78話 人は皆、それを天才と呼ぶ

 さて、物語の所謂(いわゆる)"前置き"というヤツは、前話で充分に、それこそ冗長(じょうちょう)気味に、山盛り一杯述べたので、場面は早速と死闘へと移る。



 小型化し、殆ど知性を失ったリザードマン、その古代種である、魔界のグレートリザードマンの剣士アラシヤマは、その四本の筋骨も隆々(りゅうりゅう)と逞しい、硬い緑鱗の腕で上段の左右に蛮刀、それから下段の右手に鋼鉄の円形盾を構え

 「ほなら、お互い、悔いの残らぬ一戦と致しましょう」

 と厳(おごそ)かに言って、鼻の先端から後頭部まで、150センチは下らぬであろう、堅牢・岩乗(がんじょう)そのもののワニ頭を垂れた。


 そのお辞儀の遥か下、金髪碧眼の分かりやすい西洋美人のマリーナは、いつもの構え。

 深紅の肩当ての左肩を、ぐうっと前に突き出し、両手用のルーンソードを右斜め下方に構え

 「あ、うん。アタシも本気でいくよ!

 やり過ぎちゃって死んだらゴメンね!?」

 どっちのことか不明だが、さらりと縁起でもないことを宣(のたま)った。


 この、手加減なしの真剣抜刀の一騎打ち。それに喉を鳴らし、固唾を飲んで見守るギャラリー達は、始めに、巨大なバスト以外は無駄な脂肪ひとつない、女剣士マリーナの170センチの引き締まった体躯を眺め、それと対峙する500センチを優に越える、正しく怪物(モンスター)、凶戦士アラシヤマとを見比べ、これは異種格闘にもほどがあるだろ?と、皆が揃ってそう感じていた。


 だが、当の光の女勇者マリーナのたっての願いが、この堂々の一騎打ちであったので、ひとまずここは静観するしかなかった。


 それでも神聖魔法を使える者達は、得意の治療・回復魔法、その暗記し切った、空でも、どんな二日酔いの日でも引っ張り出せる呪文詠唱の文句。

 その神聖語の羅列を、脳裏の羊皮紙へと箇条書きに書き起こし、有事の際には即、発動出来るようと、各々の魔法触媒を握り締め、密かに救急弾の装填を終えていた。


 さて、先手をとったのは魔界の剣士であった。


 つい先ほどまで、あれほど"はんなり"としていたアラシヤマであるが、その剣士らしい実直さの現れか、こと戦闘となると遠慮がないようで、装飾・飾り気云々どころか、鍔(つば)も、その柄(つか)に糸すらもない、鋼鉄の塊からそのまま削り出したような、銀一色の無骨で、肉を斬り、骨を断つ機能性のみを搭載させた、重く鋭い、刃渡り二メートルの、一般には"マチェット"と呼ばれる蛮刀を振るって来た。


 だが、なるほど確かに、この巨躯から繰り出される、パワフル過ぎる、その突きと斬撃とは、たとえそこに精妙な切れ味がなくても、当たれば即、致命傷必至であり、華美な飾りなどは全く不用といえた。


 その精錬された手腕と怒涛の猛攻撃とを目の当たりにし、聖女コーサ側の人間達は残酷な血祭りの画(え)を思い浮かべ、残忍な笑みでニンマリとした。


 さて、人間族のマリーナは、この軽自動車なら、ボンッ!と、破裂するように窓ガラスの粉を吹いて、真横にすっ飛びそうな怪力無双の剣撃で、「うっひゃあっ!!」とか一声叫んで、仲間の方へ吹っ飛んだかというと、そうではなかった。



 何と、この半裸の深紅の部分鎧、日焼けした長身の女剣士は、魔界の二振りの必殺の蛮刀の連撃を、その二倍のスピードで斬馬刀のごときグレートソードを軽々と振るい「おりゃっ!てやっ!」と打ち返し、互角、いや時折、アラシヤマが鋼鉄盾を使わねばならないほどに、完全に真正面から圧倒し、見事な剣撃を繰り出していた。


 これには見る者全てと、眼前の鋼鉄の衝突により、パッ!パッ!と咲き誇る火花に照らされる、魔界剣士アラシヤマも長い舌を巻いた。


 「ススス、スゴい!凄すぎますー!

