154話 赤い罠

 「はっ!?アンタ、今なんつった?

 えー(上手い)具合にいかん?!えっ!?ちょっと!覚悟ってなんのことだい!?」

 と、己に触れた対戦者の深層。そこに内在する潜在的能力を読み取り、その総合的力量に見合った戦士を産み出すと言う、なんとも摩訶不思議なる黄水晶が放つ、狂おしき閃光炸裂に目を細めながら聞き返すマリーナであった。


 だが、それに当のザエサは生意気そうに只々、ニヤニヤとするばかりだった。

 

 そうこうしているうちに、この二人が挟む代理格闘遊戯盤には、例の黄色い螺旋炎の竜巻がふたつ立ち上ぼって、いよいよこの四角い戦場に代理格闘戦士の召喚が完遂されるところであった。


 その眩(まばゆ)い焔(ほむら)の竜巻とは、まず、マリーナの前に葡萄酒瓶ほどの小さなモノ。

 そして、それに対するザエサの前には、この五メートル四方の大型遊戯盤の面積の多くを占拠するような、成人男子の一抱えほどの大きな竜巻が逆巻いてあった。


 それらの火柱の大小は、直ぐに無数の黄色い火の粉を回転軌道上に撒き散らして、煌(きら)めく淡い蛍火となって消え失せた。


 つまり、代理格闘闘士のお出ましである。


 果たして、マリーナの手前には、やはり体高20㎝に少し満たない戦士が現れた。


 その戦士とは、元々の肌は色白であろうが、それを冒険生活にてよく日焼けさせた、刀傷と野獣の爪・牙による古傷にまみれた半裸の女のようであり、ざっと俯瞰(ふかん)で見たスタイルとしては、大変に均整のとれた十二頭身ほどのモノであった。


 そして、この戦士のすらりと伸びた優美な身体。その手足、腰、また巨大なバストには、各々(それぞれ)深紅の部分鎧を装着しており、その右目には、瞳のあろう辺りに大粒のルビーを据(す)えた黒革の眼帯、そしてその反対側の瞳は、実に健康的で透明感溢れる、鮮やかなサファイアカラーだった。

 また、その身体の割りに小さな頭部、そこの豊かな金髪は高く結われており、その先が垂れる背には、恐ろしく長大な斬馬刀のような大剣を担いでいた。


 つまり、サイズこそミニチュアレベルではあるものの、見まごうことなきマリーナ本人がそこに屹立(きつりつ)していたのである。


 これを認めたザエサは、ニヤリと小悪魔的な笑みを浮かべ

 「ニャッハッ!」

 と思わず声を漏らして、正しく、してやったりとばかりに、パキンッ!!と指を鳴らしてミニチュアマリーナを指差した。


 そして、その彼女の前には、他に喩(たと)えようもない''赤竜''が顕現していたのである。


 それは、遥か下方にて対峙する格好のミニチュアマリーナが、ポカンと口を開け、その禍々しくうねった漆黒の大角の生えた頭部を見るために、ほぼ真上を向かねばならないほどの大怪獣であり、正しく、暴竜王レッドドラゴンの降臨であった。


 その深紅の化け物は、まるで溶岩のような、赤熱する血管の走る長大な皮膜の翼をはためかせ、それによって生じた砂塵の舞う大暴風にあおられて、金の美髪を嫌とゆうほど吹きあおられ、堪(たま)らず左目を細めて両の腕で顔を覆うミニチュアマリーナなど眼中にはないかのごとく、強靭・強固なるバニラ色の鱗に覆われた喉元を見せながら、ゴォアーーッ!!と、魔物王者ドラゴンの風格も凄まじく、観ていた女勇者の皆が目を剥いて思わず、ハッと息を飲むのほどの大咆哮を天井へと轟かせた。


 そして、真っ黄色の蛇眼の瞳孔を真ん丸にしたかと想うと、ヒュゴオーと鼻孔を鳴らして胸いっぱいに空気を吸い込み、恐ろしい牙の並ぶ口腔を、バカリッといっぱいに広げ、そこから予告なしのファイアブレス(火焔の息)を吹いたのである。


 それは弛(ゆる)い螺旋を巻きつつ、胸が悪くなりそうな真っ黒な煙と陽炎(かげろう)を伴いつつ、殆ど真っ直ぐに下方のミニチュアマリーナへと伸び、一気にその美しい姿を紅蓮の焔(ほむら)で包み込むだけでは飽き足らず、その女戦士の遥か背中方向へと楽々と伸長したのである。


 そして、その大火炎の螺旋帯の灼熱の大暴動とは、遊戯盤の天板外縁から真上に向かってそれらを、グルリと取り囲むような、目には見えない壁のようなモノにぶつかって、そこで放射線状に爆発的に花開いて荒れ狂い、その障壁を散々に舐め回してから、名残惜しそうに黒煙の大奔流をぶちまけ、ようやく消え去ったのである。


 これを目の当たりにしたユリア達は、まさに息をすることも忘れ、この体高150㎝あまり、両の翼を広げた幅は三メートルを優に超え行く大赤竜の圧倒的迫力に度胆を抜かれていた。


 だが、対戦者席のマリーナは少しも臆した風もなく、深紅のグローブの手で眉上にヒサシを作り

 「あらっ!?チッコイアタシったら、今の一発で即死かい!?

