予知夢


 結果的に、家主のゴードンさんは見た目がアレなだけで実は良い人でした。たぶん。


 愛想は良くないけど私たちのことを詮索しないし、わざわざお風呂も沸かしてくれた。私たちが順番にお風呂に入った後は、なんとお茶まで準備していてくれたし。これが良い人でなくてなんなのだ。

 まぁ、ラビィさんと2人で何やら内緒話はしてたけどね? でもそこはほら、大人だし。大人の話に首を突っ込むのは良くないからね。旧友ならなおのこと、2人で積もる話もあるはずだし。


 ただちょっと、ラビィさんが苦しそうな顔をしていたのが気になる。苦しそうというか、悲しそうというか……なんだか深刻な話をしている雰囲気もあって、余計に立ち入ることが出来ない。

 私たちのせいで、何か問題があったのかな……悩み事なら聞いてあげたいけど……自分たちに原因があるっていうのは大いにあり得るだけにしゃしゃり出る事も出来ない。うーん、もどかしいよう!


「ああ……そんな顔するんじゃないよ。気を使わせたね、ごめん」


 そんな私の考えすらもお見通しとか、ラビィさんには本当に頭が上がらないよ! 申し訳なさそうに私の頭を撫でてくれるけど、こちらこそだからね!? でも、ロクなことを言えない自分が憎い……!


「それともう一つごめん。今日はここに泊まらせてもらうことになったよ。断るのも悪いと思って勝手に決めちゃった」

「いいよ、そんなの! せっかく会えたんだもん。せめて今日はゆっくりお話しして?」


 両手を合わせて心底申し訳なさそうに言うものだから、つい拳を握りしめて言い返してしまった。もう、ラビィさんたら!


「そうだぞ、ラビィ。遠慮なんて、らしくないじゃねーか」

「僕たちも、明日までに、しっかり身体を、休めるから」

「あんたたち……」


 続いてリヒトもロニーも同じように言うと、ラビィさんは言葉を詰まらせた。心なしか目が潤んでる気もする。……なんだか、本当にらしくない。どうしたんだろう。悩み事があるから? 思わず心配になって顔を覗き込んだ。


「……メグ、久しぶりにお昼寝するといい。少し寝るだけで疲れも取れるだろうからね。あんたは特に、ここのところ頑張り通しだったろ?」


 ラビィさんは、そっと私の頭に手を置いてそんな事を口にした。ああ、きっと触れられたくないんだな。そう思って私は素直に言葉に従うことにした。でも、いつか話してくれたらいいな、なんてそんな事を思った。




『俺のせいだ……全部、俺が悪い……』


 夢だ。それも予知夢。最近ではそれがすぐにわかるようになったからハッキリとそう断言出来る。でも、これは……


『お前らは何も悪くない……! 何とかして、逃げなきゃ……』


 暗い部屋で、リヒトが両手両足を縛られて項垂れている。よく見れば私やロニーも身動きが出来ないみたいだ。……私たち、ここまで来て捕まっちゃうの!?


『リヒト、悪くない。……誰も、悪くない』

『そんなわけあるかよ! そもそも俺が……っ!』


 ロニーのフォローの言葉を遮って、リヒトは叫ぶ。だけどその言葉は最後まで言えず、リヒトは息を詰まらせていた。


『なんで……どうしてこんな事……』


 何だかその姿がとても痛々しくて、悲しくて。声をかけてあげなきゃいけないのに、夢の中の私もロニーも、かける言葉が見つからないみたいで黙っている。


 ダメだよ。何か、何か言わなきゃ。このままじゃ、リヒトの心が……折れてしまいそうだ。


 大丈夫、大丈夫だよ、リヒト。何があったのかはわからないけど、リヒトがそんなに責任を感じることなんてない。きっと何とかなる。だから、顔を上げて? ほら、夢の中の私! 声を出してよ────




