152話 赤きドラコニアン

 こうして、この星の最強生物であるドラクロワと、亜光速で駆けるその忠臣カミラーの二名を送るという、斥候とはいいながらも、このすでに始めから決定打にしか思えない人選にて、ヴァイス攻略の作戦方針を確定した光の勇者団は、早速、黒い馬車の行く先をヴァイスがあるとされる地点から、その最寄りの町へと設定し、しばしの仮眠を取ることとした。


 そうして数時間後、彼等が下車した雨上がりの弛(ゆる)い地とは、その名をイヅキという、紡績(ぼうせき)と仕立ての工場町であり、辺りには強力な魔物は棲息していないのか、町を取り囲むバリケードは軒並み低く、幾らか煙突の生えた雑多な工場らが点在するものの、総合的に著すならば、実に牧歌的な田舎風の町であった。


 そこでドラクロワとカミラーは、わずかな少憩も入れず、只の冒険者風情に擬態する此度(こたび)の斥候役には、流石に暗黒不死怪獣の四頭巨馬等は不向きとして、それぞれがまたがる手頃な乗用馬を買い入れ、この付近一帯の地図を懐にねじ込むや、颯爽(さっそう)たる馬上の美しき主従の一組となった。


 「ウム、ではヴァイスとやらに行ってくる。

 直ぐに戻る。いや、意外に少々手こずるやも知れんな。フフフフフ……。

 そうだな、お前達は俺が戻るまでの間、この町で適当に剣の手入れでもしておけ。

 ウム、カミラーよ。こいつらに少し多めにこづかいを渡せ」

 と、例のごとく無味乾燥に家臣へと命じて、直ぐに馬の横腹を蹴り、正しく寸暇(すんか)を惜しむようにして出立したのである。


 こうして、決して魔王のお楽しみの邪魔とはならぬよう、この田舎・僻地にて体よく捨て置かれ、しばしの待機を命ぜられた5人組の乙女達は、狭過ぎず、陽当たりの良さそうな、とても雰囲気のよい宿屋を見付けて、その部屋に各自の私物を放り込んで、一通りイヅキの町を見て回ることにした。


 魔法杖片手にその一団の先頭を行く、愛らしいサフラン色の小柄なミニスカローブの魔法賢者は、物珍し気に垂れぎみの大きな眼をキョロキョロとさせ

 「へえー。なんだか、とってものんびりとした落ち着いた町ですねー。

 あっ、ちょっとあそこ!アレですアレ!あそこに鴨が歩いてる!

 わぁー!見てください!あんなに小さな雛が親の後をちょこまかと歩いてますよー!うわー!カッワイー!!」

 と小さな水溜まりの残る道端の隅を指差した。


 夏の明け方の水冷式の涼風にプラチナカラーのショートボブをあおられたアンは、その風に混じる家畜飼料の香りを感じながら

 「そうですね。雛は五匹もいますよ。ユリア様、もっと近くで見てみましょう」

 と言って小さなフードの下がるユリアの狭い背に手を添えた。


 これに特に逃げ出すこともしない鴨の親子へと駆け寄り、そこにしゃがんで観察をするユリア、またアンとビスとを眺めて大あくびをするマリーナは

 「ふぁー!しっかし、ここはスッゴくまったりとした落ち着ける町だねぇ。

 なんかさー、ここが、ぶっそーで薄気味悪い邪教の街の近くだなんて全っ然思えないよねー。

 アタシャなんだかのんびり気分になってきちまったよ。

 あーぁ、キッタハッタの大暴れの前にこれじゃ、なんとも気が抜けちまって、ちっともよくないねぇ」

 と、あくびのせいで左目の端に光る涙を拭(ぬぐ)った。


 「フフフ……おいおいマリーナ、まだ大暴れになると決まった訳ではないぞ。

 まぁ流石に、ヴァイスの狂信者達が大人しく改心してくれるとは思えんが、それをうまく説得するのが我々の務めだ。

 まずはドラクロワ達の調査の結果を待って、それからそれを材料によくよく検討をし、何とかして彼等に魔王崇拝の愚かさを説き、それが可能な限り荒事にならぬような対策を数段構えで考案・構築し、それの結果、万事が穏やかに運べれば、それが一番なのだからな」

