真理篇
紫乃緒
壱
交通量の多い、三車線の道路。
その中央分離帯の近くに、花束が置いてある。
かすみそう、淡いピンクのスイートピー。大の大人が両手でかかえられそうな大ぶりな花束だ。 車の走行によって巻き起こる風が、花束のラッピングをばさりばさりとゆらしている。
花束の近くには、子猫をモデルにしたぬいぐるみ、ジュース、お菓子、おもちゃ……一見して尋常ではない量がおいてある。
「此処で事故でも起こったのだろうか」と、ふつうならば思うだろう。
そして、通り過ぎるのと同時に記憶から抹消されるであろう、ささいな出来事。
彼女は、それをじっとみつめていた。いや、みつめていると言えばまだやわらかい表現だと言えよう。
睨みつける、というのが一番的確なように思えるような眼差しで、彼女は風になぶられる花束を凝視していた。
10分、20分、……30分も経ってようやく、彼女は歩みをすすめた。
大通りをはずれ、小さな路地からはいる、ひとに忘れ去られたような廃神社。
鳥居をくぐり、手水舍をとおりこし、くたびれた本殿には見向きもせず裏手のうっそうと木の茂る場所へ。
いつの間にか、陽は暮れていた。
どのくらい時間が経ったのかわからない。彼女は一心不乱になにかをつぶやきながら土を掘り返していた。
『ねぇ、僕を呼んだのは、もしかして貴方なの?』
不意に背後から掛けられた声に、彼女は素早く振り返った。
振り返ったその先、見えたものは。
かすかな月光を反射してにぶく光る大きな鎌、全身を黒に染め、透き通るような肌を持った……死神。
「嗚呼……!」
彼女は歓喜の声を上げるとその死神の足元に伏した。
「貴方は死神ね、待っていたの、待っていたのよ!」
取り縋るといった体で彼女は死神の足を掴んだ。
『自ら僕を呼ぼうとするなんて、奇特な人間もいたものだね』
呆れたような死神の声が聞こえているのかいないのか、彼女はわぁわぁと泣き始める。
『一体なんなの。用がないなら僕、帰るよ』
この死神はどうやらそう気が長い方ではないらしい。
泣くだけでなにも言おうとしない彼女に業を煮やしたのか少しだけいらだったように死神は吐き捨てた。
「嗚呼、貴方だけが最後の希望なのです、どうか、どうか……!」
地に額をこすりつけながら彼女は哀願する。
そのあまりの必死さに、死神はひとつ溜め息をついた。
『だから、用があるなら早く言って。僕、そんなにヒマじゃないんだ』
―あの馬鹿じゃあるまいし。と心中でつぶやいたことはないしょにしておくとして、死神はさきほどまで彼女が掘り返していた土のあたりに目をやる。
辺りにただよう腐臭。ちらりと穴の底にみえた白い骨。どすぐろく周囲が染まっているのは、おそらく血だろう。
そして、地面に描かれているいくつかの図、というか、絵、というか。
おそらく、悪魔かなにかを召喚するつもりだったのだろうか。
しかし。
―よくもまぁこんなもので悪魔を呼ぼうと思ったもんだね 。
手順から図式からなにからすべてめちゃくちゃだ。うまく呼びだせたとしてもせいぜい超低級悪魔だろう。
―悪魔を呼び出すつもりだったのか、それとも最初から死神を呼ぶつもりだったのか……
ふと、そんな疑問が思考をよぎったが、それは死神の与り知らぬこと。
「娘を……娘を殺したあいつを、殺して下さい!
私の生命でも……私が持っているものならなんでも差しだしますから……!」
涙と共に告げられた悲願。
ははぁ、と死神は納得半分、呆れ半分といった感じですこしだけ肩をすくめた。
親であるが故の殺意、ってやつか。
自分にはよくわからないが、人間にはたまにこういうことを願うやつがいる。
そして同時に自分の子供を殺すものも。
その違いは、死神である彼にはわからない。
さて、どうしたものだろうか。
死神はまた深く、溜め息を吐いた。
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