 マリーナさん、何であんなに強いんでしょ!?

 これはもう、人間技じゃないです……」

 どうやらユリアは仲間の中にも珍物件が隠されていたことに、驚きと好奇心が一気に沸点へと上昇し、ソバカスの顔の頬と、その露(あらわ)な太ももとに鳥肌を立てていた。


 そうしている間にも、マリーナの剛剣の舞いは、その冴えと速度を加速させ、いよいよその刃はグレートリザードマンの鱗を斬り裂き始め、アラシヤマの体躯の外側は、流れ出るピンク色の鮮血によって彩られてゆく。


 有利な高みより、二振りの蛮刀を振り下ろしていた筈の凶戦士アラシヤマは、正しく防戦一方となっていた。

 

 少しでも気を抜けば、マリーナのルーンブレイドが頸動脈、眼球へと疾風(しっぷう)のごとく、信じられない速度で的確に伸びてくるのだ。

 しかも、その剣圧・剣速は、一刀毎に確実に増して来ているではないか。


 魔界の生物兵器である龍人グレートリザードマンは、もうただひたすら命懸けの受け刀で必死にそれを捌(さば)いていた。


 「そ、そんなアホな!剣だけが取り柄のウチが、こないに圧(お)されるやなんて!?

 アカン!こ、このお人、本物や!!」

 

 腕を組んで、遠巻きに立つシャンは、爬虫類の顔であっても、立派に驚愕の形は作れ、見てとれるものだなぁ。と、皆とは一風異なる切り口で観戦していた。


 桜色の絢爛華麗なプレートメイルのカミラーさえも

 「うーん。無駄乳めぃ。正か、ここまでやりおるとは正直、驚きじゃ。

 しかし、ただの人間族の女が、なーんであれほどまでに強いのじゃ?

 ユリアよ。お前、知らぬ間に何か強化魔法でもかけてやったのかえ?」

 隣で上気する女魔法賢者を見上げた。


 ユリアは女バンパイアとは別の次元、正しく忘我の境地にあった。

 

 「マ、マリーナさん。た、単純な筋肉量でも、体重でも圧倒的、いえ、絶対的に不利なはず……。

 あの剣も魔法の剣じゃないし、属性付与も何もされてない、ただの鋼の両手剣。

 しかも相手は、魔界の魔人が選んだ狂戦士グレートリザードマン……。

 それを一対一で、こ、こんなに戦ってみせるなんて……。

 マ、マリーナさん!あ、あなたって人は……あの精神魔法の世界で、こんなに、人間の枠を越えちゃうくらいに戦ったのですね……それも、それもたった一人、ひとりぼっちで……。

 うぅ……。マ、マリーナさん、え、偉いです!ホントにスゴいです!うっ、くっふぐぅ…………。

 うおぉーーーーい!!マリーナさーーーん!!ガンバれーーー!!

 ガンバれマリーナさーーん!!!!」


 ユリアは、美しき女戦士の圧巻の闘いぶりに、その魂を鷲掴みに揺さぶられ、好奇心などどこへやら、もうただただ恥も外聞もなく汁まみれで叫んでいた。


 その感動はアンとビス、リウゴウ達にまで伝播して、遠吠え、大歓声となった。


 そして、遂に魔界の荒造りの蛮刀が弾かれて宙に舞い、時間差で、もう一振りも、アラシヤマの頭上で、ビュンビュンビュンビュンと回転して、ザンッ!ザンッ!と黄金の砂漠に突き刺さった。


