メグのおしごと


 ギルドのホールに着いたら、そこでギルさんやロニーとはバイバイである。それぞれが、今日の予定の場所へ向かうからだ。ギルド内で働く人たちはともかく、外へ出て仕事する人たちは夜まで会えないことが多いのでちょっぴり寂しい。でも泣いたりしないよ! もうそれだけでメソメソ泣くような年じゃないのだ。


「おはよーございまぁす!」


 二人を見送った後は、すぐさま受付までいって挨拶をするのが日課である。受付ですでに働いているみなさんが笑顔で挨拶を返してくれるのがいつも嬉しい。そこへ、エメラルド色のポニーテールを揺らしながら、ダイナマイトボディを携えて、元気溌剌といった様子で我らが統括、サウラさんがやってきた。いつ見ても可愛い。


「おはよう、メグちゃん! 今日も可愛いわね!」


 そんなサウラさんから可愛いだなんて言われたら照れちゃうよね! えへへと笑っていたら、サウラさんは手の平を自分の頭に乗せてスライドさせ始めた。これも毎朝の恒例となりつつあるんだけど、心境としては複雑だ。


「んー……まだ、抜かされて、ない、わよね……?」

「お、同じくらいかも?」


 そう、背比べである。サウラさんは小人族なので、これ以上背が大きくなる事はない。一方、私はこれでも成長期。今後まだまだ身長が伸びていくのだ。いつかは抜かしてしまうのは避けられない。今はまだギリギリ同じくらいだけど、私の方が大きくなった時のサウラさんの反応がすでに怖かったりする。


「はぁ、止められないのはわかっているけど、メグちゃんこれ以上大きくならないでぇー! せっかく抱きしめやすいのに!」


 わぁん、といいながら抱きついてくるサウラさんはとっても可愛い。抱きしめ返して朝のハグタイムである。周りの人たちがニヤニヤとこちらを見ているけど、気にしない。羨ましいでしょー? でもこのポジションは譲らないっ。でも……


「背を、抜かしちゃったら、ぎゅってしてくれないんです、か……?」


 大きくなったらハグしてくれないのかなぁ、と思うととっても悲しい。寂しい。甘やかされるのに慣れ過ぎて、甘ったれになってるのかも。でも寂しいものは寂しいんだもん!

 そう思ってサウラさんに言ったら、目を大きくしてしばらく私を見つめ始めたサウラさん。え、え、何? 変なこと言っちゃったかなぁ? と思ってドキドキしていたら、サウラさんが再び私をギュギューっと抱きしめてきた。


「そんなわけないじゃなぁぁぁい! いくつになっても、大きくなっても、メグちゃんの可愛さは変わらないもの! 私の方こそ、メグちゃんにギュってしてもらえなくなるかもって……ちょっと寂しかっただけよ!」


 なん、だと? サウラさん、かわいすぎかーっ! 思わず私もギューっと抱きしめる力を強めてしまう。側から見ると何やってんだ、と思われるかもしれないけど、いいのだ。愛情は伝え合ってこそ! 軽率にスキンシップをとろう!


 ────ふと、全身に悪寒が走った。


 思わずブルリと身を震わせると、それに気付いたサウラさんが不思議そうに身体を離して顔を覗き込んでくる。どこか心配そうな顔だ。


「どうしたの? 今、震えたみたいだけど……」


 それが、自分にもわからない。一瞬だったし、今は何ともないし、たまたまかなぁ? とりあえず、心配させないように返事をしよう。


「えっと、んー、わかんない? けど、もう何ともないし……サウラさんとギューできて、嬉しかったからかも!」


 にこぉっと笑って誤魔化してみる。だって本当に原因がわかんないんだもん。身体もだるくないし、暑くも寒くもないから熱ってわけでもないはずだ。


「嬉しいことを言ってもらえてありがたいけど……本当? 大丈夫? 具合悪くない?」


 でも、サウラさんは誤魔化されてくれないようだ。そうですよねー、わかってた! 基本的にオルトゥスメンバーは心配性だもん。こんな反応してくれると思ってた。なので、本当に問題ないことを示すために両腕で力持ちポーズ!


「本当ですっ! 朝ご飯も全部食べたし、元気モリモリですよっ! ね?」


 サウラさんはうーん、と言いながら私をいろんな角度から見始めた。ポージングもなんかアレだし、ちょっと恥ずかしいんだけどジッとそのままの姿勢で耐える。そして最後にペタペタと顔を触られ、それからニッコリと笑顔でよし、と頷いてくれた。ホッ。


「本当に大丈夫そうね。でも、何かおかしいと思ったら無理しちゃダメよ?」

「はぁい! わかりましたー!」


 許可が下りたので元気にビシッと手をあげてお返事。それからいってらっしゃいと声をかけられて、私はマイ受付デスクに向かうのでした。いってらっしゃいもなにも、数メートル先なだけだけどね!


 そこからはいつも通り看板娘をこなします。新刊が届いたら図書館に持って行けばいいからね!

