187話 てか、ピストルの話じゃなくなってきたっすーッ!!

 「あぁマリーナ、ご苦労だったな。ん?その人は?」


 シャンが、ノッポの女戦士の傍らに寄り添うような、ひとつの優美な女影に気付いて言った。


 マリーナはそれに両肩をすくめ、脇の人物を右拳の親指で差し

 「んあぁ。この人さー、コレ売ってた兵具屋の看板娘さんみたいでさ、このオバケ鎧をナンに使うのか気になって気になって、も、どーしても着いて来たいって言うからさー、仕方なく連れてきちゃたんだよー」


 この粗(あら)い紹介に応えるように、マリーナの大きな影から月明かりへと進み出たのは、弛(ゆる)いウェーブのかかった長い金髪の両脇を三つ編みにして頭に巻いた、シャンと同じくらいの背丈の若い女だった。


 「チーッス!初めましてー、てか、アチシ、ベアトリーチェっていいます!マジ長ったらしいんでビーチェで構わないっすー!宜しく宜しくー!」


 この長い花柄のプリーツドレスを纏った、どこかのご令嬢のような愛らしい風貌からは想像し難い、なんとも気さく、いや、酷く''あけすけな''とでも云おうか、その奔放な性格では定評のあるマリーナをさえ軽く凌駕するような不思議なノリの娘であった。


 「てかー、このプレートアーマーなんすけどー、なんかーコッチのキレイなお姉さんがー、ウチの店に置いてるモノの中で、一番頑丈なのを見せて欲しいっつーんでー、ウチのオッパイ好きのジイちゃんが一発でお姉さんのこと気に入っちまってー、んで地下室で眠ってたコイツを見せたんすけどー。

 ウワッ!てか、あの人メチャイケてね!?ヤバい!ヤバい!」

 軽やかに鎧についての経緯を語り出したかと想うと、奥のドラクロワを見つけて両手で口を押さえた。


 これにカミラーが不快感も露(あらわ)に、月夜に浮かぶように白く、小さな額に縦皺を入れ、ズイと前へ出た。


 「この人間族のガキ娘。ようもベラベラと、はしたのう捲(まく)し立ておるものよ……。

 コレ無識無明の娘よ、よいか?このお方こそは、魔、あいや伝説の光の勇者団を率いる、悪の冥王極星にして、遍(あまね)く総ての頂点に立たれる大帝王!その名も誉れ高きドラクロワ様にあられるぞよっ!

 で、あるからして、余りに品性の欠けた物言いは決して許さぬから、今より心して接するがよいっ!」

 仁王立ちで堂々と主(あるじ)を紹介してみせた。


 「ちょっ!ちょっとカミラーさん?なーんでソコで光の勇者のドラクロワさんに、悪とか帝王とか付けちゃうんですかぁー?

 もう、まったく、それじゃ丸っきり、あの魔王の紹介じゃないですかー」

 いつもの事とは云え、一応はユリアがツッコんでおく。


 「えっ!?勇者ッ!?マ、マジッ!?この人マジの光の勇者サンなんすかッ!?

 うおっスッゲ!!てか、こんな超田舎の村に伝説の光の勇者サンとかあり得なくね!?

 てか!よく見りゃスッゲー鎧着てるぅっ!!うおっ!その黒い剣とかペンダントとの組み合わせとか、サイッコーにセンス良くねっすかー!!?

 ウワッ!スッゲ!スッゲ!ヤッベ!パネェッ!!」

 ベアトリーチェは目を潤ませて、兵具屋の娘らしく、ドラクロワ着用の魔界第一級の暗黒装備を見舞わすのだった。


 この後半の''称賛''を聴いたマリーナとシャンが、思わずお互いを見合った刹那──


 「フフフ……フハハ……。フフフフフ……ムフ!ムハハハハッー!!

 そうかそうかっ!!流石は兵具屋の娘よ!!瞬時にして、この俺の装備の良さのみならず、その着合わせの美意識の妙まで確(しか)と拾いおったかー!!?

 フハハッ!フハハハハーッ!!ウムウム!黙っておっても、やはり分かる者には自然と分かってしまうものだのうっ!!

