103話 見たことないものは描けない
飲酒はおろか、呼吸をすることすらも忘れ、食い入るように盤上の"血"闘を観戦していたダスクの愚連隊であったが、そのリーダー、カサノヴァが、思い出したように一息ついて
「おいおいおい!コリャなんつー戦いだよ!?
代理格闘戦士が女の吸血鬼だったなんてよー、こりゃマジでビビったぜ!
しっかし、お前達は一体何者なんだよ!?この遊戯(ゲーム)、この町に立ち寄った冒険者達にも色々とやらせてみたけどよー、ここまでスゲー戦士が出てきたのは初めてのこったぜ!」
金の頭髪を撫で付けながら、呆れ顔で感嘆し、カミラーを中心に美貌の女勇者団を感心したように見回すのだった。
そのコメントに漸(ようや)く息を許されたかのようなダスクの悪童達も、今更ながらにどよめきつつ、ある種敬意・崇敬の念すらこもった瞳をカミラー、そしてマリーナへと向け、それを幼い子供のようにキラキラと輝かせていた。
その光景を見逃さず、確(しか)と目の端で捉(とら)えたドラクロワは、表層では、さも無関心を装いながらも
(フム。これといって娯楽・楽しみ事のない田舎暮らしのコイツらにとっては、この珍妙なる遊戯の盤上で、冴え渡る己の才気というものを、より鮮烈に呈示(ていじ)出来る者が何より貴(たっと)く映るのであろうな。
ウム、面白い。では万を辞(じ)して、俺という絶対的なる超越覇者が降臨するまでは、この座興を興奮の坩堝(るつぼ)として念入りに加熱しておくとするか……と、なれば燃料となる前座が欠かせんな)
「アン、ビス。次はお前達の番だ。
遠慮は要らん。お前達もこれに奮(ふる)って参戦せよ」
少し前に出たような、いつものお澄まし顔で在りつつも、キラキラとブルーグレイの瞳を輝かせている双子姉妹に声を飛ばした。
その声に、ハッとした双子姉妹であったが、その雪の肌の妹、アンがドラクロワを振り仰ぎ
「ドラクロワ様。そればかりは遠慮致します。
畏(おそ)れ多くも私共二人等が、勇者カミラー様に敵う訳も道理も御座いません。
それよりどうか、こちらのシャン様をご指名くださりませ」
飽くまで最大限の丁寧さをもって、深い敬意を込めつつその勧めに辞退をし、白い掌で女アサシンを指し示した。
腕を組んだシャンは、上質なトパーズを想わせる瞳でアンを流し見て
「アン、そんなに遠慮をするな。何処までいっても、これはただの遊戯でしかないんだぞ?
それに見ていれば分かるが、本当はお前達もやってみたいのだろう?
私はその後でも一向に構わないし、お前達の心の奥底にあるモノにも非常に興味が惹かれるのでな。フフフ……むしろ是非ともやってみせて欲しいのだ。
気を遣うのなら、この場は気を利かせて、楽しむ客達をあまり待たせてやらぬことだ」
アンはビスと顔を見合わせ「はいっ。ですが……」と口ごもるように言ったが、途端に輝くような微笑みを咲かせ
「はい!で、では失礼して。敵わずまでも、精一杯カミラー様に花を添えさせていただきます。
では。不肖、この私から……」
と、鋼の六角棒を姉へと預けて、マリーナが「あっゴメン!ゴメン!どーぞー!」と立ち上がった対戦席へと掛けさせてもらった。
その好奇の瞳の潤(うる)む先、精妙巧緻(せいみょうこうち)なジオラマ荒野を隔(へだ)てた向こう側では、カミラーが既に水晶球に手を置いていた。
そうして、その小さな召喚の稲光を下から浴びつつ
「フム。次は犬娘の妹か……。
ドラクロワ様は寛容にもあのように申されたが、わらわとしては、お前のようなただの雑種ライカンの若い女では到底、わらわの招く神速の代理戦士の相手がつとまるとは思えんがの。
まぁ、そうはいうても、この場は座興じゃ。精々気張って、獰猛(どうもう)なる白い犬コロでも出して、ドラクロワ様にお楽しみいただけるよう確(しか)と勤めい」
ここまで負けなしの五千歳の女バンパイアは、絶大なる自信に満ち溢れており、極めて退屈そうに、従者アンを迎えたのであった。
盤上にはカミラー初出のオールバックの巨人、黒マントの貴公子が現れていた。
その姿を認めたギャラリー達からは、地鳴りのようなどよめきが波打った。
さて、アンはビスとユリアから「頑張って!」との声援を受けた。
とはいえ、この代理格闘遊戯の性質上、何とも頑張りようはなかった。
が、神妙な面持ちでその灰銀のメイド服の手を伸ばし、魔物か化け物の眼球のごとき、極めて有機的な妖しい光を放つ、艶(つや)やかな黄色い半球へと恐る恐る乗せたのである。
その美しい乙女の脳裏では、正しく必死の精神集中と思いをもって
「出来うる限り強者を!何卒(なにとぞ)私の表し得る最強の戦士をここに!」と、前頭葉を焼くようにして、強く強く念じられていた。
そうして例のごとく、黄色い螺旋の火柱に包まれて、忽然(こつぜん)と盤上に現れた代理格闘戦士であったが、その姿には女勇者達、とりわけカミラーが目の玉をひん剥いた。
「ギャーーー!!!ききき、貴様ぁー!!いいい、一体、何を考えておるかぁー!!?
