51~王都の戦い~・3

 災厄……“総てに餓えし者”とその眷属の恐ろしさは、肉片ひとつからでもマナをとりこむか他の生物に取り憑けば再生が可能なところにある。

 取り憑いた相手の負の感情を増幅させ、同調し、最終的には乗っ取ることもできるのだが……既に死んでいたり、意識を失っている者の肉体だと、労せずとも操れてしまうことを過去の戦いでトランシュは知っていた。


「二十年前の戦いで、災厄の眷属たちがさまざまなひとやモノに取り憑いているのを見た。恥ずかしながら、僕自身も乗っ取られかけた人間のひとりだけど」

「へえ?」


 隙を見て仕掛けてくる黒騎士の剣をどうにか受けながら、トランシュは語り始める。


「本能のまま、生物に取り憑くだけの魔物……でもその中には、ちゃんと“自分”というものを手に入れた者もいたよ」

「!」

「彼はある人の体の一部を取り込んだんだけど、そこから体の持ち主の記憶も一緒に受け取ってしまったんだ。他の個体もそこから知識や知性を得ていたんだから、まあ当然といえばそうだったんだろうけど」


 黒騎士の剣先が下がり、口元が引き結ばれる。

 マンダリンオレンジの三白眼が明らかに揺れたのは、覚えがあるからだろうか。


「彼の中にはあたたかいぬくもりの記憶が生まれた。優しく頭を撫ぜてくれる大きな手、自分に向けられる親しげな笑顔……けれどもそれは彼自身のものではない。ぬくもりに焦がれた結果、彼はどうしたと思う?」


 問いかけるのは思考を釘付けにし、こちらのペースに引き込むため。

 だが同時に、トランシュ自身がこの黒騎士と似たような境遇の“彼”について語りたいからでもあった。


「そりゃあ、消すだろ……邪魔な記憶の持ち主を」


 黒騎士の答えはさも当然とばかりに、あっけらかんとしていた。

 人間からすれば乱暴な考えだが、魔物のそれとしては普通なのだろう。


「彼も最初は同じように考えたよ。記憶から得た知識を頼りに人間の生活に溶け込んで、機を窺って……でも、最終的にはそれはできなかった。一騎討ちまでしたのに、だ」

「返り討ちにあったのか?」

「違うよ。決着がついても、彼が消滅させられることはなかった。お互いが別人であることを認め、受け入れたんだ」


 と、驚き立ち尽くしていた黒騎士だったが、ぴくりと右腕が動く。

 直後にデューと、遠くシブースト村方面まで行っていたはずのカカオ達が駆けつけた。


「無事か、トラ!」

『ひどい……城内もメチャクチャだ』


 時空の精霊でありかつてはこの城の主でもあったランシッドは、英雄王の無事には安堵したものの黒騎士が暴れ回ったのだろう惨状に眉根を寄せる。


「あーあ、まんまと時間稼ぎされちまったか。まあいい、面白い話が聞けたからな」


 長話で気を引き、動きを止めている間に仲間の到着を待つ。

 トランシュの思惑どおりにことを運ばれたというのに、黒騎士は憤る様子もなくいっそ晴れやかに言い放つ。


(なんだこいつ……顔つきが、雰囲気が変わった?)


 前回は品のない、悪意を孕んだ笑みばかりだった黒騎士の新たに見せた表情を、不思議に思うブオル……だが、それも束の間のこと。

 黒騎士は再び皆の前で見せたような顔を作り、笑ってみせる。


「おう時空の精霊サンよ、役者は揃ったんだ。とっととこないだみたいに空間を切り離してくれや」

『な……?』

「決着をつけよう、って言ってんだよ。そっちも望むところだろ、なあ?」


 彼の目は、真っ直ぐに自分そっくりの男……彼の肉体の本来の持ち主であるブオルへと向けられた。

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