 上の両手、その指の股を切り裂かれたアラシヤマは、下の両手でそれを押さえつつ

 「あ、あかん!しんどいっ!!マリーナさん!も、もう降参や!堪忍しておくれやす!!」

 と、血ヘドを吐くように喚(わめ)き、荒い息でその場にへたり込み、バザンッ!と鋼鉄の盾をさえ落とした。


 その2㌧クラスの大質量の膝崩れ・尻餅に、辺りにはスノードームを振ったように、キラキラと煌めく美しい砂煙が舞い、それは、もうもうと立ち込め、汗ばんだマリーナの身体に降って、その肌を黄金色に化粧した。


 確かに、魔界怪獣グレートリザードマン、しかも、その複腕種の狂戦士は強い。


 その戦闘力はグリーンドラゴンを越え、ブラックドラゴンにさえ迫り、その気になって王都に単身で攻め込めば、幾らかは負傷しつつも、大陸王ガーロードの首をさえ獲って来るだろう。


 だが、この古代種も、一般の劣等リザードマンと同じ弱点があった。


 それは爬虫類特有のものであり、哺乳類に劣るもの……。

 つまり、極端に"持久力"が欠けていた。


 マリーナと繰り広げた、人外の凄絶・猛烈な大剣劇は、蜥蜴巨人アラシヤマの体温を、その臨界点を越えて上昇させ続け、それに汗腺を持たないアラシヤマは、少しも冷却・対応が出来ず、水に浸からせろ!!という、彼女の体内の生命維持・防御機構の狂おしき猛烈な叫び声が、その脳内を駆け巡っていた。


 これは単なる疲労ではなく機能不全であり、根性・気合い・トレーニングいかんで何とかなるものではなく、人間でいえば、最新鋭のスタンガンの電流を浴びせられ、胸一杯に一酸化炭素を吸気させられ、「踏ん張れ!負けるな!倒れるな!」といわれるに等しかった。


 つまり、アラシヤマに戦闘の続行は不可能であり、ここに女剣士マリーナの勝利が確定したのである。


 金仮面の聖女は、弾かれたように寝椅子から立ち上がり

 「バ、バカな!!雌リザードマン!!勝手な降参など、この私が断じて許しません!!

 立ちなさい!!立って剣を拾うのです!!魔界の上位生物とはそんなものですか!?

 えぇい!!」

 突如、その指(さ)し指から真横に走る稲妻、青白く短い電撃が放たれ、苛立ち紛(まぎ)れに、へたり込んだアラシヤマを打つべく飛んだが、その行く手を阻むように、咄嗟(とっさ)にマリーナが投擲(とうてき)した斬馬刀のごとき、鋼の剛刀、ルーンソードがそれを浴びつつ、身代わりの避雷針として金色の砂地に突き刺さった。


 しかし、金は銀に次いで電気伝導率が高く、長い親指を立てた、不敵な笑みのマリーナを

 「アラシヤマ、危なかったね。正々堂々と戦ったアンタに、おかしな魔法の横槍なんて、このアタシが許さない、にゃーーーー!!」

 と、金髪を逆立てて叫ばせた。


 言うまでもなく、リウゴウ達と女勇者達は、タイミングを計って、ピョンと跳ね、見事それを回避していた。


 当のアラシヤマは、登場時の約定通り、その身が致命的状況を迎えたと判定され、この人間界での役目を終え、その巨体を明滅する半透明にしつつ

 「マリーナさん。ほんまおおきに。また何処かで会えるとよろしいなぁ。

 ほなこれにて、さいなら」

 とワニ頭を下げ、その足元から無数の蛍のような玉の燐光に分裂し、息子の誕生日会のご馳走作りへと還っていった。



 後日……。とある酒場にて仲間から、一体どういう訓練・鍛練を積み、先の決闘で見せた、魔界の戦闘生物を凌駕・圧倒した、恐るべき戦闘力・剣力を身に付けたのかを問われ、ホロ酔いの女戦士マリーナはこう答えた。


 えーとなんだっけ?あぁ、精神魔法ての?なんかその魔法で飛ばされた、こっちとあんま変わんない世界で、いきなりアンタ達みーんな死んじまってさー。仕方ないからひとりぼっちで旅をしたよ。


