読書録。

緑茶

ホテル・ニューハンプシャー

作者:ジョン・アーヴィング

刊行年:1981年


【簡単なあらすじ】


 ウィンスロー・ベリーは妻とともに、ホテル経営の夢を抱いていた。その名を「ホテル・ニューハンプシャー」。父の夢に従う子供たち――小人症の娘リリー。蓮っ葉なフラニー。同性愛者のフランク。愛らしいエッグ。年老いた犬のソロー。そして、語り手の「僕」。彼らはその場所で多くの傷を、悲しみを背負いながら、人生という名のおとぎ話を生きていく……。



 上記のあらすじだけ見ても分かる通り、これは「波乱万丈の人間ドラマ」である。執筆は1981年であるが、細かな文章技巧などを除けば、これほどまでに時代性を感じさせない小説も珍しい……と感じた。むしろその真っ直ぐな筋運び、個性豊か(すぎる)キャラクター、象徴的な展開の連続は、19世紀の古典文学作品を思わせる。要するに、どこまでも愚直な「いい話」なのだ。


 しかしながら、毒にも薬にもならないメロドラマに堕しているわけでは断じて無い。この作品全体を支配しているのは濃密な「性」と「死」の匂いだ。読者は決してこの2つを避けることが出来ない。顔を背けても、向こうからやって来る。そしてそれは例外なく、この物語の登場人物にも降り注ぐ。

 フラニーに起きた出来事。物語中盤で起きる、あの呆然とするような出来事。そして、終盤の、あの忘れられない出来事。

 我々はうんざりするほどその匂いを嗅ぎ取って、その中で苦しみ、傷ついていく彼らを見なければならない。何故なら、老ボブの言うように、「ホテル・ニューハンプシャーは釘で固定されている」のだから。起きてしまったことは変えられないし、傷が完全に塞がることはないのだ。

 だが、それでもこの物語にはそれらを吹き飛ばし、やがて癒やしていくほどの強い「生きていく意志」が感じられる。ベリー一家は傷を抱えながら懸命に生きていく。去っていった者達さえ背負いながら、生きていく。生きていく。時にその過程が笑ってしまうほど滑稽であっても、彼らの人生は続く。たとえ最後には悲劇で終わるとしても、そのぎりぎりまでおとぎ話であり続けねばならないのだ――。


 一丁前の書評をしたためたようでいてその実大して中身の無いことを言ってしまったわけだが、要するにこの小説は「ただただ」面白い、と言える。時にその性と死の匂いがグロテスクなまでに迫ってくることがあるが、作者が人生にその2つが必要不可欠であると真摯に考えているがゆえである。何より我々は最後まで読んだ時、その2つが心の中で溶け合って、一つのカーニバルのような様相を作り出すさまを夢想することになるのだ。人生という名のカーニバルを。


 笑って泣ける、濃厚で骨太な人間ドラマ。分厚いし長いけど、その質量分の面白さは保証できると思います。


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