sideユージン2 後編


「……は? も、もう一度言ってもらえますか?」


 案の定、特別に連絡も入れていなかった俺たちは、門兵に伝えるのに手間取っていた。人間たちの間なら、有名どころのお貴族様はみんな見た顔であるのに対し、俺たちは初めて見る顔。警戒されても無理はない。だからこそ、まずは名乗るべきだろうとアーシュが前に出たんだが……


「我は魔大陸を統べる魔王、ザハリアーシュだと言っておろう。名さえも聞いた事はないのか?」

「い、いえっ、その、名前は聞いた事があるのですが……」

「ふむ、やはり信用出来ぬか。とは言っても魔王たる証など持ってはおらぬからな……やはり威圧か? ユージンよ」


 気は乗らねぇが、もう面倒臭ぇし、それしかないかと思ったところで、アドルからのストップがかかった。


「魔王様、半魔型になってはいかがですか? 人間は目に見える変化の方が信じてもらいやすいと聞きます。よくわからない圧を感じさせるより余程良いと思いますよ」

「ふむ。なるほど。門兵よ、それで良いか?」

「えっ、あっ、はい、えぇっ……!?」


 そうか、アーシュたちは半魔型になれるんだったな。俺がなれないから盲点だったぜ。アーシュは門兵の返事を聞く前にさっと半魔型へと姿を変えた。


 ……そういえばアーシュの半魔型って初めて見るな。基本的に魔力が漏れ出してしまうのを防ぐために人型でいることが多いからなぁ。周囲の魔力持ちにとっちゃ、半魔型でもアーシュの魔力を浴びて萎縮しちまうし。魔物型は馬鹿でかい龍になるから、人間だろうが卒倒しちまうし。完全に外へ漏れる魔力を封じるのが人型形態だったからすっかり忘れてた。


「む、久し振りにこの姿になったが、違和感しかないな」

「……普通、魔力を押し込める人型の方が苦しいので、半魔型は楽になるはずなのですが」

「慣れとは恐ろしいものよ。我はどちらかというと、いつ魔力を暴走させてしまうか気が気ではないぞ」

「そこは抑えてくれよ、アーシュ」


 半魔型のアーシュは頭部から角を生やし、顔や腕など、皮膚の所々が鱗で覆われている。太く長い尻尾も生えてて時折シュルシュル動くのが少し面白い。竜型亜人との違いはあんまりなさそうだ。アーシュは龍だもんな。


「あっ、わ、ほん、もの……!? すっすみません! すぐ城の方に確認して参りますので!! しっ暫しお待ちくださいっ!!」


 門兵は慌てたようにそれだけ言うと、すぐに門内へと駆けて行く。おいおい、俺ら放置していいのかよ。勝手に入ったり暴れたりしたらどうする? そんな事しないし、いてもいなくても変わんねぇけど。


「亜人ということがわかっただけで、魔王という証明までは出来てないんですけどね……」

「……まず魔に属する者が珍しいんだろう。そんな反応だった」


 アドルの言葉にギルが呟く。この大陸に亜人が来ることなんか滅多にないからな。魔物が暴走した時でさえ大陸までは超えなかったし。というか、超えられない、が正解だが。あの戦争の時は、この大陸でも数少ない奴隷の亜人が暴れた、と以前聞いたことがある。ま、それも一部の人物が知ってる程度で、一般的に亜人を見る機会なんざないって事だ。


「だな。ギルやアドルが半魔型になっててもあんな反応したかもしれねぇ」

「いや、流石に私たちは鳥型ですし、そこまでではないでしょう」


 そういや、アドルは見たことあるがギルの半魔型は見たことないな。そう思ってチラとギルを見たんだが……


「ならないぞ? 魔力が無駄になる」

「考えを読むなよ……」


 俺やアーシュよりは少ないがかなりの保有魔力量なくせに、ギルはどこまでも真面目な男だ。ほんのわずかでも節約するとは……ま、これからメグの捜索が始まるわけだし、魔力を温存するに越したことはないのは確かだな。


