88話 勝つ為には手段を選ばない

 ここまで語り終えたユリアは、最早(もはや)隠しきれない程に、得意になった顔を晒していた。

 そして挑発的な笑みを浮かべ、向かいのカミラーの顔色をうかがう。


 「エヘッ。どうですか?この話。まだまた途中ですけど、ちょーっと怖いでしょ?

 テヘッ。まさに奇想天外の秀逸な恐怖談だと思いません?」

 

 女バンパイアは小さな顔の横、ピンクの長い毛を指先で優雅に丸めつつ

 「別に。怖くもなーんともないわい。

 これユリア。この気色の悪い話は、ここから先で急転直下の恐ろしい展開になるのかえ?」

 実に退屈そうな、のんびりとした口調で、現時点での感想をそっけなく述べた。


 その返答に、ユリアは太めの眉根を寄せて

 「えー?全然怖くないんですかー?

 ねぇカミラーさーん、本当は何か無理してません?

 私の友人なんかは、この第二部辺りで両手で耳をふさいで、もう止めてー!とか言っちゃうんですけどね?

 まぁ良っか。さーて、果たしてカミラーさんは、私が今から話す予測不能の大団円の最終章を聴いても尚、そのとり澄ました平静を装い続けていられるのだろうか?

 ですねー」

 どこかの映画の予告編みたいなことを言って、またもやアップルジュースを口にした。



 ここでドラクロワが重い口を開く

 「ユリアよ。先ほどからお前は、"奇想天外"だとか、"予測不能"だとか申すが、俺はこの星には想像だに出来ぬ不可思議な事など、そうそうなかろうと思う。

 だから、お前の秘蔵の話でさえも、要はありきたりな、その老人から貰った品が呪われていた、とかいう、そういうありふれた展開と結末が控えているのであろう?」 

 こっちも恐ろしく長生き族であり、極めて退屈そうであった。


 ユリアは、あまり必要性を感じさせない、極々些細な変更のくせに、無闇やたらと頻繁にアップデートと再起動を要求してくる、そんなパソコン・タブレットを眺めるような、実にイラっとした目となり

 「うわぁっ!あったまきたー!!

 あのですねー!?そーういう事は最後まで聞いてから言ってもらえません!?

 あーあー、はいはい!分かりました分かりましたー!いつも冷静沈着にして、無敵無双のドラクロワさーん!

 よーし!そこまで言うなら、この話の最終章の展開を当ててみて下さいよー!もーし間違ってたらですねー。

 あ、すみませーん!

 ここって身体にはスッゴく良いけど、グギャッ!っていうくらい、とっても苦ーい!健康茶か薬湯だかみたいなのってありますか?

 えっ!?裏メニューでスッゴいのがある!?しかも隠された潜在能力をグーッ!と無理矢理引き出すくらいにキッツいのがあるんですか!?

 うーんそれだ!じゃ、それを下さい!!出来たら、それのとんでもなく濃いヤツ。

 コレもう殆ど毒じゃない!?みたいなのをお願いしまーす!!

 ウフフフフ……これで罰の準備は整いましたね。

 じゃあドラクロワさん!あなたが私の怖い話の展開を当てられたなら、今頼んだ健康茶を私が飲みましょう!

 でも、もし間違っていたら、ドラクロワさん、それからカミラーさん!苦々(にがにが)茶はお二人に飲んでもらいます!!

 どうですか!?お二人はこの勝負、見事受けられますか!?」

 ユリアは、自分的には、とっておきの殿堂入りのネタにケチをつけられたのがよほど頭にきたらしく、憤然としつつ二名の魔族を指差し、今ここに堂々と挑戦状を突き付けたのであった。


 しかし、ドラクロワはいつもの冷たい美貌のままで

 「よかろう。お前の長々とした話には飽き飽きとしていた所だ。

 その勝負、受けてやる。

 フフフ。ありきたりな話を聴かされるより、お前の隠された潜在能力を見る方が面白そうだ」

 と、徹底した謎の自信家振りを見せたのである。

 

 隣席の忠臣カミラーも、別の給仕の女を呼んで

 「これ女、ここへ葡萄酒を後五本頼むぞよ。

 それから奥へ行き、先ほど頼んだ苦茶をヤカンごと持ってくるよう、そう伝えよ」

 と言って、敗者の罰を激烈・苛烈にして、魔王への全幅にして絶対の信頼を示して見せた。


 すっかり酔いの回ったマリーナは、心底愉しそうにニコニコして

 「おっ!いーねいーね!アタシャこーいうの大好きだよ!