 ふぅ、今日もオルトゥスは賑やか。依頼を探しにくるメンバーや依頼をしにくる一般客、業者の人や、カフェ利用の人。医療部門で診察の人もいればお薬を納品しにくる人などなど……たっくさんの人がここにはやってくる。


 決まった顔ぶれだから名前を覚えている人がほとんど。もちろん、全員ではないけど、顔は知ってるって人ばかりなので挨拶も軽やかである。だいたい皆さん、今日も可愛いねと声をかけてくれるので、ニコニコ笑顔で答えつつ、可愛がってもらえて本当にありがたいなぁ、なんて幸せを噛み締めている。


「こんにちはー! 新刊をお届けにあがりました!」

「あ、お疲れさまですー!」


 しばらくすると、待っていた人がやってきました。これまたよく見る顔のヒューイさん。新刊を持ってくるのはいつもこの人なので、ヒューイさんも私に気さくに接してくれる。それでいて、仕事はきちんと、メリハリをつけてがモットーのような人なので、挨拶はキチンと、新刊の確認もしっかり丁寧にやってくれるので信頼できる人なのだ。


「……と、以上だね。メグちゃんが読み上げてくれるから、いつも助かってるよ」


 濃いめの長い茶髪をいつも首の後ろで一つにまとめ、黒縁の丸メガネをかけたお兄さんは毎度この台詞を言っていく。私が手伝う前は一人で確認していたから時間短縮になって助かるって言ってくれたのだ。

 でも最初はまだ辿々しい幼女だった頃なので、一緒に読み上げて確認してたから意味はなかったけどね。最近は信頼してもらえたのか、読み上げは私に任せてくれるようになったのですごく嬉しい。えへん。


「いえいえ。こちらこそ、いつも素敵な新刊をありがとーございます!」

「ふふふ、今回は特におススメだよ? エルフの郷を舞台にした物語が入ってるから、メグちゃんにもいいんじゃないかな?」

「エルフの郷が? 読んでみます!」


 そしてヒューイさんはわざわざ私が読む用にと、自分好みの本を選んで持ってきてくれたりするのだ。そして実際、面白い。

 ヒューイさんは読書家で、毎日20冊を読んでしまうんだって。もう、人間業じゃない。人間じゃないけど。そしてその全てをほぼ覚えてるっていうので、もはや何も言うまい。魔大陸の中心にあるセントレイ国の大図書館に勤めてるって聞いたことがあるんだけど、読みたい本は調べるよりヒューイさんに聞いた方が早く見つかると言うから恐れ入る。


「でも、そんなの普通だよ? 先輩は1日に50冊読むっていうから、私なんてまだまだだよ」


 だというのにこんな事を言うので、自分の常識は捨て去った。魔大陸にはきっと、まだまだすごい人がいるんだろうなぁ、と思うと、はふぅとため息が出た。


「じゃあ、失礼しますね! またおススメ持ってくるよ!」

「はぁい! 楽しみにしてます」


 こうしてヒューイさんは去っていく。大体1ヶ月に1度のペースでくるかな? 来月も楽しみである。まずは、このおススメされた本がしばらくの間、寝る前の読書のお供になりそうだ。私は無理せず1冊を1週間かけて読みます!


 忘れないようにとオススメの本を収納ブレスレットにしまい込んでから、次のお仕事開始である。この本を、オルトゥス図書館に運ばなければならないのだ。

 10冊ほどだけど、辞典もあるので結構重い。収納ブレスレットに入れて運べば? と最初は思っていたんだけど、基本的に収納の魔道具には自分の物以外は入れないというのが暗黙のルール。しまい込んで忘れる人や、しまった物を把握しきれない人もいたから出来たルールらしいんだけど、そもそも自分の物じゃないのに私物化しているみたいでお行儀が悪い気がする、という理由が大きいようだ。


 でも、みなさんは優しいし、私を信用してくれているので、運ぶために使っていいと言ってくれたんだけどね。それはそれで私がなんか嫌だったのだ。では、どうするのか、といえば……


「フウちゃん、お願いね」

『アタシにまかせてっ主様っ』


 風の精霊フウちゃんの力を借りるのである。黄緑の小鳥なフウちゃんが、クルンと本の上で旋回するとふわりと優しい風が起こって本が浮かび上がった。そう、風の魔術で運んでしまうのである! 私、苦労してないじゃん? と思うことなかれ。実はこの風魔術の力加減って難しいらしいのだ。自然魔術の使い手は力の調整を自分で行うのではなく、精霊に正確に伝えねばならない。それが出来ないと本が吹き飛んでしまうんだって。


 ……他人事? はい、そうです、ごめんなさい。実はあんまり苦労してません。だって私の脳内を完璧に、精霊の言葉で伝える方法があるんだもん。つまり、私はイメージするだけで思い通りの魔術が使えてしまうわけである。……精霊さんたちの属性は考えなきゃいけないけどね。


「ショーちゃん、いつもありがとう。特に何も言わなくても、他の精霊たちに伝えてくれるもんね」

『んふふなのよ! だって、私はご主人様の最初の契約精霊なのよ? このくらいできて当然なのよー!』


 一番最初に契約した最初の精霊は、魂の結びつきが特別なので、精霊の力を本来以上に発揮できるのだ。声の精霊ショーちゃんは、私がこうしたいなと思っただけで心の声を聞き取って仕事をしてくれる、有能で万能でプリティーな精霊へと成長しているのだ。私の自然魔術の腕は、ショーちゃんのおかげなのである!


「じゃ、図書館に向かおうか!」


 こうして私はフウちゃん、ショーちゃんを伴って、目的地へと向かった。2人ともお仕事があるとルンルンだなぁ。かわいい!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る