34~想い、彼方に~・2

 時空の裂け目に引き摺りこまれたブオルは、気がつくとそれまでとは違う……極寒ゆえのあたためられた屋内から、外の空気に触れていた。


「ここは、王都……城下町、か?」


 過ごしやすい、少し湿気を含んだそれは中央大陸グランマニエのもの。

 白い石畳と年数を重ねた趣ある街並みはブオルもよく見知ったものだが、初めて都会に出た者のようにきょろきょろと辺りを見回した。

 現代、カカオ達の時代とそう違いはないようだが強いて言うなら現代で最近あったという魔物の襲撃の爪痕が残っていない。


(もっと未来か、逆に過去か……もうちょっと調べてみないとな……っていうか、ランシッド様もいない状況で帰れるのか?)


 そもそも自分は今回と同じようによくわからないままあの時代に迷いこんだんだとブオルは思い出した。

 たまたま時空の精霊であるランシッドがいる時代だったからこの旅が終われば彼の力で元の時代に帰して貰えるのだろうとぼんやり思っていたのだが、もし今いるここに彼がいなかったら……ブオルの背筋を冷たいものが伝う感触がした。


「知り合いとかいたりしないよな……?」


 自分が既に死んでいる時代なら遭遇するのはまずいだろうが、今がいつなのかわかるかもしれない。

 こっそり……そう、こっそり姿を見ることができれば問題ないのだ。

 しかしブオルは騎士団での伝説的エピソードを差し引いてもこの世界でも珍しく特徴的な大男で、旅人風に変装してはいるが目立つことには変わりなかった。


 と、


「あ、あれは……!」


 ふいに、杖をつきながら商店街の方へ歩いていく一人の老婦人に視線が吸い寄せられた。

 長い銀髪、同色の睫毛に縁取られた鋭い切れ長の目……老いてはいるが、どことなく曾孫のクローテと似た面差しの女性だ。


(だいぶおばあちゃんになってるが間違いない……あれは、)


 ブオルの妻、ホイップ……カカオ達の時代から数年前に亡くなったと聞いた女性。

 久し振りに見る妻の姿に胸がいっぱいになると同時に、これで少なくともここが過去の王都だということが判明した。


(俺の嫁さん、おばあちゃんになっても綺麗だなあ……じゃなくって! さすがにホイップに見つかったら一発でバレる!)


 そう思った次の瞬間、ホイップが敵の気配でも察知したかのように素早く振り向く。


「やっべ!」


 咄嗟に背を向け、人混みに紛れ……きれてはいないが、どうにか誤魔化すとホイップは再び前を向き、首を傾げる。


「気の所為か……? 老いてしまうと感覚が鈍っていかんな」

(いやめちゃめちゃ鋭かったんですけどおおお! ばあちゃんの反応速度じゃねえ!)


 危うく見つかるところだったブオルは暴れる心臓をどうにか抑えながらゆっくりと彼女の方へ視線を戻した。

 するとその時、貴族街の方が騒がしくなる。


「た、大変だぁ! 魔物が出たぞー!」


 結界に守られ、外部からの魔物の侵入などまずなかった王都は、途端に混乱に包まれた。


「なんだと……!?」

「こりゃあ、まずいな……」


 騒ぎの中心……貴族街にはティシエール邸がある。

 隠居したとはいえやはり騎士の血が騒ぐのか、ホイップの足は逃げ惑う人々とは逆方向に、弾かれるように走り出した。


「ちょっ、待てよホイップ!」


 なんてブオルが呼び止めようとした時には既にその背は遠く彼方へ。


「なんだよあの瞬発力……杖ついてたんじゃねえの!?」


 確かに彼女は騎士だった頃は俊敏な動きを得意としていたが、それはもう何十年も昔の話。


「いや、驚いてる場合じゃねえか。急がないと!」


 ブオルは気持ちを切り替えると、慌てて彼女の後を追いかけた。

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