奴隷制度のその後


 感動の再会を果たした私たちは、まず説明をしてもらうため、部屋の中央にあるソファに座った。前に再会した時は血まみれのドロドロだったしねー。よく耐えたよ私。あれはかなり辛かったと今さらながら思う。


「アーシュ、てめぇ……」

「良いであろう? そなたらは普段、ギルドで共にいられるのだから。なぁ、メグ?」


 そして私は魔王の膝の上である。たまたま最後にハグしたのが父様だったからってだけなんだけど、まさか本当に取り合いが始まるとは思わなかった。リアル私のために争わないで、が実現してしまったよ……何となく微妙な気分だ。


「んー、もういいから話はじめてくれる? 頭領ドンだろうと魔王だろうとギルナンディオだろうと……安全さに差はないんだからさ」


 ついにケイさんがそう切り出した。全くだよ、話が進まないよこのままじゃ!


「……メグが転移した時、この人たちどんな大騒ぎだったんだろうって想像すると怖いんだけど」

「後で教えてあげるよ、リヒト」

「聞きたいような聞きたくないような……!?」


 そう言いながらもリヒトの呟きを拾って、脱線しないでケイさぁぁぁん!? ちなみにその件、私は聞かないと決めている。聞かないったら聞かない!




「じゃ、まずはお前らが1番気になってるだろう事から話すか。女冒険者ラビィ、本名セラビスら組織の人間たちは、今、この城の地下牢に収監されてる」


 本名セラビス、か。最後、ゴードンがラビィさんをそう呼んでたもんね。ラビィは偽名だったんだ。でも、ラビィの方が似合ってるもん……


「見張りの者や尋問した者たちの話からすると、奴らはみんな抵抗する気は一切ないそうだ。本人たちもそう言ってるってのもあるが……」


 お父さんはそこで言葉を切って、チラとギルさんに視線を投げた。


「見るからに抵抗できる状態じゃねぇ。ほとんどの奴らが髪を真っ白にさせてんだよ。あの時の話を聞こうとすると、ほぼ誰も答えられねぇ。よほどの恐怖体験したんだろうな。ギル?」

「……すまない。敵には加減が出来なかった」

「いや、誰も殺してないだけ偉いぞ。俺やアーシュならそうはいかなかっただろうよ」

「うむ、理性的であったぞ、ギル殿」


 そんな会話を聞いて私もあの時の光景を思い出す。恐怖で髪が白くなるって本当にあるの? 極度のストレスがどーの、色素がどーのって日本にいた時に何かで見た覚えはあるけど……それでも一晩で一気にとかはなかったと思うんだよね。

 ましてやあの時は一瞬だった。あの一瞬で、何人もが同じ症状を見せたのだ。何かしら魔力が動いて影響を与えたと考えるのが一番しっくりくる。ギルさんの、加減の出来なかった殺気が込められた魔力の放出……考えただけで恐ろしい。実際、目の前で見ちゃったわけだけどね!


「で、まだ症状の軽い連中から断片的に話を聞いて、ようやく組織の全貌がわかってきたってところだな。目的なんかも大体思ってた通りだった」


 目的は、私が考えていたので大体合ってたようだ。私たちを使って、魔大陸から魔力を持つ子どもを攫い、売ることで金儲け、と。計画に粗があったものの、結果として半分うまく行っていたのは国の落ち度だ、と皇帝は謝罪してくれたんだって。

 ちなみに、攫われてきた魔大陸の子達は、お父さんたちが既に親元へ帰してくれていた。特級ギルド「ステルラ」の人たちにも協力要請して、魔大陸から先は全部お任せしたという。ステルラは腕利き冒険者がたくさんいて、オルトゥスとは同盟を組んでいるから、頼んだら快く引き受けてくれたそうだ。一度行ってみたいギルドである。