 ウーンウンウン!それとまた、そのお前の飾りっ気のない稚拙な誉め言葉が心地良い!!フハハハハーッ!!」


 ドラクロワは突如降って沸いたような、まさに思いがけない純粋なる称賛にしてやられた。


 「イヤイヤ!マジッスマジッス!てか、サイコーに超イカツカッケーッす!!

 てか、なんつーか魔王ってのがホントにいたら、マジこーゆー感じなんじゃね?」


 この娘、まだ言うか?ユリア達は呆れ返って夜空を仰いだ。


 こうして、ドラクロワの歓喜の哄笑は月夜の木立に止めどなく響き渡り、それはそれはうっとおしかったという。


 「ウーム……いやはや、この娘とは単なる暗愚かと思えば、中々に目の利く、単なる正直者であったかー!

 んあぁ笑った笑った、よし!では、そろそろ酒場へ帰るとするかー」

 喉を枯らす程に腹の底から笑ったドラクロワは、ウンウンと実に上機嫌で満足そうにうなずき、最早思い残すこともない、とばかりに村の方へと踵(きびす)を返すのだった。


 「はっ!やはりドラクロワ様とは、この世で最も美しく、またお強いのは勿論のこと、その内奥(うち)に秘められたる繊細細やかなる機微、また美意識においても他に比肩するモノも有りませぬっ!!」

 カミラーもベアトリーチェなんぞに負けてなるものか、とばかりに畏(かしこ)まって誉めそやすのだった。


 「あのさードラクロワ、そろそろ本題に戻ってもらってもいーかな?」

 待ちくたびれたようにマリーナがその大小の背に声を投げた。


 「ん?ホンダイ?なんだそれは?」

 ドラクロワが振り返り、心底不思議そうに訊く。


 「フフフ……折角ご満悦のところ悪いが、このピストルの威力を見て舌を巻いて貰うというのが、その本題なのだ」

 シャンが黒光りする拳銃を掲げて言う。


 だが、ドラクロワは恐ろしく冷めた目でそれを見て

 「あぁ、異世界の武器、ピストルか……。

 ウム、ソレが使えぬのはもう分かったというに」

 半ばウンザリ顔で言う。


 「ハッ!なんすかソレ!?なんかの武器っすか?」

 今更ながら、ベアトリーチェがそれに気付いてから喚(わめ)いた。


 そして、おやっ?とばかりに、少し離れた切り株の上に据え置かれた孔(あな)だらけの胴鎧に目を留め、ツカツカとそこへ駆ける。


 「ウワッ!なんだコリャ!?この鋼板がこんなに!?

 コリャ弩(いしゆみ)?いや、確かにコレ、ウチの店の鎧ン中でも安物の方だけど、ジイちゃんの鍛えた鎧を弩なんかでカンツー出来る訳ない!!

 てか、ソレすかッ!?ソレでコレ、やったんすか!?」

 ベアトリーチェは長い金髪の襟足を振り撒くように烈(はげ)しく振り返り、シャンの手にある必殺の火器を、キッと睨んだ。


 「うん、そうだ。こう言うとお前は気を悪くするかも知れんが、生憎とその鎧の程度ではこのドラクロワを驚嘆させるのには足らぬと思ってな、そこで更なる強固な守備力を有する上質の鎧が欲しく、このマリーナに頼んでおいたのだ」

 シャンがマリーナの前の手押し車に載(の)った、荷台からだらしなく手足を溢(こぼ)した鋼鉄の巨人みたいなプレートアーマーに顎をしゃくった。


 そのプレートアーマーとは、魔王ドラクロワの装備した、魔界伝来の''神殺しシリーズ''とはまた一風趣(おもむき)の異なる、不吉禍々しき黒の一色であり、その面(おもて)に施された流麗なる高浮き彫りも絶妙に美しく、まるで水牛のような厳(いか)めしい大角の兜とも相まって、なんとも云えぬ異様な迫力を放っていた。


 「はぁ。この娘ったら、話の進行を掻きまわすのか、進めてくれるのかよく分からない人ですねー」

 ユリアが少し疲れたように言った。


 「ホホホ、でもドラクロワ様のご機嫌が良くなって何よりではございませんか」


 「そうですとも。それにしても、あの新たな異形の鎧一式……その大きさと形もさることながら、なんとも恐ろしい、まるで瘴気のようなモノが全体から放たれているようにも映りませんか?