 アハッ!なーんて、あの程度はちょいと跳んで避けてましたー、か。よーしよしよし!!

 っへぇー、ザエサだっけ?あんたの代理格闘戦士はレッドドラゴンかい。

 アハッ!コリャまた……」

 と、自らの分身であるミニチュアマリーナが、ペッペッ!と口に入った砂を吐き出すのを見つめながら言った。


 同じくレッドドラゴンもミニチュアマリーナを睥睨(へいげい)し、それが全くの無傷であることを認めるや、さも口惜し気に、ダンダンッ!!ドバンッ!!ドドンバンッ!!と、ワニのような前足でジオラマの荒野を乱打しては踏み鳴らし、それによってちょっとしたテーブル地震を生じさせていた。

 

 そして、またもや鼓膜を震わせるような大咆哮を轟かせ、その真っ赤な口腔の端から炎の涎(ヨダレ)をぶちまけながら、黒い水晶の剣のような、ザクザクとした鶏冠(とさか)の鱗が乱立する、キリンのごとき長い首を無茶苦茶に振り回していた。


 「キャハハハハー!!見たかー!これがお母しゃん自慢のレッドドラゴンでしゅー!!

 運よく最初のブレスは交(か)わしたみたいでしゅけど、お母しゃんのレッドドラゴンは、そんなクッソみてーな小さな剣なんかじゃー、かすり傷も付かないでしゅよー!!

 もうやるだけ時間のムダなんで、早いとこペシャンコになって消えてくーだしゃーい!!

 キャーハハハハハー!!」


 「ブシシシシ……。早速、不具合が出たのねー。代理格闘闘士じゃなくて、対戦者本人が出ちゃうなんてねー。

 ブシシ……タダの人間、しかも女の戦士がレッドドラゴンに勝てる訳ないんだよねー。

 てゆうか、諦めたらそこで遊戯は終了だよー!!がんばれ女戦士っ!!」

 

 「ま、そーいうことじゃねー。ホンマあんたには悪いけど、今回ばっかりは、ぶち(とても)運がなかったねー。

 コレ、あんた本人が出よった時点で、はー(これはもう)終わりじゃねー。

 だって、あんたが、どー逆立ちしたってドラゴンにゃ勝てんじゃろー?

 ニャハハハハー!!ねぇカッツォ!あんたぼーとしとらんで、早よ、あすこの金貨取ってこんね!

 ニャーハハハハー!!」

 まるで勝利の鬨(とき)の声のごとくに、実に憎々しく哄笑を上げた。


 これにユリアは太めの眉の根を寄せ、それをハの字にして

 「うっひゃあー!!こ、これは確かにドラゴンの中でも、かなりの上位種に位置する、あのレッドドラゴンですー!!

 ひゃー!なんちゅー存在感と迫力なんでしょー!!

 て、えっ!?不具合ですって!?

 こうして、ちゃんと小さなマリーナさんが出て来たのに、何が不具合発生なんですかっ!?

 えー!?どーしてどーして!?今回もダスクの時と同じで、確かに小さいけど、しっかり頼れるマリーナさん本人のご登場じゃないですかー!」

 と、一部が黒く焼け焦げた擬似荒野にて、ミニチュアマリーナが右手の親指の先を舌先で舐め、その小さな全身に剣豪特有の熱さのない燐の炎のごとき闘気を纏いつつ、クンッ!と鯉口を切り、ザシャーと不吉な鞘鳴りを響かせて、背(せな)の斬馬刀のような大剣を抜刀するのを見ながら言った。


 シャンもその流れるような抜刀振りを惚れ惚れと眺め

 「フフフ……。大方、この大型の代理格闘遊戯盤とは、こちら側の水晶に何か仕掛けが施されていて、それが常にこちらに不利に働くように設定されているか……。

 はたまた、こちら、向こうのどちらの側に座したとて、奴等ドラコニアン以外には正しく機能はせず、人間族の我々がどうやっても、その代理格闘の戦士としては、必ず対戦者本人が投影されるように細工されているか、だな。

 ならば……」

 と、恐ろしく澄んだトパーズみたいな瞳の眼を細めた。


 「キャッハハハハーッ!!今更気付いても後の祭なんだよー!この弩底辺(どていへん)クソ冒険者がー!!

