作戦決行は突然に
ふと、覚醒する。あ、まだ牢の中にいる、私。案外気を失っていたのは短時間なのかもしれない。魔力切れで気絶したんだもんね。この魔術陣のおかげで早く魔力が回復したのかも?
あっ、ということは……今はロニーが魔力を流してる? 慌ててガバリと起き上がり、魔術陣の方に目を向けるとロニーが苦しそうに魔力を流していた。限界も近いかもしれない。
「ロニー!」
思わず声に出して呼ぶ。無理しないでって言っても無理させられてしまうし、名前を呼ぶしかできない。見ればリヒトも悔しそうに歯を食いしばってる。ロニーの次は、またリヒトの番だ。リヒトは回復出来たのかな。……ううん、まだ半分くらいだと思う。そう簡単には戻らない。
「メ、グ……大丈、夫……」
名前を呼ばれたロニーは、律儀にも私の方を見てにこりと微笑み、そんな事を言う。大丈夫なわけ、ないじゃない。
ショーちゃん、誰かに会えたかな? 途中で魔力切れになって倒れてないかな? 心配……だけど、ショーちゃんだけが頼りだ。
ううん、信じる。きっともうすぐ助けがくる。けど、もし何かがあった時のためにいつでも魔術を発動させる準備をしておかなきゃね。私とロニーは自然魔術だから問題ないけど、問題はリヒトである。
幸い、私たちは制御の魔道具を外される瞬間がある。転移陣に魔力を流す時だ。魔力を流し始める直前と、流し終わった直後にほんの僅かに隙がある。その瞬間を待つんだ。良いタイミングが来るのをじっと耐えて待たなきゃ。あと、少し……!
「チッ、こいつは1番短かったな。やっぱ魔力の量がこん中じゃ少ないのか。仕方ねぇ……また黒髪のを連れてこい」
そんな、いくらなんでも早いよ! リヒトはまだ回復しきってないのに! 引きずられるようにリヒトが転移陣の上に連れていかれるのを見ていると、反対方向ではロニーが牢の中に放り投げられていた。どうしよう……仕掛けるには、まだ早い気もする。
「本当に使えねぇなぁお前は、よぉっ!」
「っぐ……!」
「やめてっ! ロニーっ」
ロニーはもう牢に入ってるのに去り際にお腹を蹴り飛ばすゴードン。自分の思い通りにいかないからって、許せない! なんでそんな酷いことするの? 届かないことはわかっているけど、思わず鉄格子の間からロニーに向かって手を伸ばした。その時、ずっと隠れていた収納ブレスレットがキラリと光る。
「ん? 待て、それはなんだ?」
「痛っ、離して……!」
僅かな光を反射した事で、目敏くもゴードンが気付いてしまったようだ。私が腕を引くより素早く、伸ばされた私の腕を掴み、まじまじとそれを見つめている。
「随分良いものだなぁ? なんだお前、金持ちの娘かなんかかよ。売ればいい金になりそうだ」
これは、ダメだ! ギルさんがくれた、大事な大事なブレスレットなんだから。私とギルさんの、親娘の証。それに、盗難防止機能が付いているんだから、私以外には使えないもん。
「やめな、ゴードン。無駄だよ」
その時、声をあげたのは意外にもラビィさんだった。
「あの子が身につけてるアクセサリーは
え……? ラビィさんが、嘘をついている?
確かに本人以外は外せないけど、ただのお守りじゃないことは、よく知っているはずだよね?
「お守り、ね。だが、ただの装飾品だとしても良い値段するぞこれは。それに、外れない魔術はかけられてんじゃねぇか。魔道具ってだけでそこらへんのものより価値があるのは間違いねぇ。……おい、外せ」
ゴードンが腕を握ったまま私を睨みつけてそう言うので、怖くてどうしても声は出なかったけど、嫌だという意思を込めて首を横にブンブン振ってやる。
「どうせお前はここで一生を終えるんだ! こんなもの、いらねぇだろう!?」
絶対そんなことにはならないけど、もしも! 万が一そうなったとしても、これだけは絶対に渡さない! 私はひたすら首を振り続けた。
「じゃあ……腕ごと切り落とすか」
そう言って、ゴードンは腰に下げていたサーベルを、抜いた。私の腕は掴んだままだ。え、嘘でしょ……?
