11~風雅の里の珍客~・3

 マンジュの建物は内部もグランマニエのそれとは変わっていて、まず靴を脱いであがるところから異文化であった。

 そうしてカカオ達を迎え入れたのは、畳と呼ばれる草を編んだ床のほのかな香り。


「なんだか落ち着くねぇ……特にこのタタミって床の草のニオイ……」

「こぢんまりしてて俺にはあちこち小さいけどな。ただ、この雰囲気は好きだ」


 だらしなく寝そべり畳のにおいを嗅ぐモカの隣で赤くなった額をさすりながら笑うブオルはつい先程部屋の出入り口で頭をぶつけたばかりだ。

 そんな大男が座布団という四角いクッションの上に座ると、なんだかクッションが小さく見えてしまう。


『しかしまあ、あの奔放なイシェルナがマンジュの長とはねえ。先代の長は元気?』

「元気も元気よ。ミナヅキさんは今ごろししょーと二人で各地をぶらぶら歩き回っているわ」


 時々手紙も届くのよ、と言うイシェルナの“ししょー”とは、マンジュの民で彼女の育ての親である男、ウイロウのこと。

 そして彼こそが本来先代のマンジュの長となるはずだったが、それをミナヅキに押し付けて根無し草の風来坊を満喫……そのお陰でイシェルナとの出会いがあったのだが。


「それにね、あたし案外向いてるみたいよ。影は何者にも寄り添って、見守っているものだから」

「影……?」


 カカオが不思議そうな顔をするとイシェルナの背後から影が実体をもって立ち上がった。

 人の影の形に似た姿のそれは彼女の契約精霊だ。


「なっ、なんだこいつ!?」

『我が名は“深き安寧”……闇の大精霊にして、イシェルナの瞳となる者……』

「という訳で、あたしはこの子と感覚の共有をして世界中の闇……影を通じていろいろ見て知っているのよ。だから時空干渉のことも、ね」


 さすがに常に世界中のことを知れる訳ではないので、カッセのように各地に人を向かわせて報告を受けているのだとイシェルナは付け加える。


「すげえ……確かに影はいろんなところにあるもんなあ……」

『わ、わたしだって風はあちこちに吹かせられますから!』

「そうだな。風花もすげえよ」


 風の大精霊が姿を現し、小さな体で一生懸命アピールすると、カカオはふっと笑いかける。


「うーん、カカオ君ってばなかなかいい男になりそうな子よねぇ……」

「いっ、イシェルナさん!?」


 長のそんな言葉に思わず驚いた声を発したメリーゼにイシェルナは「大丈夫よ」とウインクをして見せる。


 そんな時、廊下からぱたぱたと足音が近付いてきた。


「この足音……」


 何かに気付いたようにクローテが呟くのと、長の部屋を仕切る襖が開かれたのはほぼ同時のこと。


「ししょー! 特訓をお願い申し上げる!」

「あら、今日も? 熱心な子ねぇ」


 現れたのは、マンジュ独自の装束に身を包んだモカと同年代くらいで彼女より少し背が高い少年。

 ふわっとした癖のある黒髪に、誰かを思い出すような赤銅色の猫目……しかし何より特徴的なのはクローテのように髪と同じ色の獣の耳と尾を生やしていることと、彼の場合は手足の先も獣のそれとなっている。


 普通と違う足音の正体はそれか、とクローテはひとり納得していた。


「もふもふ……かっ、かわいい……!」


 猫耳尻尾の少年を見たメリーゼが目を輝かせる。


「イシェルナおばちゃん、このチビっ子だぁれ?」

「この子はカッセの息子、ガレ君よ」


 息子。


 一同の脳裏にカッセの小柄な姿が浮かび、次いでガレを見る。


「えええぇぇーっ!?」


 その時のカカオ達の叫び声は、里中に響き渡りそうなほどだったという。

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