 徐々に昇りゆく朝日を見つめていった。


 マリーナは背中の大剣の柄(つか)を、トンと叩き

 「そっか。うん、ま、確かにコイツを抜かないで、レーセーな話し合いで済めばそれが一番だよねー。

 でもさ、噂じゃ、ドシュッ!ズリュッ!て感じで、生きてる人の心臓をえぐりだして、んでもって、それをへーきで儀式に使おうって奴等だからさー、そう簡単に、はぁ光の勇者様ですか、よーこそよーこそ、うーんボク達スッカリ目が覚めましたー、もー二度とこんなバカはやりません、ごめんなさーいってなるとも思えないけどねぇ。

 まぁなんにしても、とりあえずドラクロワ達が帰って来るまでは何ともしようがないね。

 えぇと、馬での行きと帰りで、合わせて半日位でしょ?んで、その街を調べるのに一日はかかるだろうからー。

 うん、まーず2日はのんびり出来るってことになんねぇ。

 アハッ!そ、う、な、れ、ばー」

 指折りドラクロワ不在の時間を数え、ブラウンの眉をウキウキとさせた。


 「フフフ……とりあえずは、美味い朝飯、だな」

 シャンが眼で笑い、その続きを言ってやった。


 それからの五人は宿にもどり、焼きたてパンの香ばしい、家庭的な美味い朝食を摂ると、再び物見遊山の徒となった。


 そうして、様々な店が軒を連ねる商店街を闊歩(かっぽ)・進軍し、実に陽気にかしましく騒ぎつつ、あれやこれやと見て回り、要・不要な買い物を充実させていくうちに、5人組の乙女達は五十坪はありそうな大きな婦人服の店へと辿り着いたのである。


 この店とは、見るからに高価で上質なる服飾の商品群を取り揃えており、それらの抜群の仕立て具合というものは、まだうら若き娘である女勇者達を夢中にさせ、その賑やかさに拍車をかけていた。


 この「赤きドラコニアン」という服屋の店番をしていたのは、その店名に相応しくも、ドラコニアンの若い女、いや少女であった。


 この''ドラコニアン''とは、人間とドラゴンの合の子のような、実に特徴のある容姿をもった二足歩行の種族であり、この上下ともに下着同然のマリーナ顔負けの露出趣味を想わせる娘とは、その顔こそは人間族とさして変わらぬ、なんとも小生意気そうな美しい顔の造形ではあったが、その控えめな尻のすぐ上から伸びた、殆んど床に着きそうな、黒い鱗(ウロコ)の鶏冠(とさか)の列(つら)なる細長い尻尾があり、それがクネクネと動き、まるで赤い蛇のように揺れていた。


 またその顔と掌、そして胸元など、それら身体の中心部から外側に向かうにつれ、その肌の色とは、徐々に深紅へと向かうグラデーションを形成しており、その体表の外側は、よくよく見れば、ささくれとは無縁のクリアコーティングを施したような、まるで鰻(ウナギ)のように、光沢のある微細な鱗を透かし見させる、実に滑らかな肌であった。


 そして、束ねて後ろに流した長い鮮やかな緑の髪。そこの両脇の尖った耳の少し上の部分には、頭髪をかき分けてそそり立つ、親指ほどの漆黒の筍(タケノコ)を想わせる小さな角が見え、また、ニヤニヤとした左の上顎からは、他より長く伸びた犬歯が一本のぞいていた。

 

 無論、この一風変わった亜人種の売り子を発見したユリアは、鳶(とび)色の瞳の目を皿の丸にして

 「はえっ!?ウソッ!ウソウソウソッ!ももも、もしかして貴女って、本物のあのドラコニアンさんですかー!?