 あのなぁ?売り場の壁に飾った先代の造ったドレスから、お母しゃんが遊戯と賭けを持ち掛けたとこから、もう何から何までお前達クソ冒険者を騙す罠だったんだよー!!

 まずは、あのドレス辺りで、クッソみてーな里に残して来た、クソみてーな子を想う親の心をくすぐってだなー、そんで堪(たま)んなくなって、ツイツイあれを欲しがるクソ冒険者の懐具合を探ってだなー、それを踏まえて妥当な賭け金を決めんだろー?

 そんでもって、このレッドドラゴンでクソ惨めにぶっ殺してやる訳よー!!

 んで、めでたくケツの毛も残らねー、すってんてんの絶望クソ冒険者の出来上がりって訳よ!!

 ヒャハハハハー!!畏(おそ)れ入ったか!?このバーカバーカ!!

 クソまんまと引っ掛かりやがってよー!!

 毎度毎度、クソ冒険者になるしかないような無能クソ人間共を騙すのは面白いでしゅねー!!」

 メッカワの不快指数1000%の裏声が悪魔の兇笑のごとく鳴り響いた。


 「酷いっ!!あまりにも酷過ぎます!!

 あなた達はこんな酷いことをして楽しんできたのですか!!?

 私、こんなの絶対に許せませんっ!!」

 ユリアは激昂し、左手の魔法杖で床を突いた。

 

 この義憤に燃ゆる生真面目な魔法賢者と、冷え冷えとした氷のようなお澄まし顔で、鋼の六角棍を立てたアンとビスを認めたザエサは

 「おっとお!!まぁ、メッカワの言い様は身も蓋もないけど、じゃけーゆーて、ほいほいと、別にやらんでもえーこのゲームに、お願いしまーす、ゆーて自主的にのってきたんはそっちじゃろ?

 ほんで、いざ不利になった思うたら、忽(たちま)ち実力行使に出るんじゃ?

 へぇー!それが冒険者なんっ!?それがあんたらのやり方なんっ!?」

 毛ほどもたじろぐことなく、変わらぬ小生意気そうな顔で平然とまくし立てた。

 

 「ぐっ……そ、それは……」

 と、立ち尽くすユリアだったが、そこへしっとりとした美しい夜の霧を想わせるような、そんな安らかな声が流れた。


 「うん。やはりこの遊戯盤とは、どうやっても本人が描出される仕掛けになっていたか。

 フフフ……ならば、この代理格闘遊戯。心底愉しめそうだ。

 マリーナ。お前は、以前ワイラーの魔術師の精神魔法のせいで、この世界とは全く隔絶されながらも、この星に酷似した世界で怪物狩人として、独り修羅の世界を生き抜いていたと言ったな?

 そうして、たった一つの己が命を生餌に、より強いモノ、より強大なる敵を獲物として請い求め、そしてさ迷うという、そんな熾烈・苛烈極まりない狩猟生活の中で、このレッドドラゴンと会いまみえた事はあったか?」

 

 このシャンの問いかけに、マリーナは左手の人差し指で顎の先を押さえ、そして上向き

 「あーそうそう、ホントそーいう生活だったよー。

 あるよっ。あるある。ホント、コレとソックリ同じレッドドラゴンだったよー。

 えとねぇ、そうっ、コレの最初のヤツと殺り合ったときはー、もぅ全っ然歯が立たなくてー、それこそ命からがら逃げたっけー!?

 んでさ、そんときにー、この片方の目ン玉をやられちまったんだよねー。

 んー、だからさ、最初のソイツを入れるとレッドドラゴンつったらー……うんうんっ確か三匹だねぇ」

 女にしては長い指を三本立て、特段自慢する訳でもなく、まるで他人事のように、どこまでも暢気(ノンキ)に答えた。


 「はあっ!?あんた何言よんなら(何をおっしゃっているの)?」

 これにザエサは、ピタリとニヤニヤを止め、急速に顔を曇らせた。


 シャンはそれに流し目をしてから、親友マリーナの肩当てに手を置き、実に愉し気に眼で笑うと

 「フフフ……そうか。うん、私はそれが訊きたかったんだ。

 それでマリーナ。そのうち獲った首は幾つだ?」

 

 マリーナは黒革の眼帯の下、そこのブラウンの右眉を上げ

 「んっ」

 と短く唸るような返事をして、親友に向け、無造作に深紅のグローブの左手を上げた。


 そこに立っていた指とは、親指、人差し、中指であり、それらは確かに''三本''であったという。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る