44~命は続く~・3

 簡易的な遊具が置かれた学校の庭も、夕方になれば子供の影もなくなり……というよりも、つい先日の事件の爪痕が残ったままのそこで、まだ元気に遊ぶ子供たちの姿は見られていないのだが。


「穏やかな暮らしも、壊れる時は一瞬なのだな……」


 騎士団に所属しているとはいえ、生まれてからほとんどの時間を結界に守られた平和な王都で過ごしてきたシーフォン王子は、現実の厳しさを改めて痛感した。


「メリーゼ達のところに助けに入って、脅威を退けて……でも、そこで終わりじゃないんだね」


 肩までのびた月白の髪が、そよぐ風になびく。

 父親譲りのカーマインの目は、夕陽の煌めきを閉じこめてその赤さを増していた。


「王都だってそうだったろ。魔物を倒しても街のあちこちに破壊の痕は残るし、何より……人々の心に刻まれた恐怖は、そうそう癒えはしない」


 しばらくミレニアと話していたのだろうか、校舎から出てきたデューが、シーフォンのもとへ歩み寄る。


「……わかっていた。わかっていた、つもりだったんだ」


 城の宝物庫から持ち出した宝剣の柄を握り締め、王子は表情を険しくした。


「それがわかっただけでも、お前は成長したよ。少なくとも、王都を出る前とはまるで別人だ」

『そうだな。それは認めてやろう』


 デューと、宝剣を飾る石に身を宿した精霊王がそう言葉をかける。


「……もう、監視もいらないぐらいに……か?」

『む?』

「デュランダルもそのつもりだろうが、精霊王……お前がこの剣を使ってついて来たのは、そうすれば父上の目が届くからだろう?」


 精霊とその契約者は感覚を共有することができる。

 トランシュと契約している精霊王がシーフォンと共にいれば、離れていながらその状況を知ることも可能なのだ。


『なんだ、気づいていたのか。まあそれも半分、もう半分はもしもの時にこの俺自ら力を貸してやるつもりでいたからだ。実際、役に立ったろう?』

「力を……か。やはり僕は頼りないのだな」

『当たり前だ。そもそも人間は頼りない』


 弱気なシーフォンに、精霊王が言い放つ。


『英雄と呼ばれた人間だって、ひとりで全てを解決して救った訳じゃない。周りの人間や、我ら精霊……さまざまなものの力を借りて成し遂げたのだ』


 英雄とて同じ人間、そう変わらん、と言った上で、精霊王の言葉は続く。


『……そして精霊も、契約者がいなければこのアラカルティアにほとんど干渉できない。まあそれは強大過ぎるゆえの縛りだがな』


 その縛りを破れば、精霊自身に大きな負担がかかる。

 彼らはその場にいなかったが、以前パスティヤージュで無茶をしたランシッドがしばらく眠りについて活動不能となってしまったことがあった。


『力を借りることは恥ではない。全てを己の力だと思い込み、驕ることこそが恥なのだ』

『まあ、精霊が力を貸すに足る人物という時点で、そう思わせるだけの力があるのも事実ですけどね』

「む……むずかしいな」


 水煙を纏いながら現れた水精霊は、頭を悩ませる若者に優しく微笑みかけた。

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