 うっひゃー!!本では見て知ってましたけど、本物を見るのは初めてですー!!

 スッゴい!スッゴいですー!!」

 と喚(わめ)き、ドラコニアン娘の居る会計カウンターへと、タンッ!!と木製床を蹴る突発的スターティングからの前傾姿勢で、猛然・遮二無二(しゃにむに)駆けたのは言うまでもない。


 だが、その標的となったドラコニアンは、シャンとはまた異なる黄色の瞳の目を丸くして、サッと真っ赤な右腕、その黒っぽい光沢のある爪の五指を開くや、突進してくる小柄な娘の三つ編み頭を、ガッと掴んで停止させた。


 「うん?いきなりなーんじゃコイツ?あんた、そんなにドラコニアンが珍しいんか?」

 と、幾らかかすれたとこのある、いかにも少女らしい声で呆れたように言った。


 すると、直ぐにライカンの愛らしい双子姉妹が、ユリアの後方から灰銀色の二重影のごとく駆け寄り、そのサフラン色の薄く小さな両の肩の左右を捕らえた。


 「本当すみませーん。この方ってば、決して悪い人じゃないんですけれど、人百倍好奇心が強くって、直ぐに自分が見知らぬモノへと飛びかかるクセがあるんですよ。

 あとでよーく言って聞かせますので、無礼のほどを何卒ご容赦下さい」

 

 「ユリア様?いくら見知らぬ町でドラコニアンさんを発見したとはいえ、問答無用に飛びかかるなんて真似、初対面のこちらには大変失礼にあたりますわよ?

 私達がいつもいっているように、もっと光の勇者様らしくですね……」


 「いだだだだ!!アッ、アンさん爪が立ってますー!!」


 赤いドラコニアンは羽交い締めにされて喚くユリアを見下ろし

 「フフン。ウチは別に気にしとらんよ。たまーにこんな人おるし。

 それより、あんたらって、格好からして冒険者かなんかなん?」

 と、僅(わず)かに頬肉の盛った、実に意地悪そうな顔を崩して、真っ白な左の犬歯を光らせた。


 そこへと堂々たる大股で歩み寄るマリーナが、体高160㎝ほどの竜人娘の頭上を、真っ赤なグローブの指で差し

 「うおぉっ!ねぇねぇ!あの子供用みたいなチッコイドレス見てよ!アレさ、スッゴくキレイだよねー!!?

 アタシァこんなキレイな服は初めて見たよー!!

 ひゃー!見れば見るほど、あのフリフリとか、ししゅうってーの?それから大きさといい、うん!コリャ、カミラーにピッタシだねー!!

 よーし!決めたっ!!ねぇねぇドラコニアンのお姉さーん!あれって幾らなの?

 サスガにあんだけキレイだと、やっぱしそれなりに値が張るよね?」

 と、壁にかかった、銀糸をふんだんに使用した、まるで溶ける寸前の儚(はかな)げな雪と氷とで造られたような、透き通るフリルのひしめく、正しく息を飲むような超絶美麗なる、天女の羽衣のごとき超一級品のドレスを欲しがった。


 これにドラコニアン娘は、細いバニラ色の喉を見せて真上を仰ぎ

 「へぇー。沢山飾ってある中で、これの良さが一発で分かって欲しがるなんて、あんた中々見る目があるじゃん。

 あー、コイツはね、鬼才、悪魔憑(あくまつ)きから転じて、晩年は神憑(かみがか)りとまでいわれた、この店の先代が仕立て上げた最高傑作の一つなんよ。

 この店の品はどれもこれも、みーんなウチでこさえとるから、特にコレなんかは、お客さん等にウチの店の確かな品質の良さを見せつける旗印みたいなもんかねー。

 じゃけー、悪いけどコレ売りもんじゃないんよ、ホンマにゴメンねー」

 小刻みにうなずきつつ、雪豹(ゆきひょう)柄の胸当てを反らして、その小ぶりなバストを誇るようにして語った。


 「えー!?コレ、売りもんじゃないのかい!?

