ、話にならないぞ」


 父さんが振り下ろされたフェリクスの剣を寸前で受け止めるようにして躱し、首筋に一打を入れた。


「グッ……」


 くぐもった声をだすと、彼は倒れそのまま動かなくなった。


「フェリクス!」


 俺が慌てて駆け寄ると、フェリクスが目を開けた。


「大丈夫。……ちょっと意識が飛んだだけだ」

「よかったぁ」

「だが、俺が相手でなければ死んでるな」

「……はい」

「わかっているなら、いい」




「はぁ……子供相手に容赦ないなぁ」

 

 ため息をついているのはエリアスだ。さすがに打撲でボコボコのフェリクスをそのまま家に送り帰す訳にもいかず、俺が引っ張ってきた。救急箱あつかいして申し訳ないと思っている。


「なぁ、魔術士の兄ちゃん」

「なんだい?」


 エリアスの回復魔法で、やっと起き上がったフェリクスが聞く。


「兄ちゃんはなんで冒険者になったの?」

「んー。そうだなぁ……自由でありたかったからかなぁ」

「自由?」

「うん……それと、力が欲しい。何者にも屈しないような、ね」


 まぁ、半分あれに巻き込まれたようなもんだけど、とエリアスはレオポルトを指さした。どんな事情かは分からない。指をさされたレオポルトは口の端を歪めて笑っていた。


「全く! 余所様の子を預かっているのに! やり過ぎよ!」

「すまん……」


 そこに、母さんに小言を言われてしょんぼりした父さんがやってきた。


「体はどうだ? フェリクス」

「もう、なんともありません」

「そうか。裏庭で出来るような稽古はあんなもんだ」

「まだ……足りません」


 フェリクスは唇を噛む。うつむいた頬は震えている。そんな少年に、父さんは木剣を押しつけた。


「これをやる」

「へ? 師匠?」

「教えたことを家でやれ。それが出来れば、体が出来る。剣を振るうための体がな」

「……はい」

「春になったら、また来い。いつでも相手してやる」




 日の落ちた、薄暗い雪道を俺たちは歩く。


「ルカ。お前の父ちゃんは凄いな」

「うん、今も一人で魔物を狩ってきたりしてるよ」

「あれで冒険者じゃ、ないんだな」


 うーん、父さんはちょっと規格外な気もするけどな。


「怪我さえなきゃ……あと、ぼくたちがいなきゃまだやってたと思うよ」

「そうか……」


 これから俺が言おうとしていることは、フェリクスにとっては残酷な問いになるかもしれない。


「父さんが言ってた。冒険者は紙一重で生死が決まるって。その覚悟ができてなきゃいけないって」

「……」


 全ての冒険者がその覚悟があるとは俺には思えない。大概が、日々の暮らしの中で強く実感せざるを得ない状況にあるってだけだ。リスクはあるが、それをどれだけ減らせるか。その努力に神経を使っている。


「フェリクスがその覚悟ができるかは、ぼくは聞かないけどね」

「お前はそれでいいのか?」


 きちんと帰る所も、家業もあるフェリクスがそこまで命をすり減らす必要があるだろうか。生活する面では、はっきり言ってない。でも、そういう理屈じゃない衝動にフェリクスが突き動かされているのなら、俺に言うべきことはない。


「ん? 何も今じゃなきゃいけない訳じゃないし」

「そういうモンかねぇ」

「そうだよ。それに、別にいいじゃないか迷宮ダンジョンに潜るパン屋がいたって」

「くっ。へへへ……ルカ、お前言うなぁ」


 それまで張り詰めた表情をしていたフェリクスが俺の肩を掴んだ。


「ちょ、危ない! 滑る!」

「あははは!」


 俺はこの友人が、悔いの無い選択が出来るよう祈るだけだ。




 家に戻ると、母さんがまだお小言を続けていた。


「大体ね、こんな小さいうちから詰め込んだって仕方ないでしょ?」

「いや、一緒に狩りに行くにはそろそろだな……」

「ルカは魔法の方が得意なのよ、私に似て!」


 それはどうだろう?確かに色々教えて貰っているけど。父さんはアレだな、キャッチボールがしたい世のお父さんと一緒だ。ただその球が豪速球なだけで。


「自分の身を守れるくらいには剣だって知っておいたほうがいいだろう」

「それはそうかも知れないけど……」


 そこで、剣と魔法とどっちが好き?がこちらに向かって来たので、俺は慌てて逃げ出した。付き合ってらんないよ。




 ――夜半からまたさらに降り出した雪は、街を守る市壁にも、教会の尖塔にも広場にも降り続ける。そして冬ごもりの冒険者たちの眠るヘーレベルクの街を白く染め上げていった。

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