107話 演技派
そこには、時折、ゴロゴロと唸(うな)る天空の暗黒雷雲が煌めく以外には、正しく一切の光はなく、闇の垂れ込めた茫々(ぼうぼう)とした"河原"(かわら)であった。
聴こえて来るものといえば、冷たい風と雨の音、それから大河のせせらぐ水音のみである。
そこに突然、闇を迫害するようにして、天空から降臨したの者があった。
それは、燦然(さんぜん)・絢爛(けんらん)たる金色の光を周囲に放って、石の地面すれすれに滞空せし、あの霊妙たるシャンの代理格闘戦士であった。
その男女の性の判別のつかない金色の戦士は、そこの石の河原に蠢(うごめ)くようにして小石をいじっている、餓鬼のごとき小さな背中に平行移動した。
それは鮮烈なる照明を浴びると、観る者にボロを纏った幼い男児であることを伝えた。
この伸び放題のボサボサ頭の男児は、真後ろの宙空に歩み寄る、黄金戦士の全身から放たれる、まるで闇を焼き殺すような、金色の聖なる光に動じるどころか気付きもしない様子だった。
そうして、カラカラとただ地面の小石をまさぐり、それを拾っては胡座(あぐら)の前で積み、また拾ってはそこに積みと、それらの平(ひら)たいものを選(よ)っては、一種懸命ともいえる風にして、小さな石の塔を作ろうとしているように見えた。
金色の戦士は音もなくそれに屈み込み、薄汚れた男児の肩越しに、その虚(むな)しき作業をしばらく観察していた。
この男児とは、哀れなほどに痩せこけ、裸足であり、その全身は泥と垢(あか)とにまみれ、小さな肘と膝小僧とは瘡蓋(かさぶた)にまみれていた。
そして、河原に投げ出した両足の裏付近には、二つの手垢にまみれた白い球(たま)、いや成人の物らしき"髑髏(どくろ)"が無造作に転がっていた。
金色の戦士が半眼を糸のように細め、それらを熟視して
「童児。これはあなたの両親の物ですね?」
代理格闘戦士にしては珍しく発語した。
そして男児に向けて、決してそれを驚かさないようにと気遣いのこもった、極めて穏やかな声で訊(たず)ねたのである。
男児は、ツイとその声に振り返り
「ん?誰?」
何故(なぜ)か、その黒い目蓋(まぶた)を閉じたまま、神々しき戦士を見上げた。
金色のチリチリ頭は、その黒髪の小さな頭に手を乗せて撫で
「ここは……現世(うつしよ)と、彼岸の境ですね。
あなたは、独(ひと)りでここに来たのですか?」
訊(き)きながら男児の足の先を見下ろしていた。
男児はその声に、あっと慌てて足元の髑髏二つを引き寄せて、サッと抱え上げ
「う、うん……。お、おいらの村、隣の国の兵隊に焼かれたんだ。
それで、家族皆で何とか近くの森まで逃げたんだけど、そこにも怖い兵隊がいて、おっ父(とう)が飛びかかって戦ったんだけど……。
へ、兵隊に斬られて……。おっ母(かあ)も捕まって兵隊達に虐(いじ)められて……。
それで、それでー……。おいら怖くて怖くて、おっ母達を置いて森の奥に逃げて逃げて、洞穴に隠れていたんだ。
で、そこで木の実とか虫を食べたりして、何日かして、お父とお母の所に戻ったら……」
金色の戦士は、既に話の途中から得意の血涙を流して泣いていたが、顔を静かに横に振り
「童児。もう……もう話さなくても大丈夫です。私には、全てが分かりました。
そしてあなたは、そこの森で一人きりで留(とど)まり、何も食べるものもなく、絶望とひもじさで倒れ、その後、鴉(からす)か何かにより目を奪われたようですね。
ですが、あなたはもう苦しみの現世からは解き放たれたのです
それに、私が来たからには、もう悲しまなくてよいのです。
直ぐに両親の元へと連れて行って上げましょう。
一人きりでよく……よくぞ頑張りましたね。さぁ、こちらへ来なさい」
音もなく立ち上がり、金色の手を伸ばした。
しかし、男児はその手には気付かず
「な、なに言ってんだいっ!おっ父とおっ母は、ちゃんとここにいるぞ!
も、もう誰にも触らせないんだからな!!」
男児は後退(あとずさ)り、その胸に抱いた髑髏同士は擦れ合い、キココ……と哀しく哭(な)いた。
金色の戦士は、大きすぎる恐怖と悲しみに精神を貪(むさぼ)り喰われた男児を悲しそうに見下ろし、風雨の最中(さなか)で瞬きもしないで、一分ほどその場に固まった。
そうして、また屈み込んで男児の頭を撫で
「そうですね……。これは失礼をしました。
だけれど、童児、聞いて下さい。
私は決してあなたを脅(おど)かすつもりはないのです。
どうか私の先ほどの思いやりのない言葉を許して下さい。
そうですね……では、ここよりもっと温かい、無くならないご飯と、雨に濡(ぬ)られない着物のある所に行きましょう。
そこではもう何(なん)にも苦しまなくてよいのです。
さあ……」
再び手を伸ばしたが、男児は穏やかなその声につられて上を向くだけで、ただ両親を腕にかき抱き、つっ立ているだけである。
「そうかっ!あんた、味方の国のお城から来てくれた兵隊さんなんだね!?
で、でも……おいら、お金もないし……ちょっと前から目も悪くなって、何かのお手伝いも出来ないんだ……。
そんなに良いところなら連れて行ってもらいたいけど、おいらなんかが行ったら、め、迷惑だよ……」
男児はしょんぼりと下を向いて、小さな足の指を強(こわ)ばらせて小石を鳴らした。
金色の戦士はまたもや、ハラハラと静かに泣き
「童児。どうか安心して下さい。そこは、お、お金なんか要らない素晴らしい所なのです」
そう言って左手を伸ばし、人差し指と中指とで、優しく男児の顔面、その引っ掻き回されてドス黒くなった眼窩(がんか)を押さえた。
そうして、直ぐにその手を下ろす。
男児は何事かと辺りを見回すように首を振り
「あっ!あれっ!?見える!見えるよ!わぁっ!!スゴく眩(まぶ)しいけど、何かが見える!見えるよー!!
うわあっ!た、太陽みたいだ!!」
金色の戦士の顔を見上げて、青い瞳を輝かせて喚(わめ)いた。
黄金の戦士は、下唇を裂けんばかりに噛みしてめて、凄い微笑みとなり
「あぁ……こ、これは失礼をしました。では、少し光を落としましょう。
どうですか?これくらいなら私の顔が見えますか?」
己の身体から噴射される聖光の光量を落とした。
男児は目にゴミでも混入したように、忙(せわ)しく瞬きをしてから目を擦り
「う、うん。ありがとう!兵隊さん面白い格好だね!!
で、でも、まだちょっと眩しい、かな?」
金色の戦士は、ウンウンと何度もうなずいて
「久し振りに光を見たので辛いのですね。お安いご用です。では、これでどうですか?」
その聖光はゼロとなって、金色の身体は河原の闇に飲まれた。
男児はその墨のような闇の中で、ニッコリと微笑んで
「うん。バッチリだよ!」
その刹那、天空から一軒家ほどの巨大な暗黒色の拳の鉄槌(てっつい)が落ちてきて、金色の戦士を黄金の円盤にしたという。
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