ハイデマリーvsルーン


 水浸しになってしまった会場を整備するために、またしても十分ほどの休憩が挟まれた。それでもそんな短時間で修繕が出来てしまう技術がすごい。ちなみに、この試合の後は少し長めの休憩が入るんだって。選手の人数が少ないから、仕方ないね。あんまり次から次へと試合をしていたら、選手が落ち着く暇がなくなるもん。

 ……成人部門はそんなのお構いなしに次から次へと試合が続くらしいけど。魔大陸っていうのは本当に子どもに甘い。


「それにしても、グートはすごかったね。私だったらどう戦うかなぁ……」

「む、メグがグートと戦うとしたら決勝だし、それってぼくが負けるってことじゃんっ」

「違うよっ、そういう意味で言ったんじゃなくて!」


 あんなに速く移動できるならどう対処しようかって、自分ならどうするかを考えてただけなのに、アスカがむくれてしまった。あああ、違うの、そうじゃないの! あわわと両手をブンブン振っていたら、頰を膨らませていたアスカがプッと吹き出した。


「あはは、わかってるよ! 自分だったらって考えただけだよね! メグってほーんと、からかい甲斐があるよねー」

「なっ、もう、アスカー?」


 本当に機嫌を損ねてしまったかと思って焦ったじゃないか。くっ、私ったらアスカにまでからかわれるようなちょろいヤツなの? 軽く凹む。


「相手を見て、自分ならどう戦うかを考えることは大事だ。たとえ対戦することがない相手だったとしても、それは自分の力となる」

「そうね。惜しくも敗退してしまったマイケやピーアを想定して考えてみるのもいいわよ。相性が悪ければ彼らが勝っていた可能性だってあるもの」


 ギルさんやサウラさんからもそんなアドバイスをもらえたのでホッと安心。そうだよね、考えるのは自由だし、きっとタメになるもん。アスカが舌をチロッと出してごめんごめん、と言ってくる。むっ、可愛いから許す。


 でもそうだよね、相性って大きいと思う。明らかすぎる力の差だったら相性も全部吹き飛ばして勝てるだろうけど、実力が同程度だったらそれが原因で勝敗が決まることも多いだろうな。だって、ここは魔大陸。種族によって得意不得意が全然違う。火の種族と植物の種族だったらどうしても火を扱う種族の方が有利だし、水の種族だったら火の種族相手には有利だろうし。そういうことだ。地について戦う者は飛べる者には苦労するだろうし、相性は本当に重要なのだ。


「んー、でもメグちゃんはその辺、オールマイティだから強いよね。魔術に頼りすぎる点だけ改善されたら、向かうところ敵なしなんじゃない?」

「へっ!? そんなまさかぁ」


 ケイさんの言葉に思わず声が上擦ってしまう。さすがに言いすぎだもん! オールマイティって言えば聞こえはいいけど、それってただの器用貧乏とも言う。魔術はたしかに色々使えるし、威力もいくらでも出せるけど、それが強いかって言われるとしっくりこないんだよね。必要な時に必要な分、必要な内容の魔術を使えるのがいいと思うんだけど、瞬時に判断して実際やるのは本当に難しい。

 そもそも私は、身体能力がダメダメなので、向かうところ敵なしは言い過ぎである。そう伝えると頭上からギルさんの声が降ってきた。


「だが、いくら魔術を使い続けようと疲弊しない相手というのは驚異ではある。頭領がそれにあたる」

「頭領の場合はさらに、何をしでかすかわからない怖さがありますからね……」


 そ、そうなんだ。シュリエさんが軽く腕をさするほど、とか。お父さん、本当にいつもどんな戦い方をしてるんだろう。突拍子の無さで言えばサウラさんのトラップもなかなかのものだと思うんだけど。


「何をしでかすかわからないのは、メグも、同じ」

「あ、それぼくも思ったよロニー。メグと戦ってもさ、次に何するかわからないんだよねー」


 えっ、そうかな? 普段はすぐからかわれるくらいわかりやすいっていうのに、不思議だ。まぁ、ほぼ脳内でショーちゃんとやり取りしてるし、防御に関しては指示を出さなくても精霊たちが勝手に動いてくれるから攻撃に集中出来るし……あ、そういうところか。納得。