 でもさー、ドラクロワ。確かにアンタのベラボーな強さは折り紙付きだけどさー。

 こと、こーいう、すいり力?はっそー力?そーぞー力っての?何かそういう頭を使った闘いとなると、ちょいとキビシーんじゃないかい?

 ま、どっちが勝っても、見てるこっちは、お茶飲んで、ギャッ!!って苦そうな顔するのが見れるから良いんだけどねー!?

 アハハハハッ!」

 美しき女傑は豪快に笑い、ユリアの狭い背中を、パンパンと叩いた。


 「ちょっとマリーナさん?あなた何を言ってるんですか!?

 これは"どっちが勝っても"じゃーありません!

 私の家族に起きた、誰も想像だにも出来ない、まさに狂乱怒濤(きょうらんどとう)の出来事を、赤の他人のドラクロワさんが知っている訳がありません。

 ですからこの勝負、やる前から私の勝ちは決しています!

 ドラクロワさんは別にしても、カミラーさん、あなたは普段から随分と居丈高(いたけだか)にしていますから、そのお嬢様みたいな綺麗な顔が、健康茶で歪むのが今から楽しみです。

 では早速。カミラーさんからどーぞ!?」


 対戦相手により直々に指名された、断じて長命の五千歳には見えぬ、フリフリのロリータファッション。

 この、世にも美しき女児のごとき女バンパイアは

 「ふん!この低知能娘めが、ケンケン・キャンキャンとようも吠えてくれたの!?

 わらわとて無駄に生きてきた訳ではないわ!

 そこらに転がる十把一(じゅっぱひと)からげのありふれた逸話より、ほんの毛ほど、僅かに風変わりな出来事などを想定し、言い当てるなど、げに楽なことよ!

 そうじゃな。うーん……おっそうじゃ!その気色の悪いシワ餓鬼は、実は沼に棲む蛙(かえる)の化け物であってじゃなー。

 うん。お前の家まで付いてきて、夜の帳(とばり)が下りる頃、突然に寝所に現れ、お前の家を蛙だらけにしたのじゃろう?

 うん、そうじゃ!これじゃ!これに違いないわ!

 どうじゃユリア!?ズバリ的中であろう!参ったか!?」

 小さな手首のフリルをはためかせ、まるで真相究明の名探偵のごとく、ビシーッと伸ばした人差し指でもって、女魔法賢者を指差した。


 だがユリアは、街を恐怖のズンドコに陥(おとしい)れた、住民等の心胆を寒からしめた大怪盗のごとく、ちんまりとした鼻を鳴らして、小柄なサフラン色の肩をすくめ

 「はい不正解!!バジェットお爺さんは来訪しませんでしたー!!ざーんねーん!!

 エヘッ!先ずは一本獲りましたー!

 ウププ!まぁ普通はそんな風に考えがちですよねー!

 うんうんうんうん。その単純な思考、まぁ分からなくはないですよねー。完全に間違ってますけど。

 いやぁ、でも何で物事が思い通りにいくとウププ笑いが出ちゃうんですかねー!?ウププ!」

 口元を手で押さえ、調子に乗って師匠の葡萄酒グラスへと手を伸ばしたが、ロマノはそれを、サッと遠ざけた。


 カミラーは「なんじゃとー!?そんなバカな!?

 こ、この低知能娘が!嘘をつくでないわ!