「メグ、メグ! どうした? たぶんそれはただの夢だぞ!」


 目覚めると、昨日と同じ小屋の中。寝ていた部屋の窓からは月明かりが差し込んでいて、ほんのり薄暗い。夢の中の部屋とは違うし、私たちは捕まってもいない。そこまで確認してようやくほっと息を吐く。よかった、夢だった。ぽやっとしていたのだろう、私を見てリヒトが心配そうに顔を覗き込んできた。


「まだ寝ぼけてんのか? 結構寝てたもんな……魘されてたからちょっと心配したぞ? どんな夢みてたんだ?」

「え、えと……わ、忘れちゃった」

「何だよー。ま、夢なんてそんなもんか」


 ふっと笑ってリヒトは立ち上がる。それからそろそろ夕飯だぞ、と手を伸ばしてくれたのでその手をとった。……あったかい。リヒトはまだ、元気だ。


 そうだ、そうだよ。まだ私たちは捕まってない。見たのは未来に起こる事だけど、まだ起きてないんだ。

 どんな状況であんな事になるのかはわからないけど、心構えも準備も出来る。もしかしたら回避だって出来るかもしれない。……怖がってる場合じゃない。予知夢の事まではさすがにみんなに言えないから、ここは私が何とかしなきゃ! そう心に決めて、私たちは食卓へと向かった。


 着くとすでにみんなが食事を前に座っていた。後は私が来るのを待っていたらしい。なんかすみません……!


「ご、ごめんなしゃい! お手伝いもできなくて……」

「そんなもんいらん。ほら、さっさと食え」


 私が頭を下げて謝ると、ゴードンさんは素っ気なくそれだけを言い、自分の食事に手をつけた。態度は悪いけど、何だかんだ言っても今まで待っていてくれたんだと思うと気にならない。ラビィさんも苦笑を浮かべているから、たぶん誰にでもこうなんだろうなっていうのがわかった。


「でも、ずいぶんぐっすり寝てたねぇ。……夜寝れるのかい?」


 食事しながらラビィさんが少し心配顔で聞いてきた。自分ではそんな事ないと思ってたけど、やっぱり疲れてたんだろうなぁ。ということはたぶん、まだ寝れるはず。幼女だもん。寝る体力もたくさんある!


「寝れなかったら俺が話し相手になってやるよ!」

「僕も」


 パンとスープを頬張りながら、リヒトがからかうようにそう言い、ロニーがそれに続いた。ありがたいけど、そのニヤニヤやめてっ!


「寝てもらわなきゃ困るよあんた達……」

「何でだよ。俺はもうすぐ大人だし、少しくらい寝なくたって平気だぜ?」

「いや、それはそうかもしれないけど、あと一息ってところでぶっ潰れるよ?」


 ラビィさんが眉根を寄せて、リヒトの額を人差し指で軽くつつく。すると、その様子を見ていたゴードンさんが口を挟んだ。


「はっ、いらぬ心配だな。安心しろ、お前らみんなちょっとやそっとじゃ起きられないくらいぐっすりだろうからよ」

「なんでそんなこと、言える……あ、れ……?」


 突如、リヒトの身体が大きく傾いた。そしてそのまま床に倒れこんでしまう。


「リヒト!? どうし、た……の」


 すぐに立ち上がったロニーもまた、ぐらりと揺れ、同じように倒れてしまった。えっ何!? 何があったの……!?


「まさかゴードン……お前っ……!」

「……悪いなラビィ」


 ラビィさんが勢いよく立ち上がり、ゴードンさんに掴みかかった。まさか、ゴードンさん……裏切ったの? そんな……こんなに早く、あの夢のようになってしまうの!?


「ゴードン! ──って、──だろ!」

「ただの睡眠薬──。お前を──……」


 2人が言い合っているのを前に、私もどんどん意識が遠ざかっていく。おかしいな、さっきまで寝てたのに、またこんなに眠くなるなんて。睡眠薬って、こんなに効果があるものなの……? それとも、特別製……?


 完全に意識を飛ばす直前に、2人の怒鳴り合いと大きな物音が聞こえた気がした。

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