55~悪意は遥か過去へ~・4

 気が遠くなるほどの時の彼方……現代より遥か過去、この世界はアラカルティアではなく、パルフェリアと呼ばれていた。


「ここは……」


 空間の裂け目から地面に降り立ったテラが辺りを見回すと、紫色の濃い靄で少し先も見えない状態だった。

 靄の正体は障気……僅かでも人体に悪影響を及ぼし、ましてこの濃度ならば普通はひとたまりもないのだが、あいにくテラは人間ではない。


 それどころか……


「んー、心地いい空気ね。あの女がどこにもいないのが引っ掛かるケド。思うように転移できないのは時代のせいか、それとも……」


 ぶつぶつ言いながら長い髪を指先で弄るテラには、障気は毒にならないようだ。


 と、突如その顔が憎々しげに歪む。


「……ホント、どこまでも思い通りにならない、あの女」


 ギリギリと歯ぎしりをしながら胸元を掻き毟る姿にはいつもの余裕はなく、借り物の美女の顔も醜く変わり果ててしまっている。


「クソ、傷なんざとっくに癒えてるはずなのに……疼く、疼く! クソ、クソ、クソッ……!」


 苛立ちに任せて暴れる化物の、これが本性なのだろう。

 頭を抱え、髪を振り乱し、限界まで目を見開いて。


「あの女、あの時仕留めきっていれば、油断しなければッ……こんな世界、あっという間にッ!」


 吐き捨てるように叫んで、テラの動きがぴたりと止まった。

 そして一気に脱力し、それにあわせてポニーテールが垂れる。


「……すぐ終わったらつまらない。そうだろ? ああ、そうだ」


 自問自答のような呟きのあと、唇がゆっくりと弧を描く。


「ゲームはじっくり、焦らすのも楽しみのうち……ウフフ、そうよね」


 クスクスと笑うテラは、いつの間にかいつもの“テラ”に戻っており、


「こんなに楽しいのは久し振りなんだから……存分に抵抗しなさい、虫ケラ達」


 障気が満ち、生物などいないであろうパルフェリアの地に、耳障りな高笑いが響き渡る。


 その目は、狩りを楽しむ捕食者……否、おぞましい嗜虐と狂気を孕んでいるそれは、もっと禍々しいものだった。

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