25~流星、閃く時~・2

 勇ましく進み出たメリーゼを見たデュランダルは、仮面の下でにやりと口の端を上げた。


「お前が相手してくれるのかよ? っていうかお前、騎士だよな……こんな可愛い娘、うちにいたっけ?」


 頭から足の爪先まで値踏みするような絡みつく視線……メリーゼの知る“騎士団長”も好色な面はあったが、こうまで露骨なのは現在よりずっと若いせいか暴走しているからか。

 背筋の悪寒を振り払い、少女は色違いの目を鋭く細めた。


「あまり嘗めてかかると、チクリと刺しますよ」

「そいつぁ恐ろしいや……でもな、」


 構えるメリーゼより早く、踏み込んだデュランダルが迫る。


「さっきから見てりゃ、お前が一番読みやすいんだよ!」

「っ!?」

「お嬢ちゃんっ!」


 反応が遅れたメリーゼを突き飛ばし、素早くブオルが防御に入った。


「ぐっ……!」

「ブオルさん!」

「大丈夫だ、浅い!」


 デュランダルの一撃は僅かにブオルの腕を掠めただけで、すぐに体勢を立て直す。


「さすがにおっさんは場数を踏んでるな……けど、それだけじゃねえ。お前は速いけどお行儀が良すぎるんだよ。典型的な騎士団の剣だ」

「行儀が、良すぎる……」


 ぐ、とメリーゼの両腕に力が入る。


――お前の動きは速くて綺麗だけど型通り。行儀が良すぎるんだよ。リズムも正確で、だからこそ予測しやすい……実戦を重ねりゃ、また変わってくるかもな――


 脳裏によぎった声は、いつか稽古をつけて貰った時のもの。

 いくら挑んでもついには勝てなかった、騎士団長の言葉だった。


 あの時、何度も負けたことが悔しくて悔しくて、格上だとわかっていても次こそは……と燃やした闘志。


(特訓していたわたしに、お母様がかけてくれた言葉……)


 確か母は、デューの言葉は言い換えれば基本が出来ているとも、それならば応用をきかせることもできるだろうとも言っていた。

 型通りの剣術、正確なリズム……それらを自在に崩すことが出来れば、簡単には予測できない。


 そして、


――お前にあってデューが不得手としているものがひとつある。それはな……――


 タン、と今度は軽やかな靴音が響いた。

 距離を詰めたかと思えば、眼前で高く跳んだメリーゼをそのまま視線で追うデュランダル。


「空中なんてもっと読みやすいっての!」

「それはどうでしょう?」


 ふ、とメリーゼが笑みを浮かべた。

 すると彼女は空中にいるにもかかわらず、くるりと回転した後何かを足場に軌道を変える。


「なっ!?」

「たぁぁーっ!」


 思いきり蹴ったそれは、氷の塊。

 こっそり魔術で作り出した氷を足場にして、角度をつけて鋭く斬り込んだのだ。

 不意を突かれたデュランダルの黒い鎧にメリーゼの刃が傷をつけると、浄化の力でそこから煙があがった。


「やった!」

「まだです!」


 キィン、と甲高い音をさせ、いくつもの氷塊を宙に生み出したメリーゼは、それらを使って縦横無尽に飛び回る。

 向かってくるかと思えばもう一度跳んだり、不意に攻撃に転じたり……さらにそれは速度を増していく。


「す、すっげえ……」


 激しく滅茶苦茶に見えるが、正確なリズムを刻めるからこそ生み出せる美しい破調。

 まるで幾つもの流星が降るような……彼女の戦いを見慣れていたカカオですらも、一瞬心を奪われる舞だった。

 デュランダルが振り回した大剣を軽やかにかわし、彼の背後に着地するとメリーゼの左右非対称な衣装がふわりと翻る。


『ダクワーズに似て……いや、違うな。この戦術はメリーゼならではのものだ』


 父はその姿を戦場での彼女の母と重ねようとして、首を左右に振った。

 純粋な剣術、体術を得意とする彼女の母は魔術を魔術……主に遠距離の攻撃手段として扱い、あまりそれ以外の使い方をしていなかった。

 しかしメリーゼの戦い方はそれとは全く違う、彼女ならではの強さを開花させようとしている。


「好機っ!」


 メリーゼの身のこなしに翻弄されて生じた隙を、見逃すはずがなかった。

 ガレが投げたブーメランは風のマナを纏って加速し、デュランダルの胴に直撃する。


「がは……っ」

「いい加減目を覚ましてください、デュランダルさん!」


 大きくよろめいた黒騎士にそう叫んだクローテは光の弓をつくり、構えた。


「番えし矢は碧き風、今弦を引き絞り解き放て!」


 碧に輝く鋭い風の矢が次々とデュランダルを襲う。


「ぐううっ!」


 これまで蓄積されたダメージでついに膝をついた彼の纏う鎧が、仮面が剥がれて消滅していく。

 それは魔物に取り憑かれ暴走していた彼が、浄化されて本来の“デュランダル”に戻る合図だった。

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