 それからは、人間、エルフ、ドワーフ達の平和な村や街に迷惑をかける、ホント色んなモンスター達と戦ったよー。

 んで、モンスターを退治したら、皆がお金をくれるんだ。割りとザクザク沢山ねー。


 だけど、そのうち直ぐに、もうお手上げなレベルの超強いモンスターに出会っちゃってさー。

 まぁ、片目をプチッとやられただけで、何とか命からがら逃げて帰れたんだけど。


 それからは安い宿にこもって、ずーっと強くなるにはどーしたら良いのか悩んで悩んで、また悩んでさー。

 ウン、ありゃ我ながら悩みすぎて頭おかしくなってたね。


 んで、流石にヤバいかな?って、ちょっと頭を冷やそうとして、ある町のカジノに行ってみたんだ。


 そしたら、博打好きのオヤジ譲りの血のせいか、何だかよく分かんないけど、これが見事に嵌(は)まっちまったんだよ。


 まぁ、最初の頃のモンスター退治の賞金とかが結構あったからさ、ちょっと調子に乗ってたのかね?

 

 でさでさ、アレコレ色々やってみたんだよ。

 ルーレット、カード、ネズミのレース……ウン、ホント色々やったよ。


 で、コイツがさ、どの町に行って何やっても、ホントに最初はガンガン勝てんだよ!


 だけどね、もっと効率よく儲けるにはどーしたら良いんだろっ?て考える頃、うん、そうそ、そのゲームに慣れたころだね。


 その頃になるとさ、今度はなーにやっても勝てないの!

 ホントそのゲームに関しちゃ、間違いなく経験値積んで来てんのにさ、ホンット、コロッコロ負け出すの。


 で、頭に来て、負けた分を取り戻そーとして余計に突っ込むでしょ?

 そーなるとさ、ホラもうドツボだよ、ドツボ!

 歯止めもなにもききゃしないよね?どん底まで転がるように負け続ける訳。


 だけどさ、この博打にゃもうウンザリっ!て感じで、キッパリ止めて心機一転ての?あっ、コレって言葉合ってる?

 まー、また他のゲームやる訳。


 そしたらさ、コッチャー生まれてはじめてやってるのに、ホントそのゲームの事なんか、なーんも知らないでやってるのにさ、またこれ勝っちゃうの。

 しばらくは面白いくらいに、ホントテキトーに勝っちゃうんだよねー。


 でもさ、ヤッパリ慣れてきた頃には、またまた負けばっかしになっちゃう訳。


 そーいうのを繰り返してさ、おバカなアタシだけど、あることに気付いたね!


 他の人はどーだか知らないけどさ、アタシの場合、何かをウマイことやりたきゃ、ヘタに悩んだり考えたりしないのが一番だなーって思ったの。


 それからはさ、超強いモンスター相手にしても、あんだけデカいと力じゃ敵わないねー、さーてアタシがコイツより勝ってるとこはどこかなー?とか。

 コイツの属性はなーんだろ?あの毒を剣に塗れば効くかな?とか、なんかそーゆーの一切考えるのを止めた訳。


 そうそう、新しいゲームやるときみたいにねー。

 理論?常識?常套手段?はぁ?それって喰えんの?美味いの?みたいな。


 なんかそーいう感じでさ、コムズカしいことをぜーんぶほっぽり出して、頭ん中空っぽにして、もう剣を振り回すことだけを楽しむの!


 そしたらさ、これがだーい成功!

 

 もーそっからはさ、ガッツリとコツを覚えたアタシだよ。

 ホント、まーず、どんなモンスターにも負けなくなったんだよねー。


 だから、アラシヤマ?アンタ覚えてる?何かこの前のリザードマンのお化けみたいなヤツ。


 あんときもさ、頭ん中空っぽにしてただけなんだよねー。

 で、気が付いたら勝ってたって感じだね。


 アレ?これってちゃんと答えになってるかい?

 んー。うまく言えないけど、どーやって強くなったの?て聞かれたら何かそんな感じ。かなー?


 おーい!オッチャーン!エールもう一杯!!

 アハッ!ガラにもなく、何だか沢山喋っちまったから喉渇いちまったよー!」 

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