27~闘士舞うサラマンドル~・2

 腕自慢の集まる武闘大会で、全く注目されていなかったカカオは順調に勝利を重ね、駒を進めていった。

 時空干渉を阻止する旅の中で幾度となく死線を潜り抜けている彼の強さは、もはや並のものではなくなっていたのだ。


 そして気が付けば、決勝戦。


「どうしたことでしょう!? 受付終了間際にエントリーしてきた無名の青年は聞けばただの職人見習いだと言います! そんな彼が強者集うこの大会で、まさかまさかの決勝まで勝ち残りました!」


 予想外の番狂わせに驚きつつも楽しげな司会。

 客席から飛ぶ「本業はどうしたー」だの「がんばれ兄ちゃーん」という笑い混じりの声にカカオは思いっきり苦笑いをする。


(ほんと、なんでこんなとこにいるんだオレは……)


 しかし自分の手で祖父の腕輪を取り戻したかったのは事実。

 達成した後のことは考えていないが……まあ、街を守る衛兵や騎士にでも託せばいいだろう。


 ただし、次の戦いに勝てればの話だが……


「それではそんな意外性のダークホース、カカオ・ランジェに対するは……」


 選手用の通路から、ゆっくりとやってくる影。

 黒いハチマキ、長い桃髪がふわりと尾を引いて、カカオの前に姿を現す。


「やはり今回も負けなしか!? 可愛い顔してマジで強いぞ! 我らがパンキッド・グラノーラぁ!」


 この大会、これまで戦って来た誰よりも華奢で小柄な少女は、誰よりも強い覇気を纏って手のひらと拳を打ちつけた。


「予想通りここまで来たか……お前、やっぱ見習い職人って嘘だろ?」

「いやそれはほんとなんだけど……なんつったらいいかなあ」


 確かにカカオはかなり強くなったが、名工と呼ばれる祖父のような職人を目指しているのは今も同じだ。

 ただちょっと、最近いろいろありすぎただけである。


 と、パンキッドの顔つきが変わり、両手に武器を構える。


「まあいいや。アタシの前に立ちはだかるものはみんなブッ飛ばすだけだ!」

「結局それかよ……ま、ごちゃごちゃしなくていいや」


 カカオも同様に愛用の戦鎚を手にした。

 と、客席でブオル達がその姿を見て首を傾げる。


「あれ? カカオ、なんかいつもと違わないか?」

「むう、何か足りないような気がいたすが」

「え? んー、なんだろ?」

「そ、それは……」


 何か知っているのかメリーゼは行儀よく揃えた膝上に置いた、布にくるまれた小さな包みに視線を移す。


(今までの相手とは違う。カカオ君、大丈夫かしら……)


 ぎゅ、と包みの上の両手に力をこめた瞬間、戦いの鐘が高らかに鳴り響いた。


「先手必勝ォ!」


 姿勢を低くしたパンキッドが一気に距離を詰める。

 懐に潜り込んだ勢いで打ち出したトンファーはカカオの顎下を狙っていたが、それを読んでいたのかカカオは素早く二、三歩飛び退いて避ける。


 下から上への強烈な突きが僅かにココアブラウンの髪を掠めた。


「避けるか……やるねぇ」

「まず接近してくるだろうと思ってたからな」

「いいね、そうこなくちゃ!」


 楽しげに弾むパンキッドの声音に比例して、彼女の動きが一撃ごとに鋭く、速くなっていく。

 獣の牙のように荒々しく穿つ攻撃を時には避け、時には戦鎚の柄で防ぎながらどうしたものかと考えを巡らせるカカオだったが、


「防いでばっかじゃ楽しくないよ!」

「ぐっ……このっ!」


 苦し紛れに放った横薙ぎの一撃は、残念ながら避けられてしまう。


「よっと」


 だが、それも計算のうち。

 空を切った戦鎚の先が緑色の光を帯びたかと思えば、次いで打ち上げる動作で光の弾がパンキッドめがけて撃ち出された。


「っ!?」


 咄嗟に武器で防いだものの動揺を誘われたパンキッドが、そのまま攻めてきたカカオによって防戦一方にされる。


「防いでばっかじゃ楽しくないんだろ?」

「ぐっ……あははは! そうだ、そうだよカカオ!」


 しばらくふたりの武器のぶつかり合う音が会場内に響く。

 これまでとはレベルの違う戦いに、司会者も、観客も、言葉を忘れてただただ息を呑んだ。


「あの子、楽しそう……」


 興奮と歓喜に緩むパンキッドの口許、輝く金眼を見たメリーゼがそう呟く。


(うらやましい、な……)


 自分が抱いた感想は、どれに対してなのか。

 その答えを知る者は、どこにもいなかった。

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