 それから、組織の人間はまだ国中に散らばっているんだって。この組織はトップが捕まっても、誰かが代わりになるというようなシステムだったみたいだから、新たなボスが立ち上がって、行動する前に捕まえるよう動いてるらしい。

 今回はゴードンがトップで、2番手がラビィさん、みたいな立ち位置だったとか。だから、ほぼ壊滅に追いやられてはいるものの、放っておけばまた組織は拡大し、非合法な人身売買はなくならないのだ、とお父さんは話してくれた。


「我々も、この大陸の者も、腹を括らねばなるまい。そもそも、大陸間で人が行き来するのが良くなかったのだ。犯罪者を奴隷として、別大陸に島流しにするという古い風習から来ている、悪習慣に過ぎぬのだからな。いい加減、制度を改めるべきであろう。我は皇帝と、そういった話し合いを進めているのだ」


 そうだったんだ。昔からの風習が微妙に形を変えて今も続いてるってことなんだね。だからこそややこしくて、問題になっちゃったんだ。鉱山を通る犯罪奴隷が、そうかそうじゃないかを見極める術がなかったのも大きな問題だったけど……そもそも人の通行を拒否すれば間違いも起きないってことだよね。

 でも、それはそれでなんとなく寂しいな。それだと、リヒトは人間の大陸に戻ることになってしまわないかな? 鉱山ドワーフは対象外としても、人の交流がなくなるのは、大陸間の発展に大きな差が出て来そうだ。


 この世界規模で考えたら、魔大陸は全体の数パーセントでしかない、ちっぽけな存在なんだもん。あっという間に廃れてしまったりしないだろうか。長寿だし、有能だし、そんなことにはならないとは思うけど……やっぱり心配だ。私が、時代の移り変わりを何度も見てしまえるほど長命だからこそ、余計に気になる。


 しかーし、そんな風に考えていたのは私だけではなかった。よくよく聞いていると、どうやらお父さんも同じ考えだったみたい。さっすがお父さん! わかってるぅ!


「で、だ。俺は犯罪者の送り合いを止めるのは賛成する。その代わり、有能な人材を期間限定で留学させるのはどうかって思ってるんだ」


 留学制度! それいい! それなら、人間の大陸でたまたま生まれてしまった魔力持ちの子どもや、あまりあって欲しくはないけど、お父さんやリヒトのように転移してきた者たちなんかを保護できるよね! 魔術の使い方を勉強して、それを生かして人間の大陸で仕事をする。

 魔大陸側からは、人間の暮らしや物作りについて勉強しに行く、ってのもいいけど……なによりこの世界の広さを感じに行く、というのが1番大きいかもしれない。いろんな国に行って、いろんな文化に触れることで、新しい世界が広がったりするかも。魔術をあまり使えない生活、っていうのも良い経験になりそうだしね!


「当然、細かい決まりなんかは作らなきゃいけないだろうが。留学する者は試験に合格しなきゃいけねぇとか、資金だとか、留学中に世話する者もいなきゃいけねぇ」

「ふむ、学びのために行くのか。互いの文化を持ち帰って来られるのだな。実に有意義だ。奴隷より遥かに良いな」


 手形があれば、鉱山ドワーフにも区別してもらえるだとか、いつから導入するかだとか、決めることは盛りだくさんのようだ。父様はこの制度をいたく気に入ったようで、真剣にお父さんの話に耳を傾けている。おぉ、ちゃんと魔王してるよ!


「っと、つい話に夢中になっちまったな。これは皇帝も交えて話を詰めていくことにしよう。ってことでお前ら」


 パン、とひとつ手を打って、お父さんは話を切り替える。それから膝に腕を置いて身を乗り出し、優しい眼差しで私たちに言う。


「そろそろ、地下牢に会いに行こうか? リヒト、お前の恩人に」


 心の準備はいいか? と気遣うように聞いてきたお父さんに、リヒト、ロニー、私の3人は一度、目配せをしてから揃って頷いた。

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