 本当は、わらわの予想がズバリ当たってしまって困り果て、今やその三つ編みの頭蓋内で、慌てて即興の異なる筋書きを書いておるのじゃろうが!!?」

 と鋭い犬歯を剥いて悔しがった。


 恐ろしいといえば、陳腐な怪談モドキより、よほどこの真魔族・女吸血鬼の憤怒の形相の方が遥かに恐ろしかった。


 さてそうなると、自然、全員の注目は暗黒色の禍々しい甲冑貴公子へと注がれる。

 だが、この魔界の王様は、それらの視線にも微動だにせず、突然おかしな事を言い出した。


 「フム、早くも俺の番か……。

 マリーナよ。その足元の革鞄の中の黄金仮面を出せ。

 俺は昔から、なぜだか黄金を触っていると不思議と落ち着き、考えが纏(まと)まるといったところがあってな。

 それを撫でながら考えたい」

 そう言って、テーブル下の荷物入れの編み篭に華奢作りの白い顎をしゃくった。


 マリーナは少し仲間達を見て、ちょっと考え

 「へぇー、アンタやっぱ変わってんねぇ。

 フツー黄金なんて家にないし、持ってたって逆に興奮しそーなもんだけどさぁ。

 えーっと。どこやったっけ?あぁ下着の下だったね」

 と言って足元をゴソゴソとやり出した。


 

 さて、ドラクロワは手渡された呪いの仮面を装着するでもなく、正しく無造作に左手に下げ、右の手で美しい顔を支えて、しばし真剣に思案しているように見えた。


 無論、魔族間にしか通じぬ思念波を、この眠れる黄金仮面へと飛ばし、それを叩き起こしていたのである。


 この聖都ワイラーを手玉にとった、古代よりあらゆるカテゴリの知識を膨大に蓄え、かつ悪魔的知能を有する、無限思考体の黄金仮面は、ドラクロワよりユリアの話の第一幕と二幕とを授けられ、それに沼の地名、ユリアの年齢、そしてその身体的特長と今の暦(こよみ)等を聞き返して来た。


 少しすると、魔族のカミラー、そしてロマノが合点したように何度も首肯した。



 果たして、ドラクロワの半眼が少し見開かれた。


 魔王は最早(もはや)用なし、とばかりに、フリスビーみたいに黄金仮面をマリーナの巨大なバスト辺りへと放って

 「ウム。では"俺個人"の見立てを話すとするか。

 それはこうだ……。


 ユリア、お前の両親は沼よりの帰宅後、その奇人により贈られた包みを、すぐさまゴミの箱へと放擲(ほうてき)した。


 お前はそれが何であるか気にはなったが、醜い老人のこと思い出すと、恐ろしくて手が出なかった。


 そして多分。これがお前の言う、話の急なる展開の鍵となるモノであろうと思われるが。

 お前の父親は重大な見落としをしていた。


 確かにイボの老人に急かされ、フログダーの沼のほとりにて魚籠をひっくり返し、釣った魚を全て返却したつもりであったが、魚籠の裏側には小さな魚が一匹張り付いていて、図らずもそれを持ち帰ってしまっていたのだ。

 

 さて、奇人バジェットが持たせたその包みの中身であるが、それは牛蛙(うしがえる)の剥製を潰して加工した、小振りで不細工な鞄(かばん)であり、それはお前達が寝静まった深夜に息を吹き返したようにして覚醒。


 然(しか)る後、ベチャベチャと謎の粘液の糸を引きつつ家中を這い回り、お前の飼育していた雛(ひよこ)の鳥籠(とりかご)、その細い格子の隙間より籠内に侵入し、その雛を丸飲みにしてしまう。


 だが、雛で膨れた腹では入ってきた隙間をくぐれず、バタバタ、ベチャベチャと籠内で騒がしくもがき、その異音に飛び起きたお前達家族が駆け付けると、その牛蛙はバジェット老とそっくりな顔で

 「ゲッゲッゲ!お前達が奪った沼の物は返してもろたぞ。

 一匹には一匹。ホホ……これで等しく釣り合うでなぁ……」

 と宣(のたま)ったという……。

 

 まぁ、こんなところであろう?」



 ユリアは、めでたく潜在能力を引き出され、少しだけ魔力が向上したという。

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