こここ、これは!このお姿は!?
お、おほふぅっ!!うぅっ!美しい!!
いやいや!いやいやっ!!待て待て待てぇいー!!」
小さなフリルの腕で、瞬間沸騰し、熱く紅潮する顔面を覆って、対戦席から転げ落ちんばかりに仰け反った。
そこの四角い荒野には、カミラーの巨人戦士に比べて、半分ほどの背丈の人型戦士が出現していた。
その代理格闘闘士を観た者達の視覚野に飛び込んできた色。
それは、この女バンパイアを凌(しの)ぐほどに、正しく抜けるような肌の白だった。
その顔と体躯とは、極めて華奢造りではあったが、均整のとれた絶妙な美しさを燦然(さんぜん)と放っており、その背中にも胸にも、紫色の鮮やかにして禍々しき、のたうつ毒蛇のごとき模様が見て取れた。
それは、太古の壁画を想わせるような、どこか呪術的・紋様的なものであり、優雅な曲線をもって描かれていた。
そして、その頭髪は男性にしては長く、肩下までもを覆うほどであり、爪と唇、また瞳と同様で、ひどく艶(つや)のある薄紫だった。
だが、全裸の身体の表、そこのヘソの下には男性を象徴するべき器官は一切見当たらず、ただの隆起のない、純白のラバースーツのごとき、つんつるてんのなだらかな白い肌であり、そこに性的特徴はなかった。
この有り様(よう)はどうやら、乙女であるアンにとっての"描出の限界"というものであるらしかった。
つまり、アンの現出させた代理格闘戦士とは、裸身のドラクロワそのものであり、それが威風堂々と戦場へと屹立していたのである。
これには、出現させた当のアンも口元を覆って絶句していた。
勿論、マリーナ、ユリアも小さく叫んで身を退(ひ)いている。
赤面で慌てふためいていたカミラーは、急速に赤黒い顔色へと変じてゆき、鏡の盾を利用されて、その首をはねられた、頭髪が鎌首をもたげる毒蛇の鬼女もかくやとばかりの恐ろしい形相で猛然と手を伸ばし、その震える指先で正面を差し
「こここここ、こりゃあアンッ!!うぬれ!ドドドド、ドラクロワ様を!それも一糸纏わぬ、このようにあられもなきお姿で衆目に晒(さら)すとは!
き、貴様ぁっ!!気は確かか!!?一体全体、何を考えておるか!!?
というより何故(なぜ)に、何故に、このお姿を知っておるのじゃ!?
うぬれぇっ!!返答次第では生かしておかんぞ!!?
ここ、このわらわですら少しも、それこそ、チラリとすらも拝見させていただいたことのないのに……。
そ、それを貴様が……貴様ごときが何故に知っておるっ!……ななな何故じゃあー!?早(はよ)う!早う答えぬかー!!」
その小さな手の鉤爪が、ギギバギッ!ギャギャギャッ!!と、まるで飛び出すようにして伸びた。
そうして憤然と立ち上がり、顔を両掌で覆って小さくなる、向かいの対戦席、そこの雪の肌のプラチナボブのライカン乙女へと、絶叫にも近い叫びを叩き付けたのである。
ビスに肩を抱かれたアンは、まさに千切れそうなほどに首を振って
「ちちち、違うんです!これは!そんな!これはそのっ!!ほ、本当に違うんですー!!」
魔王はタメ息を吐いて
「ん?カミラーよ。お前、何を狼狽(うろた)えておる?
ビスもアンも、この俺に家族共々、命を救われたという、過去の忘れ得ぬ恩義があるのであろう。
それと短い半生において、覚えのある強者の姿を必死に模索・連想した結果……。
その想いの混合物として、この俺というものを描いたのは至極当然にして、仕方なきことであろうと思う。
その主(あるじ)を貴(たっと)ぶ心、誉められこそすれ、決して無礼には当たらぬであろうが」
ほぼ完璧な裸身を晒された魔王ではあったが、そんなことには毛ほども動揺しておらず、正しく泰然自若としたものであった。
カミラーは目のやり場に困り果てながらも、しっかりと指の隙間から盤上を熟視しつつ
「はっ!し、しかし!このように……その、公然とドラクロワ様の"もろ肌"を晒そうとは、私としましては、やはり、その、何としても許せられませぬぅー!!」
ドラクロワはそれに、さも面倒臭そうに鼻を鳴らし
「アンにもビスにも、毎夜、湯殿にて背(せな)を流させておる。
であるからして、日頃からこの俺の裸身などは腐るほど見て飽きておるから、このように連想するのも難くはあるまいよ。
そんなことより、俺は、この俺の分身たる者の格闘にこそ集中したい。
だからカミラーよ、この程度の錬金術と精神魔法の織り成した、ただの矮小なる幻像ごときで狂ったように騒ぐでない」
魔王は自らの裸身の描画など、正しく歯牙にもかけていない様子であった。
マリーナは盤上の二人の代理格闘戦士達をしげしげと見つめ
「へぇー。どっちも細いようだけど、いい身体してんねぇ。
スッゴく戦い向きで、ムダのない闘(つか)える筋肉だねー」
その直後、カミラーの代理格闘戦士は、対戦席に座する本人の激情を察したか、手加減なしの超暴走的、凄まじい戦闘力を炸裂させ、それこそ瞬く間に裸身のドラクロワ像を引き裂いて折りたたみ、黄色く渦巻く灰塵(かいじん)の火柱にしたという。
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