170話 同族嫌悪

 さて、人外の半吸血鬼を軽く打ち破り、岩山のごとき巨影を引きずりつつ鼻唄混じりで場外へと去る超絶拳士ラグナであったが、その歩みの先にある格子扉が外側から解錠されると、光の勇者マリーナより遥かに大柄なドレス美女の二名が立っていた。


 そして、その女達は悠然・艶然と完全勝者へと歩み寄り、その一人がラグナの汗ばんだ魔法図柄の巨躯へと、掛け布団のように大きなタオルを放った。


 「サンキュ!あーぁ、本っ当つまんない試合だったわぁ」

 ラグナはそれで、妖しく仄かに発光する魔法図柄のスキンヘッドを拭いながら、絶対強者ゆえの退屈を嘆いた。

 

 その彼の背後では、反対側のゲートも解錠が為され、鉄の嘴(クチバシ)の立った、化鳥の顔を模したような、そんな酷く不吉で気味の悪いマスクを被った男達が数名、闘技場内へとなだれ込んでいた。


 その白衣を着た者等は、闘技の場の中央に仰向けに倒れたままの血塗(ちまみ)れのバンパイアモドキの凄惨なる亡骸(なきがら)を、実に手慣れた様子で無感情かつ迅速に撤去し、次いで清掃をも瞬く間に済ませたのである。


 すると、それらの不気味な特殊清掃員らと入れ替わるようにして、この闘技のホスト役である、シルクハットの道化じみた燕尾服の小男が入って来た。


 「さーてさて皆様っ!今宵の''真夏の紅血祭り''の前座となりました第一戦!目一杯お楽しみ頂けましたでしょうかー!?

 ヒェッヒエッ!!本日、お馴染みのカランビット君は、めーでたくこの闘奴場を卒業と相成りましたー!!なんだか少ーしだけサミシイ気も致しまーす!!

 だがしかーし!!我々には新たな素晴らしき闘奴があるではありませぬかー!?

 そうです!!皆様お待たせ致しました!!謹んでご紹介致しましょうっ!!

 彼(か)の悪名高き魔戦将軍の一人にして、麗しの吸血姫こと!ラヴド=カミラー様にございまーす!!

 皆様!どうか惜しみない拍手でお迎え下さりませー!!」

 言って、自らが潜(くぐ)って来た鉄格子のゲートへと、シルクハットを手に、黒ベストの腰を折って慇懃に会釈を極(き)めてみせた。


 これにテント内は殆んど暴動じみた騒ぎとなり、熱狂した観客達はいよいよ鉄格子に押し寄せ、雄叫びのごとき喝采を轟かせた。


 すると、その大喚声を入場曲に、剛槍を手にした板金鎧の兵卒二名に引かれ、自らからの小さな身体を抱くようにされた真紅の拘束服に、黒い帯の目隠し、そして銀の筒を猿ぐつわに咬まされた女児らしき者が闘技の場に現れた。


 これを食い入るように見て大興奮する観客等に、ニタリとした燕尾服の道化は

 「あー皆様っ!皆様っ!お目当ての姫君のご登場に沸くお気持ちは分かりますが!そのように余りに盛大に騒がれますと、我等がヴァイスの誇る武の至宝、チーム超越のラグナが焼き餅を焼きますぞぉー!?

 ではでは!今宵二戦目となりますラグナ=タイゴンも熱き喝采でお迎え下さりませー!!」

 シルクハットを持つ手を変え、今度は反対側のゲートへ会釈を極めた。


 すると、光沢のある紫の短パン履き、剛健過ぎる手足を帯布で固く巻いた、まさに天を衝(つ)くような刺青の巨人が堂々とした足取りで入って来た。


 控え室にて一息ついたラグナは、そのまま淀(よど)みなく闘技の場の中央まで進み、そこで拘束を解かれつつあるカミラーを遥かな高みから睥睨(へいげい)し、そこを巨影で暗くした。


 (うふふ……お会いするのは二度目になるわね、まがい物のお姫様)


 と、突然、カミラーの小さな頭蓋内に、魔族間のみに通じる特殊な思念波が流れ込んできたのである。


 (ん?思念波か……。ほう、貴様も魔族かえ?)


 (うふふ。そうよ。皆にはナイショにしてるけど、実はあたし、あなたと同じ、いわゆるバンパイアなの)


 カミラーは真紅の瞳の目を真上に向け

 (な、なんじゃとっ!?)


 (ふふっ!驚いた?これでも魔界に帰れば、爵位は準男爵で、ハッキリ言ってあなたみたいな庶民なんかとは違って、リッパな貴族の出なのよ?)


 (……)


 (うふふ!言葉も出ないってとこかしら?

 それにしてもあなたったら、そーんなカワイイ顔して、恐れ多くも、かの誉れ高き公爵家の御当首様を騙(かた)るだなんて、トンでもなく大胆な真似をしてくれちゃったわねぇ。

 あのねぇ?大体、ラヴド=カミラー様なんて、貴族のあたしだって、どうやらそういう御方がいらっしゃるらしい、って聞いたことがある程度の貴族の頂点様なのよ?)


 (ふーむ……ラグナ……ラグナ……。んー、全く以て聞き覚えのない名じゃなー。

 ま、そのような貴族の底辺なる''準男爵''などという小身の家の名など、一々覚えてもおれぬわ)


 (……て、底辺……ですってぇ?)


 (ふむ、ならばラグナとやら、今ぞ光栄に満ち足り、わらわにひれ伏すという特別栄誉を授けてやろう。

 ギャハハ!わらわこそは正真正銘!ラヴド家現頭主カミラーであるっ!!)


 (……あー、もうダメ。アントニオちゃんには悪いけど、あたし自分を抑えられる自信がないわぁ……)


 ラグナの巨体は激怒で紅潮し、その面(おもて)に犇(ひし)めく魔法図柄は燦然(さんぜん)と煌めき始めた。


 そして、その凄まじい筋肉群は震え、急激なるアドレナリンの多量分泌により、モリモリと膨れ上がったのである。


 (ん?どうした?ラグナとやら頭か高いぞえ!?早う、その眩(まばゆ)い禿げ頭を下げ、わらわにひれ伏さぬか。それとも、どうあっても、このわらわとの手合わせを所望するのかえ?)

 カミラーは肩に下がったピンクの巻き毛を優雅に背へと流して念じた。


 (……あのね……あたしはとーっても心の広い、''本物の貴族様''だから、おバカなあなたに教えて上げるけど、このあたしの全身に描かれてる魔法陣は、貴族の保有する超復元能力と引き換えに、なんとあたしの筋力を下限で十倍増しにもしてくれちゃってるの。

 だ、か、ら、あなたみたいなオチビちゃんなんて一瞬でバラバラなのよ?

 どう?分かったらもっと、おもらしするとか、泣き叫ぶとかして、ちゃーんと怖がりなさいっ!)


 (んあー、もうゴタクは充分じゃから、ちゃっちゃとかかってこぬかえ!!)


 (……あー本当、あなたって目眩(めまい)がするくらいのスペシャルなおバカさんねぇ!!

 あのねぇ!?筋力が十倍ってことはね?つまり速度も十倍ってことなのよ!?)


 (ふあーっ!わらわとしたことが、いかんいかん!闘う前に魔王様に一礼じゃあっ!!

 はて、どちらにおわすのかの!?)


 言って、まるで自分など眼中にないように、クルリと背を向け、思い切り背伸びをし、客席の愛しい主君ドラクロワを探して、キョロキョロとしだしたカミラーに、今度こそラグナの怒りが爆発した。

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