「頭領と戦うのはビックリ箱みてぇで楽しーんだよなー! メグもそうならさ、もっと強くなったら戦おうぜ!」

「戦闘馬鹿は黙ってなさい」


 さ、さすがにジュマ兄と戦うのは嫌だよ!? いくら攻撃が当たっても平気で、むしろニコニコしながら向かってくるなんて怖い。ゾンビのようだ。笑うゾンビ……怖い。サウラさん、ナイスセーブです。


『お待たせしましたぁー! 第三試合、はっじめっるよーぉ!』


 急に明るい声が会場に響き渡った。何の前触れもなく大きな声で聞こえるから毎度ビックリしてしまう。可愛い声でも突然だと驚くのである。


『第三試合はシュトル代表のハイデマリー対アニュラス代表ルーンの試合でぇす! 女の子対決ぅ! 外見も性格も正反対に見えるこの2人っ! 一体どんな試合を見せてくれるでしょぉか!』

『解説の1人は私、シュトルのマーラが務めさせていただくわね』

『ふーーぅ、マーラさん、美しすぎますぅ。女である私もクラクラ来ちゃいますよぉ』

『うふふ、ありがとう。解説なんて初めてだから、緊張してしまうわね。頑張るわ』


 何、この癒し空間……マーラさんの声が聞こえるだけでものすごく会場内がふんわりした空気に包まれたよ。実況のカリーナさんが本気でうっとりしてるのがよくわかる。緊張しちゃう、と笑うマーラさんがまた可愛すぎます。


『……あー、もう一人の解説は、俺だ。いない方が良くねぇ?』


 そして気まずそうに聞こえてくるディエガさんの声。気持ちはとてもよくわかる。そうか、一周したんだね。順番で回ってくるんだ、この解説担当は。あらあら必要よ、とコロコロ笑うマーラさんの声はやはり可憐だ。ある意味、場が引き締まってくれるからディエガさんは必要かもしれない。


『あ、選手が会場内に入ってきましたよぉ! 黒髪金目のクールな美少女と、ふんわりクリーム色のツインテール美少女! んふふ、将来が楽しみな2人ですよねぇ。この大会で、言い寄る子が増えたりしてっ』

『なっ、許さんぞ! てめぇら、ルーンに近付くなら先に俺んとここぉぉい!!』


 ……どこの世界も父親っていうのはこんなもんなのか。遠い目になるとともに、「おとーさんっ!?」と顔を真っ赤にして抗議するルーンに同情した。なむ。


 さて、ルーンの対戦相手の子も観察させてもらおう。本当に綺麗な子だぁ。黒髪のサラサラロングがとても綺麗。同じ色の耳と尻尾もフワフワだ。だからこそ金色の目が際立って見えてなんだか神秘的な印象である。表情はずっと変わらず、淡々としたイメージだ。緊張しているだけかもしれないからわからないけど、どんな子なんだろうなぁ。事前情報によると、狐さんなんだよね。闇を布のように広げてその布で戦うって。それだけじゃさっぱりわからないから、試合をよく見ておかなくちゃ。


『ルーンはやはり人型なのね。ディエガのところは本当にスパルタなのねぇ』

『お、おい。さっきもだがそれじゃ俺が無理強いしてるみてぇだろうが。アイツらが自主的にやるって言って聞かねーだけだからな?』

『あらそうなの? 向上心に溢れた子たちね。将来が楽しみだわ』


 あの2人は、将来の目標もしっかり持っているから尊敬してる。私の自慢の友達である! なんだか誇らしいな。ふふっ。


『両者、中央に立ちましたぁ! 審判が手を振り下ろしぃ……試合、開始でぇっす!』


 始まった! この試合の勝者と私は戦うんだ……うー、ドキドキする。ルーンを応援したい気持ちはあるけど、それよりもしっかり見ておかないとね。集中、集中。


「あ、あれ? あの子は魔術陣、使わないのかな?」


 試合開始直後、突如として真っ黒い布のようなものを出現させたハイデマリーに目を丸くしてしまう。アスカとグート以外はみんな足元に魔術陣を出現させていたから身構えていたのに。グートは速すぎて見えなかっただけだと思うけど。


