7~父の瞳~・1

 小さな村のはずれに茂る、聖霊の森。


 この場所……特に奥にある花畑はブオルにとっては苦い想い出が呼び起こされる地でもあるのだが、


「この森……こんな形でまた来ることになるとはな……」

「ブオル殿、静かに……声が聞こえます」


 ぴく、と動いたクローテの長い耳がこの先、恐らくは花畑で繰り広げられているであろう会話の一部を拾う。


「……お戻り……さい…………まだ……」


 近付くにつれはっきりとしてくるそれは、次第にカカオ達の耳にも届くようになった。


「この声、スタードお祖父様?」

「なんか、嫌な予感がするぜ……」


 などと言っている間に、彼等の足が花畑に辿り着く。


 その、瞬間。


「何がまだだ! ブオルも死に、娘も失い、ガトーも、ルセットも、皆、みんな去って行った……もう俺にはカミベルしかいない!」


 黒い、明らかにヒトのモノではない皮膚の鎧を纏ったモラセスがスタードの首を片手で掴み軽々と持ち上げる。


――ドッ……!


 モラセスの足元から延びる影の触手がスタードの体を貫く鈍い音が、花畑に響く。


「――!」


 そんな場面を目の当たりにしたカカオ達の誰もが驚きに目を見開き、言葉を失う。


 しかし、その中の誰よりも……


「スタードッ!」


 今、なにが起こった?


 主君は今、何を言った?


 理解が追いつかないまま、人形のようにだらりと力を失った息子の体躯が地に落ちる光景を、ブオルはただ茫然と見ていたが、


「お父様!」

『この気配……そこだッ!』


 すかさず忍び寄る影にメリーゼがいち早く反応し、ランシッドがその影とカカオ達を異空間に転移させた。


 モラセスは素早くこの場を去り、倒れたスタードのもとには丁度やって来た若者たちが駆けつける。

 間一髪、カカオ達のことは誰にも認識されなかったようだが……


(今、父上の声がしたような……?)


 朦朧とする意識の中で、スタードだけはこの場にいるはずのない父の声をぼんやりと感じていたのだった。

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