黒髪の少年
ただ呆然とするしかなかった。真っ白な世界が続いて、少しずつ白が晴れていく。その先に見える景色が今さっきまで見ていたものと全く違うのが雰囲気ですぐわかった。
転移したんだ……20年この世界で生活してきただけあって、魔術的な現象には耐性が出来てたからすぐに理解したけど……混乱しないとは言ってない。
こ、ここはどこなの……!?
それなりに広い部屋の中心に私はいて、周囲には私を取り囲むように人がたくさんいる。部屋に飾られた絵画やカーテン、絨毯などは高級そうだと一目でわかり、私を見下ろす人たちは、服装からかなり身分が高そうな印象を受けた。
何より衝撃的なのは、全員人型だという事だった。──嫌な予感がする。でも、考えたくない。
「お、おい……なんだよお前ら……ここはどこだ!?」
すぐ近くで聞こえたその声にハッとして顔を向ける。見れば部屋の中心でこの状況を把握していない人物は私だけではなかったようだ。私と同じように座り込んで不安そうにしている人が他に2人いたのだ。どちらもまだ成人前のように見える。
1人は黙ったまま身動ぎ1つしないで固まる、赤茶色の長い髪を簡単に結った少年。人間でいうと12歳くらいだろうか。そしてもう1人は、今声を上げた黒髪の少年。人間でいうと14歳くらいかな……少年から青年へと移り変わるそんな微妙なお年頃に見える。見た目なんて当てにならない事はよく知ってるからなんとも言えないけど。
けど今はそれどころじゃない。私は、黒髪の少年から目が離せなくなっていた。
「突然呼び寄せてしまってすまなかったね。なに、危害を加える事はしない。少し話を聞いてもらえないかな?」
私の動揺をよそに、取り囲む人の中から一際身分の高そうな身なりをした男性が私たちに声をかけた。
「えっ、あ、お前……ノット大臣……?」
「おや、私を知っているんだね。君はこの国の民なのかな」
「……そうかもな」
私が目を離せない黒髪の少年は、この人たちのことを知っているようだ。何が何だかわからないけど、今は黙って情報を集めることに集中しよう。私だってオルトゥスのメンバーなんだもん。いかなる状況下にあっても、慌てず冷静でいなきゃ。……心臓の音はうるさいし、身体は小刻みに震えるけど。
「まずは訳がわからないだろうから説明させてもらうよ。君たちが今ここにいるのは……」
ノット大臣と呼ばれた男性がこの状況について話そうとしたその時、黒髪の少年が立ち上がりその言葉を遮った。
「し、知ってるぞ! お前ら王族は、魔力を多く持つ者を集めてるんだって!」
少年がギリリと拳を握りしめている。その目つきは恨みさえこもっているように見えて、なんだか怖い。
怒りからか恐怖からか、少年の身体は小刻みに震えていた。
「そういう希少な存在を集めて! 使い潰すんだろ!? 売りさばいたりするんだろ!?」
「……君は一体どこでそんな情報を聞いたんだい?」
「そんなの、みんな知ってる事だ!!」
「……ふぅ。まずは落ち着いてくれないかな。それから、君は言葉遣いがあまり良くないね」
穏やかに微笑んだままの大臣さん。だからこそ何だか底知れないものを感じて怖い……けど、言葉をかけられた少年は話をほとんど聞いてないように見えた。彼は周囲を見回して……そこでようやく私は少年と目が合ったのだ。やっぱりだ。やっぱり──
「こんな幼い子まで……何のつもりだよ!」
「落ち着きなさい。君は混乱しているんだよ。まずは私たちの話を……」
──黒髪の少年は、どう見ても日本人だった。
いや、この世界にも日本人のような顔つきの人種がいるのかもしれない。だけど、お父さん以外で久しぶりに見た同郷の顔に、私は動揺を隠せなかった。
「手を出せ!」
「ふ、ふえ……?」
少年の話は聞いていた。彼の様子から、今の状況がなんだかヤバそうだというのもわかった。だけどとにかく一気に押し寄せた思わぬ出来事の数々により、私の5歳児程度の脳では処理しきれなかったのだ。だから差し出された彼の手にもすぐ反応出来なかった。
「ああもうっ! ほら、そっちのお前も手ぇ出せ!」
「う、あ、え……?」
でも、同じように手を出された赤茶色の髪の少年も私と似たような状態だったから、私がボケっとしてるわけじゃない……と思いたい。
やや苛立ったように、それでも私ともう1人の少年の手首をしっかり握った黒髪の少年は、突如魔力を練り始めた。
「待っ、君! 待ちなさいっ!!」
すごい魔力だ……オルトゥスメンバーに負けてない気がする。たぶん私よりずっと多い。そんな魔力の放出にただ呆気に取られる。
「なにするの……?」
不安になって、思わずそう問いかけると、黒髪の少年はチラとこちらに目を向け、ニッと笑った。その笑顔は無理矢理作られたような笑顔だったけど、私を安心させようとしてくれてるのが見て取れた。
「ここから、逃げる!」
「へ?」
私たちの足元に何やら魔法陣が浮かび上がった。ついさっきのと、似てる……?
「空間魔術、転移!」
少年がそう叫ぶと、再び私は眩しい光に目を瞑る事になった。私たちを取り囲んでいた人たちが慌てたように声を上げていたけど、何を言っているのかは聞こえない。
そしてそのまま、白い世界へと飲み込まれていった。
そうして光が収まった瞬間、感じたのは浮遊感。……浮遊感!?
「いっ……!?」
それはほんの1メートル程の高さだったと思うけど、突然空中に放り出されたら受け身なんか取れない。オルトゥスのみんなじゃあるまいし! 私は重力に逆らう事なくドシンと地面に尻餅をついた。
「いたぁぁぁいっ!」
「ばっ、静かに! 大声出すな!」
涙声で思わず声を上げると、先程の黒髪の少年が慌てて小声で怒鳴り、私の口を手で塞いだ。
「そんなに遠くまでは転移出来ないんだ。自分以外に2人も連れてたし……だから見つかるかもしれない。静かに出来るな?」
「むぐっぐ!」
私は聞き分けのいい幼女。ちゃんと首を縦に何度も振って返事をすると、ようやく少年は手を口から離してくれた。ぷはぁ。
「悪かったな、痛い思いさせて。俺、魔力は馬鹿みたいに多いんだけど、まだ使い方は下手なんだ。着地に失敗しちまった。お前も、大丈夫か?」
「あ、ああ、大丈夫……」
そう言って小声で黒髪の少年が問いかけると、赤茶色の髪の少年も戸惑いながら返事をした。
「あの、ここはどこなんでしゅか……? 何でこんな事に……何か知ってるんでしゅか?」
先程のやり取りから、この少年は少し事情を知っているようだったから、思わず問いかける。すると、少し驚いたように私を見て、それから申し訳なさそうに笑みをこぼしながら少年は答えた。
「そうだよな。わけわからないよな。お前は? やっぱりわけわかんねぇかな?」
問われた赤茶色の髪の少年も戸惑いながら頷く。良かった、何もわからないのは私だけじゃないみたいだ。
「俺もあんまり詳しいことはわからないんだけどな。知ってることは教えてやる。でもその前にここを離れよう。いつ追っ手がくるかわからない」
少年の言うことは最もだ。まずは落ち着ける場所にいかないと話もろくに聞けないよね。私たちは互いに頷きあい、ひとまず移動するために立ち上がった。
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