「あれは種族固有魔術だからな。俺の影の魔術と原理は同じだ」

「種族固有、魔術?」

「む、知らないか」


 私の呟きにギルさんが答えてくれたんだけど、聞き慣れない単語にさらに首を傾げることになった。なんとなく意味はわかる気がするけど、せっかくなので詳しく聞いておきたい。コクリと一つ頷いて、ギルさんに説明を求めた。


「言葉通り、その種族だけが使える特殊な魔術だ。俺が影の中を移動できるような、な。種族特性自体は誰もが持つものだが、固有の魔術を扱える種族は全体の3割といったところだ」

「ちょっと珍しいってこと?」

「そうだな。これが使える者は希少亜人と言える」


 そう言えばそんなことを聞いたことがあるような。ギルさんだけが使える影の魔術が羨ましいーってお父さんが言ってた気がする。そっか、そういうのを種族固有魔術っていうのか。そのままだ。覚えておこう。


「え、わぁ! 闇になった! あの子が布を振った部分が真っ暗!」

「ふむ、興味深いな。闇を生み出すのか……」


 そっか、ギルさんは影を生み出すことは出来ないもんね。元々ある影を利用した魔術を使うから、あの子のように闇を生み出す魔術に興味を持ったのかも。でも、ギルさんは影をつくるために光の魔術も得意としてるから死角はない。さすがである。


 っと、今は試合に集中だ。ハイデマリーは自分の身体よりも大きな布をまるで生き物のように操っている。布が通った場所は真っ暗になって、視界が奪われるのかもしれない。ルーンは素早く動いてその闇を避けていた。闇に触れると何かあるのかな?


「嫌な予感がして避けている、といのはあるかもしれませんね。本能的に嫌だと思ったのならそれが正解です。ルーンは避け続けていますし、何かあるのでしょう」


 隣の席で同じようなことを思ったらしいアスカの質問にシュリエさんが答えていた。なるほど……でも、あれだけ闇を作り出していたら何かあるって普通は思うよね。でもその闇もずっとその場に止まってるわけじゃないみたい。一定の時間が経つと消えてるようだから、制限もありそう。込められた魔力に比例するのかも。


『ハイデマリーの攻撃が続きますねぇ! ルーンは防衛一択のようですが、苦戦しているのでしょーか?』

『いいえ、あれはどちらかというと、逆よ』

『えっ、逆ぅ?』

『おう。隙を見つけたら一瞬で懐に入っていこうと狙うルーンに、近寄らせまいと闇を生み出しているのがハイデマリーだ。押してるのはルーンだな。だが、ハイデマリーも隙あらば攻撃も仕掛けてるし、守ってばかりってわけでもねぇぞ』

『そうね、なかなか見応えがあるわ』

『そぉなんですかぁ? んー、カリーナちゃんのような一般人にはあまり状況が変わっていないようにしか見えないですぅ』


 実況と解説の声に耳を傾けて私もうんうんと頷く。ルーンは闇を避けながらもじわじわとハイデマリーに近付こうという動きを見せているから。あれは本当に、一瞬でも隙を見せたら勝負がつくんじゃないかな。ルーンの気迫がすごいもん。


『おっとぉ! ルーン選手の姿が消えましたぁ! ど、どこへ行ったのでしょう!?』

『あらあら、ハイデマリーも見失っているわね』


 戦況が変わらないように見えた試合も、ここへ来て一転。ルーンがパッと姿を消したのだ。どこへ? って一瞬思ったけどすぐに思い出す。確かルーンの種族は地中犬ちちゅうけん。名前の通りだとすると、ルーンの居場所は……!


『い、いたー! いました! ルーン選手、地面から姿を現しましたぁっ!』


 地中を移動していたんだ! ボコッと大きな音を立てて地上に飛び出し、ハイデマリーの背後をとったルーンは、そのまま手を突き出して足元に魔術陣を出現させる。今度はさっきほどビクッとはならなかったよ! ちょっとは震えたけど。

 ルーンはそのまま土の魔術を発動させた。会場の地面が抉れて盛り上がりながらハイデマリーの背を押していく様子はなんとも奇妙な光景だ。おかげで試合会場は真っ直ぐモグラが通った後のような有様となっている。わぁお。これはまた整備が必要だぁ。


 このまま場外に押されて、ルーンの勝利か? と誰もが思ったその瞬間。ハイデマリーの姿が闇の中に消えた。え? どこに行ったの!?

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