 あーでもでも、そこを曲げてなんとか!!自慢じゃないけどさ、アタシ達ソコソコ金持ってんの!だから、ちょっとぐらいは高くてもヘーキだから!?ねっ!?お願い!!お願い!!」

 と食い下がったマリーナであるが、やはり 「ホンマにごめんねー」

 と、すげなく断られた。


 「マリーナ、この店の看板同然である、先代の形見の品を強(し)いして売らせるというのは感心せんな。

 それに、あれほどではないにしろ、仕立ての良いドレスは他に沢山あるだろう。

 だから、あれは諦めろ」

 という親友の制止も聴かず、マリーナはそこから更にカミラーの具体的な可憐さ、可愛らしさまでも引き合いに出して、このドレスがどんなにか彼女に似つかわしいかを熱く熱く弁論・訴え、殆んど執念にも近い粘り腰で、しつこく交渉戦を試みたのである。


 そんな必死のマリーナを眺めて、次第次第に露骨な呆れ顔から、恐ろしく意地悪そうな笑みへと変じたドラコニアンは

 「ウフフ、もうそのカミラーとか言う娘が、ぶち(とても)綺麗なんは分かったよー。

 しっかし、あんたも随分粘る人じゃねー。こんなに諦めん人、ウチは初めてよー。

 まぁウチもウチで、非売品ゆーて書いとらんかったのも悪いしねー」

 と、何か含みのある風で、実に愉しげにマリーナの顔色を覗き見て言ったので。


 「えっ!?じゃ売ってくれんの!?あんがとー!!

 いやぁ、何でもセーシンセーイ頼んでみるもんだねぇ!アハッ!」

 

 「いや、ウチ、まだ売るとは言っとらんよ?

 そーじゃねぇ……。じゃあ、あんたの熱い気持ちに応えて、一応チャンスみたいなモンを上げたげるよー。

 そのチャンスいうんはねー、今からウチと、ここの裏にあるゲームで勝負して、それであんたが買ったら売ったげてもええかな?っていうことなんよー。

 うんうん。で、そのゲームなんじゃけど、なんていうたらええんかね?

 んー、えーと、うーん、なんかー、こんなデッカイ机にね、黄色げな水晶玉が、こう二つ、はしっこについとってー、ゲームやるモンがその玉を触ったら、その人の精神力とか、ホンマの本性ゆうのを形にしたような、小さな戦士とか怪物とかが出てきてー。

 えーと、そんでー、それいうのがねー、''はぁ''(本当に)もー、テーブルの上で好き勝手に動いて暴れよるんよー。

 じゃけー(ですから)、それをゲームの対戦者の代理同士で闘わせようってゆう、そーいう''いなげな''(不思議な)魔法の遊戯盤なんよねー。

 まぁあんたらからしたら、あんたホンマいきなり何言よんな?って感じじゃろーけど、これがホンマにそういうモンがあるんよねー。

 で、もしそれであんたらが、ウチと弟達に勝ち越したらアレ、もうタダ同然の値段で売ってあげてもえーかな?

 ま、奇跡でも起こらん限り、まぁまずウチらが負ける事はないじゃろうけどねー。

 て、どしたんね?ウフフ……まぁあのゲーム知らん人からしたら、裏にある本物見んと、ちょっと意味分からんかー」

 と、揺るぎない絶対強者らしき自信をまとい、どこかで聴いたことのあるような''代理格闘遊戯盤''での決戦を挑んできたのである。


 これに黒革の眼帯の逆。そこの左のサファイアブルーの瞳を爛々(らんらん)と輝かせるマリーナは

 「それならワシ、ぶち(メチャクチャ)自信ありますけー!!アハッ!」

 と、不敵な笑みで返したという。

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