 そうこうしている間に、どうやら先ほどの門兵が戻ってきたようだ。軽く息を荒くさせているが、おいおい運動不足か? 大した距離じゃない癖にその程度で息を切らすなんて……いや、俺も普通の人間ならそうかもしれない。でも門兵だし、もう少し鍛えてほしいものだ。


「と、とりあえずここはお通しします……ですが我々末端の人間には荷が重すぎて……通った先に中央騎士団の団長と、率いる騎士団員数名が城まで案内いたします。その間に団長に説明していただけると……」

「ああ、人間は魔術や魔道具で上に声を届けることは出来ぬのだな。なんとも不便であるな」


 わざわざ何度も色んな人物に説明しなきゃならない事に眉根を寄せるアーシュ。あぁ、確かに面倒だよな。だけど、伝言ゲーム形式で伝えられるのも、途中で話が変わりそうだしなぁ。


「それだけじゃねぇぞ。人間ってのは上に立つ者と、直接話が出来るって事自体が難しいんだ。魔王と違って上に立つ者が強いやつってわけじゃねぇからな。直接話しに来て、襲われるって可能性もあるんだ」

「む。刺客ならば、我も日常茶飯事であるが、対抗手段がないと簡単に命を取られてしまうのだな?」

「だから護衛の騎士団とかがいんだよ。確か国を守る騎士団と、トップの王族を守る騎士団と、それぞれあったと思うぞ。だよな?」


 俺が確認のために門兵に尋ねると、慌てたようにそうです、と答えた。城に案内するのは国を守る方の騎士団長で、城についたら王族を守る騎士団も増えるんだってよ。クソ面倒臭ぇ。


「で、では私の後に続いてお通りください。あ、見えますでしょうか。あちらの先頭に立っている者が騎士団長、フリードです」


 門を開いてもらい、すぐ門兵の後に着いて行くと、数歩と歩かないうちに門の内側の景色が目に入る。赤を基調とした鎧を着た男が5人ほど並んで立ち、その前に一際身体のゴツい男が姿勢良く立っている。そいつが団長なんだろう。


「フリード団長、この方々が魔王様と供の方です」

「ああ、ここからは俺が引き受けよう。業務に戻ってくれ」


 門兵が騎士団長に声をかけると、騎士団長の低めの声が簡単に指示をだす。すると、門兵は団長、そして俺たちに頭を下げ、元の場所へと戻って行った。にしてもお供の方って。確かに名乗ってはいないけどよ。


「お待たせ致しました。まずは今一度名乗っていただいてもよろしいでしょうか。これも決まりですので」


 騎士団長は軽く目礼した後、すぐに形式張った言葉を続けた。アーシュやギルは何とも不思議そうな様子を見せている。こういった習慣は魔大陸ではあんまりないもんな。大抵纏う気や魔力で相手の事がわかったりするし、同じ所属なら誰かに言えば皆にすぐ伝わるんだから。


「うむ、よくはわからぬが決まりならば仕方なかろう。我は魔大陸を統べる魔王ザハリアーシュという。この国の皇帝に問いたい事があってきた」

「魔王様、直々に、ですか……」


 大陸のトップに立つ者が直接足を運ぶなど、人間にとっちゃ、ありえないよな。護衛のようなお供も3人だし。実際は護衛なんかじゃねぇけど。

 騎士団長の瞳には、少し疑惑の色が浮かんでいるのが見えた。そうなるとは思ったけどな。ここでようやく俺は口を開いた。


「俺は、ユージンだ。先代皇帝とは顔馴染みなんだが、言い聞かされてないか? 俺が訪ねてきたら、話を聞いてやれ、と」

「! ユージン様……! か、確認のために、先代の名を……」

「イーサンだろ?」

「……『トルティーガは闇の中』?」


 おっ、流石団長。国のトップしか知り得ない合言葉を知ってやがる。小声で俺に耳打ちしてきた。


「『民の道標となる光であれ』。皇帝に合わせてくれ」

「……確かに聞き届けました。必ずやお連れいたしましょう」


 騎士団長、フリードはここでようやく頭を下げた。背後の団員も揃って頭を下げる。俺の背後では、事情を説明しろという視線が突き刺さっていた。わぁったよ! 後で話すよ!

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