ホワイトデー小話【カクヨム限定!】


「メグ。ちょっとこっち来い」


 平日。午前中のお仕事を終えてみんなでワイワイお昼ご飯を食べていた時の事だった。突然お父さんが食堂にやって来て私に声をかけてきた。食堂にいた人たちは、珍しい人物の登場にざわめいている。オルトゥスの頭領ドンは滅多にこの食堂には来ないもんね、忙しすぎて。


「なぁにー?」


 ちょうど食べ終わったところだったので、椅子からよいしょと降りた私は、食器はそのままにとっとこお父さんの元へと歩み寄る。お父さんの足元までやってくると、お父さんはその場で屈み、私に目線を合わせてくれた。頭にポンとと乗せての撫で撫で付きである。ちょっと恥ずかしい。


「これ、やるよ」

「う? なぁに、これ?」


 それからお父さんは私に紙袋を渡してきた。疑問を口にすると、開けてみろ、というのでその場でガサゴソ開けてみる。


「わぁっ……! かわいいっ! ジュエリーボックしゅ?」

「そうだ。お前、そういうの好きだったろ」

「うん! 和柄、大しゅき!」


 紙袋の中には赤を基調とした上品な和柄のジュエリーボックスが入っていた。この世界に来てから和柄っていうのは、オシャレ好きマイユさんの服でしか見てないからなんだか新鮮。環の頃から和風な小物が大好きで、チマチマ買い集めてたっけ。お父さんはそれを覚えていたのだ。


「でも、なんでくれたの?」


 仕事で行った先のお土産かなにかだろうか。そう思って首を傾げていると、お父さんはニヤリと笑い、それから周囲にいる人たちに聞こえるような声量で答えた。


「なんでって、今日はホワイトデーだからな!」

「ホワイト、デー……?」


 周囲にいた人たちにはわからないらしく、ザワザワと話す声が聞こえてくる。なるほど、ホワイトデーか。みんなにショコロンパイを配り歩いてから1ヶ月過ぎてたんだ。すっかり忘れてた。


「なんだか面白そうな話をしていますね、頭領ドン? で、ホワイトデーとは何かを教えてくれるのでしょう? これ見よがしにみんなの前でパフォーマンスまでして」


 と、横からシュリエさん登場。ニコニコと柔和な笑顔を浮かべているけど、私にはわかる。こ、この人ちょっと怒ってらっしゃる……! だというのに、お父さんはバレたか、と悪びれもせずに言ってのけた。


「俺とメグだけが知ってるイベントだからな。自慢したかったんだ」


 さらに胸を張って隠しもせずにそんなことをのたまった。うわぁ、自慢って。というか、それ自慢になるの? 私は腕を組んで思わず考え込む。


「随分いい性格してるじゃなぁい? で? 何なのよホワイトデーって! 教えて!」


 さらに、背後からずいっと間に割って入ってきたサウラさんは黒いオーラを纏っているように見えた。なんで? なんでそんなに黒いの背負ってるの!? やっぱあれかな、2人だけの秘密、とか言ってニヤニヤしてるのを見るのは、良い気分がしないから? なんだかごめんなさい!


「えと、バレンタインのお返しをしゅる日でしゅ!」

「あ、メグ、お前、バラしたな!?」


 居たたまれなくなった私はすぐさまホワイトデーの事を教えてあげた。やっぱりお父さんは教える気がなかったようだ。もう、意地悪なんだから!


「バレンタインって、確か好きな人にお菓子をあげる日だったよね。メグちゃん、前にみんなにショコロンのパイを配っていたもんね?」


 いつの間にか現れたケイさんが確認してきたので、そうです、と頷いてみせる。すると、なによそれぇ、とサウラさんが声をあげた。


「そのお返しをする日っていうのが決まってたってわけね。な、なによもーっ! そうならそうと言ってよ頭領ドン! とっくにお返しをプレゼントしちゃったわ!」


 そうなのだ。思い返してみれば、お父さん以外からは、バレンタインの次の日くらいにお返しをすでにいただいていたのである。だからこそ、余計にホワイトデーの存在を忘れてたんだよね。みんなが知らないのを良いことに、これ見よがしに見せびらかすお父さんの性格の悪さよ……!