「な、何言ってんだい! 切り落としたら大量に血が出て、最悪死ぬよ!」
「はん、切り口を火で炙れば止血できるだろぉが」
「で、でも……! 体力が失われて使い物にならなくなるかも……」
あ、れ? ラビィさん、やっぱり庇ってくれてる……? ガタガタ震えながら横目でラビィさんを見ると、一瞬目が合った。
「そしたら回復するまで、坊主2人で回せばいい」
そう言って躊躇なくゴードンはサーベルを振り上げた。やだ……やめて、怖い……っ!
「や、やめろって、ゴードン……嘘だろ……?」
「やめろぉぉぉぉ!!」
ラビィさんが呆然と呟き、リヒトが叫ぶ。もう、ダメだ……! ゴードンがサーベルをを振り下ろそうとしたその瞬間、私はギュッと目をつぶった。
『ロツィヒロンド!』
ロニーが何かを叫ぶ声が聞こえた。思っていた衝撃もこないので、そっと目を開けてみると……予想外の光景が広がっていた。
「い、岩……?」
そう、気付けばゴードンや見張りの者たち、それからラビィさんも足元や腕が岩に飲み込まれて身動ぎ出来ない状態になっていたのだ。あ、もしかして、精霊の真名を? じゃあこれは、ロニーの自然魔術……?
「な、なぜこいつが魔術を使えるんだよ!? 魔道具の故障か!?」
そっか、この人たち、自然魔術のことを知らないんだ。自然魔術は、発動させる時に主人の魔力がなくても精霊が発動してくれるんだから。貯魔力とか、後払い制を知らないから驚いてるんだね。
でも、これだけの魔術を使ったから、ロニーの精霊はもうあまり魔術は使えないんじゃないかな。他に契約している子がいれば別だけど、今まさに魔力を流し続けたばかりのロニーは、もはや限界だと思う。予想外に早く作戦を決行することになってしまったけど……仕方ない。なるようになれ!
「シズクちゃん!」
『御意なのだ、
あらかじめ伝えていた簡単な魔術をシズクちゃんに発動してもらう。みんなすでにショーちゃんから事情を聞いていたみたいだから、理解もはやかった。本当に良い子達!
私の声に反応して、シズクちゃんが飛び出し、ウォーターカッターで繋がれていたみんなの鎖を切ってもらった。水の力ってすごいんだからね! 本当は怪我も治したかったんだけど……今は魔力が足りないし時間もない。鎖を切るのもそれなりに時間がかかっちゃうし。特に私とロニーの首輪。首元は特に慎重に、ってお願いしてあるのだ。うぅっ、シズクちゃんを信用してはいるけどドキドキである!
だから、治療は落ち着く時間が出来て、魔力回復薬を飲んでから、ってことで後回しである。優先順位つけるの、大事。
「うおっ、これ、メグの魔術か……?」
リヒトが驚いたようにスパッと切れた鎖を見て呟いている。説明はあと、あとー!
「今度はフウちゃん、お願い!」
『アタシにおまかせっ!
呼ばれて次に飛び出したのは、風の精霊フウちゃん。ふんわりと私とロニー、それからリヒトを風で包み、部屋の入り口近くに集めて運んでもらった。魔素のない空間ではここまでが限界。
やっぱり、貯魔力や後払いがあるっていっても、環境が悪いと精度も強度も低くなっちゃう。ほら、ロニーが放った魔術の岩も、少しずつ削られてついに壊れてしまった。本来の力が発揮できたら、もっと強度があるはずだもんね!
「ごめん……真名を使ったのに、あんまり、足止めにならなかった……」
「そんなことないよ! すごく助かったもん。ありがとう、ロニー」
これだけ広範囲に魔術を放ったんだから、仕方がない。ショーちゃんみたいに小出しに魔力を使えば長時間保てたりもするけど、大地の魔術は強い魔術を一気に放つことで魔力を使い切ってしまった。こればっかりは使う魔術によるもんね。
「やってくれたな……てめぇら?」
岩の拘束から解放されたゴードンが、サーベル片手に近付いてくる。後ろには力尽きて倒れてしまったロニー、そしてある程度回復したリヒトと、まだ心許ない私。
大丈夫。まだ打つ手はいくつかある。助けがくるまで、絶対に諦めないんだから!
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