52~想い、背負って~・3

 シーフォンとパンキッドが戦っていたのとはまた別の地区……比較的人の集まる、居住区にて。


「王都の人々の不安が、恐怖が……伝わってくるでござる……っ」


 感覚の鋭いガレは王都に渦巻く負の感情を受け、苦しげに呻く。

 シャン、と杖の鈴が彼の意識を引き戻すように鳴らされた。


「しっかりして、ガレ君。今はそのみんなを守らなきゃいけないのよ!」


 アングレーズはそのまま詠唱を始め、マナの輝きを纏わせた手を宙に踊らせる。


「降り注ぐは極光……切なる祈りは剣となり、悪しき魍魎に裁きをもたらさん!」


 天からまるで柱のような光が幾つももたらされ、容赦なく黒い魔物の群れを消滅させていく。

 母親譲りのターコイズの瞳は強い意思をもち、そんな光景から決してそらされることはなかった。


「だいぶ片付いたわね」

「アングレーズどの、物陰に人が!」


 ぴく、とガレの猫耳が混乱の王都に潜む物音を拾う。

 魔物が消えたのを見計らっておずおずと顔を出したのは、十にも満たないだろう少女だった。


(以前のようなテラの変装ではない、か……)


 似たようなシチュエーションで近づいてきた子供がテラの化けた姿だったこともあったが、あの時のような悪寒は感じない。

 大半の住民が避難を済ませているであろう状況でひとりうろつく子供に、警戒してしまうのは仕方のないことだが。

 ガレは怖がらせないようにそっと歩み寄ると、少女の目線まで長身を屈めた。


「……こんなところにいては危険でござるよ」

「ひっく、ご、ごめんなさ……っ」


 怯えきって泣きじゃくる子供はそれでも視線をあちらこちらに配っている。


「もしかして、何か探しているの?」

「おにんぎょう……ママがくれた、たいせつな……」


 逃げる途中で落としてしまって、来た道を戻ったら魔物だらけで動けなくなったのだと少女は言う。


「仕方ないわね。それじゃあ、お人形は探して届けてあげるから……あなたはちゃんと避難して」

「アングレーズどの、彼女を安全なところまで」

「ええ、わかったわ」


 後方では住民の安全を確保するため、騎士団が控えている。

 きっと少女の家族もこの混乱ではどうすることもできず、心配していることだろう。


 心配といえば、離れ離れで戦う仲間達は大丈夫なのだろうか。

 同じ王都の空の下で戦っているであろう者と、決戦に向かった者。


 一瞬それぞれの顔がよぎるが……


「……さーて、おにんぎょうを探しながら残りもやっつけるでござるよ!」


 少女の、住民の不安を晴らすため。

 王都に穏やかな日々を取り戻すため。


(呑まれてなど、いられぬでござるな)


 赤銅の瞳に冴えた光が灯り、ガレの口元がにやりと笑みを浮かべた。

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