151-160


151


巡礼は鬼の顔をして海辺の寒村を訪った。鬼のことを考えつづけ鬼のために巡っていたら顔はいつしかこうなのでしたと裂けた口から平らかな声で語った。巡礼は三日ほど滞在し、峠を越えて更に北へ向かうというので、土地の漁夫達は黙って干魚を渡してやった。こういうのはよく現れるのだ。本当によく。



152


夢見と鳥打は入江で行きあい、以来約束に従い長く旅路を共にした。夢見は明日の夢を見鳥打は今日の米鳥を撃ち、夢見は鳥打に鳥の立つ時を教え鳥打は夢見に米を煮た。どの土地であれ夢か、鳥か、あるいはその双方が、求められ米と換えられた。彼らは米を煮、食い、眠り、歩き、天の約束を追い続ける。



153


再臨する件を迎えに駅に立つ。生まれたばかりのはずの件はしっかりとした足取りで駅舎をくぐり、顔を上げて私と目を合わせるとそれは私の母親に似ている。件がこちらに歩きだす。ひと足ごとに陽が翳り、天の喇叭が聞こえてくるようで、この役を引き受けたことを私は後悔しはじめている。



154


ちょっとしたパーティーにもおすすめですよと言われてつい素敵な服を買っちゃって、でも機会がねと思っていたらちょっとしたパーティーへの招待状が届いた。会場にはちょっとしたパーティー服の人が大勢いて服を褒めあっていて私も一緒に褒めてもらって、でもあれ結局なんのパーティーだったんだろう。



155


遠浅の海を歩いている。生まれた浜から次の浜まで。浜街をあとにして、もうずっと遠くまで来ているはずだった。夢のように素敵な街だった。わたしには水が合わなかった。生まれた浜から次の浜まで、遠浅の海を歩いている。



156


三十八年前に住んでいた団地には五歳の私がまだ住んでいる。ときどき様子を見に行く。五つの冬、私と母はヒヤシンスの水栽培をしていた。朝はベランダに花を出し、日の沈む前に部屋にしまった。今年も私がベランダに見えた。ろ号棟、四階、右から三番目のベランダに。



157


台風一過後の出勤日、地下鉄の出口を登ると、交差点に大量の傘が溜まっていた。傘はどれも開いていて、大半が透明、ちらほらと色や柄付きのものが見えた。地形のせいでビル風が通ってたまたまそこに吹き溜まるらしかった。信号が青になった。どういうわけか車は一台も通らなかった。



158


おつらかったでしょう、と声をかけてくれる。それからまぶたの上から眠気を食われる。するとやっと目が覚める。医者は獏なのでそう治す。でも獏が食べるのは眠気ではなく夢だと聞くから、これは獏ではないはずで、そんなものに眠気を食わせていいものなのかどうかはよく分からない。



159


池の鯉に餌をやる。水面に波紋が起こり、鯉が我先にとやってくる。餌に鯉が群がる。鰭に叩かれ飛沫が立ち、鷺が万羽とやってくる。鯉に鷺が群がる。池が羽毛で埋め尽くされ、人が見物にやってくる。鷺に人が群がる。不意に背後に気配を感じる。振り向くが、何も見えない。



160


砂金を掬いに行く。私は金時計が欲しいから、毎日こうして川べりにかがみ、水底をさらって鉢を揺る。たくさん掬って集めて溶かして、いまにきっとりっぱな金の鎖を鋳るのだ。いまにきっと、いまにきっと。

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