 凄い。何だか今にも動き出しそうな程の迫力です」

 アンとビスが手押し車から大きくはみ出た、闇より濃い黒の巨人を怖々と見つめた。


 その鋼の伽藍堂(がらんどう)は、最後の血の一滴まで勇猛果敢に闘った戦死者の骸(むくろ)のごとく、首を力なく斜めに傾げており、その荘重なるヘルメットのヒサシの昏(くら)い隙間からは、何とも背筋が凍るような無限の怨嗟が垣間見るようだった。


 「よし!じゃさ、じゃさ!早速コイツでピストルの強さを見てみよーよ!

 いよっとぉっ!!うっひゃっ!!コイツったら、ヤッパリ、トンでもない重さだよー!!」

 マリーナがプレートアーマーを同胞の犠牲者を抱き抱えるようにして正面から担ぎ上げ、少し離れた切り株の方へと運ぼうとした。

 が、その余りの重量に驚いて観念し、再度手押し車へと降ろした。


 「ちょっ!ままま、待って欲しいっすー!!確かにこの鎧は、並みの鎧の三倍は厚いカネを使ってるみたいなんすけどー、実は超ヤバい鎧なんすッ!!」

 と、慌てたベアトリーチェが割って入る。


 「えっ!?超ヤバいっ!?ソ、ソレってどういう意味ですかー!?」

 漂い出た強い珍物件の香りに、忽(たちま)ちユリアが食い付き、鼻息荒く訊いた。


 「あー、なんかー、ウチのジイちゃんが云うにはっすねー、コイツ、なんでもデッカイ地震か何かでー、スッゲ昔の地層から、ンボコッて出て来たみたいでー、んで、気合い入れて調べた学者さん達が云うにはー、なんかコレ、どー見ても、あの魔王の鎧なんじゃね?とかナンとか超絶気味悪がってたのをウチのジイちゃんが、ヨッシャ!ソレならこの俺が預かるゼ!って感じで引き取ってー、ウチの店の地下でシメヤカに保管してたっつう、そーゆー怪しさ満点のモンなんすよ!!

 だから、テキトーにぶっ叩いたりすっと、下手すりゃ古代の呪いがムニュッと発動っ!てな事になるかもっすー!」

 

 このベアトリーチェの不吉な解説と警告とに、一同は沈黙する外(ほか)なかった。


 ように見えたが──


 「ののの、呪いッ!!?ななな、何ですかそれっ!?

 この巨人族の鎧みたいなのって、そんなに妖しい曰(いわ)く付きのモノだったんですねー。

 ウフフ……もしそれが本当ならスゴいッ!スッゴいですー!!

 じゃあじゃあコレ、夜中に独りでに動き出したり、夜な夜な哀しげに哭(な)いたりとかするんですかーっ!?

 ンキャーッ!!こここ、コレは一大事ですよーッ!!!」

 沸き立つ興奮をまったく制御出来ない者が一名居た。


 「ユ、ユリア様……お気持ちは分かりますが、少し落ち着いてください」

 そうアンが嗜(たしな)めようとしたとき。


 「えっ!?つか、なんで知ってんすか?」

 月夜にも険しい顔のベアトリーチェが、僅かに震える声で応えた。

 

 「アハッ!なーんだいソリャ!?マオーって、あのアタシ達が倒さないといけない、あの魔王かい?

 へっ?その魔王のご愛用の品がコレって訳ぇ?

 んまぁ確かにソレッぽい、ゼツミョーにブキミな形してっけどさー、ちょっと流石にアレだよねー?んー、そ、マユツバッてーの?」


 マリーナが紅くカラーリングしたグローブの拳に、ハァーッと息を吐き掛け、コイツめ、とばかりに鎧のヘルメットの頭頂を殴り付けた。


 ゴンッ。


 ボグッ!!


 「アギャッ!!?」


 なんと、そのパンチの落ちた直後、いや、ほぼそれと入れ代わるようにして、黒い巨大な鎧の籠手が跳ねるように動き、そのカボチャ大の鋼鉄拳が見事、マリーナのドテッ腹にスクリューブローとなって飛んだのである。


 まったく不意に鳩尾(みぞおち)を打たれたマリーナは、堪(たま)らず、ズドッと両膝を地に着いて崩折れた。 

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