「本当に、頭領ドンはそういう事を平気でやりますよね。すでに手を打った後に、自分だけはさらに良い手を後になって打つんです。いつもいつも……」


 ゴゴゴ、と音が聞こえそうなほどシュリエさんがご立腹しているように見える! 怖いっ! さすがにお父さんも笑みを引きつらせている。少しは反省したらいい。


「い、いいじゃねぇか! 娘との貴重な戯れだろ? 最近、特に忙しくて会えてねぇんだから、このくらい許せよ!」

「それとこれとは話が別ですよ」

「こうしちゃいられないわ! 早速お返しを考えなくっちゃ!」


 そう言ってからのみなさんは早かった。私が、すでにお返しもらってるからいらないです、という隙をこれっぽっちも与えない。これが、オルトゥスメンバーの本気……! というか、言ったらものすごく悲しみそうだったからもはや言えないけれど。


「まぁ、なんだ。あれだ……悪い」


 おそらくこの後、贈り物地獄となるのだろう。地獄ではなく天国ではあるけど、もらい過ぎてもその……全てを使いきれなくて申し訳なくなるのだ。あげたいだけだから、と皆さん気にしないみたいだけど、でもせっかくなら使いたいじゃない?


「いいよ。みんなの気持ちも、お父しゃんの気持ちも、うれしーし!」


 とまぁ、それがちょっとした悩みではあるんだけど、結局は嬉しいことに変わりないのだから問題なし! そう思ってニパッと笑って答えてみせた。お父さんは謝る相手を間違えていると思うけどね!


「大事にしゅる。お部屋のちゅくえに飾るね!」


 あと、正直に言えば、お父さんからのプレゼントはやっぱり嬉しい。このボックスに髪飾りとかブローチとか入れて、眺めてるだけでもきっと幸せだから。


「なら良かった」


 そう言ってお父さんはまた私の頭を撫でた。大きくて温かいこの手が大好きだ。ファザコン? いいの! 今は幼女だもの!

 それから、お父さんが早足で仕事へと戻っていくその背中を見送る。どうやら、仕事の合間に顔を出してくれたらしい。忙しいのにわざわざこのために来てくれた、というのがたまらなく嬉しくて思わずニマニマしてしまう。


「ふ、わぁ……」


 ひとり食堂に残されて静かになったところで、なんだか眠たくなってきた。お腹もいっぱいだし、そろそろお昼寝の時間だ。目を擦りながらとてとて自室に向かっていると、突如、浮遊感を感じて驚く。


「ふおっ!?」

「ああ、すまない。少し危なっかしかったから」


 奇声をあげた私の頭上から聞こえてきたのはギルさんの声。そのまま最大級に落ち着く居場所、ギルさん抱っこへと移行されたため、私の驚きに満ちた心情は一瞬で癒された。これこれ、この安定感たまらないー! でも、そんなに危なっかしかったかな?


「眠いんだろう? 部屋まで送る」

「でも、ギルしゃん、お仕事は?」

「少しくらい問題ない。気にするな」


 なにこのイケメン力。そう言われてしまっては素直に甘えるしか道はない。私は思わずえへへと顔を綻ばせた。


「……ホワイトデー」

「ふえ?」


 しばらく黙々と歩いていたギルさんがそっと呟いた。危うく寝落ちるところだったので、その一言に反応したものの変な声を出してしまった。

 腕の中でギルさんの顔を見上げると、やや困ったような恥ずかしそうな様子でギルさんが付け加える。


「何か、欲しいか……? あんまり色々もらっても、困るかと思った」


 私の気持ちを、理解した上で困ってたんだ……な、なんて良い人、なんて良いイケメンなの!? こちらの意思を汲み取って聞いてくれるなんて本当に優しい。私は思わずギルさんの胸に顔を擦り寄せた。トクントクンと、心地の良い音が聞こえてくる。


「そうやって、考えてくれるのが、しゅっごくうれしーでしゅ……」


 それだけを言ってからギルさんの顔を見上げて、笑う。ギルさんは驚いたように目を見開いてから、それはそれは優しい眼差しで微笑んでくれた。それから私の頭を自分の胸に押しつけるように抱え、ゆっくり撫でてくれる。さすがはギルさん。私の落ち着きポイントを理解し尽くしている。


「……それなら、何かして欲しいことはないか」


 そんな状態でそーんな甘やかす事を言ってくれるので、私は少し考えてこう答えた。


「……じゃあ、私が寝るまで、こうやって頭撫でてほしーでしゅ」


 このくらいのわがままならきっと許される。だって、私はすでに寝る寸前だし、ギルさんの時間も取らせないだろうから。

 案の定、お安い御用だ、と少し笑ったようにギルさんが答えてくれるのを聞き届けた私は、そのまま睡魔に身を任せて、幸せなお昼寝タイムを堪能したのでした。夢うつつに、もっとワガママを言ってもいいのに、というギルさんの声を聞いた気がした。




 こうして、お昼寝から目覚めてギルドのホールに向かった私が、色んな人たちからたっくさんの和風小物をプレゼントされたのは余談である。申し訳ないような、和風小物に囲まれて嬉しいような、複雑な気持ちであったことを、ここで告げておきます!

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