21話 晴天と曇天

 熱狂した大観衆の嵐のような歓声で、ビリビリと大地と空気が振動している。


 大きな階段で五段登る、縦横十メートルの白い石の闘技舞台上には、慇懃にボブの頭を垂れる褐色と白の双子、アンとビス。


 対峙しているのは、向かって右に、着衣の代わりに黒い包帯のような物を、黒い長い髪と瞳以外の全身に巻いた、悪夢の世界の幽鬼のような背の高い痩せた女。


 その黒い左手には、木製の片手使用のハンマーをぶら下げている。


 隣のパートナーは同じく黒の包帯姿だが、少し背が低かった。

 右手には木製の片手剣を、丸で誰かに持っていろと手渡されたように無造作に掴んでいた。


 二人とも痩身を前屈みにし、見るからに手入れのされていない傷んだ長い黒髪を風になびかせ、力なくダラリと両手をぶら下げていた。


 舞台の中央、銅製の左右に牡牛のような角の伸びた兜、自警団長ゴイス=ボインスキーがラッパ隊の吹奏を手で制し

 「いやはや、いよいよ決勝戦!

 勝ち上がって来たのは、この大会の五年連続覇者、アンとビス!!

 対するは、いやはや去年の準優勝者。アデスとタマル!!」


 観客等は、アンとビスの辺りで興奮を抑え切れず、堪らず歓声と口笛を爆発させた。


 アンとビスは華麗な戦い振りとオリエンタルな、見ているとなんともいえず、胸がチクリと痛むような美しさで熱狂的なファンが多く、観客のほとんどは、この二人見たさに来ていた。


 特に女性客にとって彼女等は憧れの的らしく、アンとビスとはかけ離れた、丸々と太った女から幼い少女達さえも、こぞってボブのウィッグをどこかで調達してきて、それに獣の耳を付け、光沢のある灰色のメイド服を着て、必死に美しい双子に向けて手を振って声援を贈っている。


 だが、どの世界にもマイノリティは存在する。

 よく見れば、観客の中には黒い包帯を体に巻いた者の姿もポツポツとあり、どうやらアデスとタマルの真似をしているようで、数こそ少ないがコアなファンが居るようだ。


 だが、こちらは皆、病的に痩せた顔色の悪い女ばかりであった。



 ボインスキーは、銅の筋骨隆々たる体の型を模した胴鎧、そのワインレッドの帯を巻いた腰に手をあて、観客等が鎮まるのを辛抱強く待って

 「いやはや、始めに発表した通り、今回は特例中の特例として、この決勝戦の勝者が伝説の勇者様方と戦えるという、誠に栄えある権利を手にすることが出来る!

 いやはや、私もこの大会の信奉者!冗長で長々とした言葉で皆を白けさせる気は毛、頭、ない!

 いやはや、では早速、両組とも舞台中央に!」

 

 アンとビスは通常勤務用の物とは異なり、シルクの灰色のメイド服のスカートを思いっきり短くアレンジし、その下に純白のフリルブルマーを履き、それぞれ背丈よりかなり長い木製の棍を手に、腰骨を左右に振り振り、しゃなりしゃなりと歩き中央に向かう。

 

 アデスとタマルは墓を暴き死肉を喰らうグールのごとく、のっそりと前屈みに長い艶のない黒髪を揺らしながら、黒包帯の足でペタリ、ペタリと中央に歩く。


 ほとんどの観客はアデスとタマルを気味悪がったが、コアな黒包帯のファン達は墓場の陰火のようにその瞳を輝かせた。


 ボインスキーが鱗のような構造の銅の手甲を上げて

 「それでは、いやはや決勝戦!開!始!」


 宣すると、自警団のラッパ隊が高らかに和音を響かせた。



 前に伸びた美しい顔の白いメイド、アンが器用に二メートルを越える棍を、フォンフォンと風車のように回しながら

 「ビス。アデスもタマルもこんな感じだったっけ?」


 褐色の姉は、棍をビリヤードのマッセのように構え、油断なく黒包帯を見据え

 「いや、今年は奴等何か変だ。アデスとタマルは、私達と同じスピード重視の戦闘スタイルだった筈だ。

 あれでは丸で不死のモンスターだ。確かに不気味だね」


 

 ボサボサ髪のミイラのような黒い包帯の女達は、虚ろな目で立ち尽くし、試合が始まったのに身じろきもしない。


 試合日和の春の晴天の空には、丸でこの二人が喚んだように急速に暗雲が広がりだした。



 領主の館の三階テラスでは、領主と女勇者達が試合を熟視していた。


 ユリアはソバカスの愛らしい顔を不意に曇天の空へ上げ

 「あっ!降ってきました!今ポツッと」


 シャンは腕を組んで

 「あの黒い包帯、何か気味が悪いな。

 どの試合も痛覚でも無いように相手に打たせるままにさせ、二人並んで敵を角まで追い詰めて、舞台から押し出すという勝ち方だ。

 領主殿、あの二人はいつもああなのか?」


 スロープでここまで上がってきた車椅子の老領主シラーは、観劇用のオペラグラスを下ろし、骨張った手を口にやり

 「いえ、あの二人は確かに大会常連の実力者アデスとタマルにございますが、断じて今日のような戦い方をする戦士ではございません。私も不可解に思うておりましたところです」


 マリーナも雨が入った目を手でこすり   「確かにあの戦い方は気持ち悪かったねー。

 あれじゃー丸でゾンビだよゾンビ。

 流石に神前組手大会に不死のモンスターはダメだよね?」


 シラーはうなずき

 「勿論にございます。不死のモンスターは貴い命と死を弄ぶ、畜生道に堕した外道魔法使いによって作られし魂のない傀儡。

 神前にはあまりに相応しくございません」


 シャンは目を細め

 「だろうな。それとは対照的にアンとビスは流石に狼犬の獣人。どの試合でも目を見張るようなスピードと技の冴えだったな」


 マリーナも風で鼻に掛かった黄金の髪を、さも煩わしそうに美しい顔を振って脇へよけ

 「うんうん、あのメイド二人はスピードもだけど、特に受け流しがスゴいよね!

 常に攻めてくる相手の力をそのまんま利用して、チョイとつついて攻撃と力の方向を反らして、ヨロッときた相手に長い棍の突きを刺すってやり方だね。

 個人的には、なーんかアタシは気に入らないけど、ま、一つの戦い方としてあすこまで極めてるのはスゴいよねー。ウン、ウマイウマイ」

 軽口の割りに、そのサファイアの目は鋭く、そして真剣だった。


 ユリアは祈るように手を合わせ

 「でも、アンさんとビスさん、打撃が効かないアデスさんとタマルさん相手にどう戦うのでしょうか?」

 

 シャンが黒いマニキュアの指でマスクを眉の間のTゾーン下まで上げ

 「降参しないのなら……後は、徹底的に壊して舞台から落とすしかないだろうな」

 美しい女アサシンには残忍酷薄な台詞がよく似合っていた。 

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