シェルメルホルンの独り言


 私は幼い頃から人の心を読んで生きてきた。


 いや、読みたくて読んできたわけではない。制御の出来ない幼い頃は、勝手に脳内に響いてしまっていたのだ。


 元々出生率の低すぎるハイエルフ。そんな中で私は姉と共に母親から生まれてきた。双子と呼ぶのだそうだが、あまり関心はない。しかしそのせいで産みの母は亡くなったと聞いている。

 常に頭痛により大泣きしていた私は手がかかる赤子だったそうだ。一方、姉のマルティネルシーラは赤子の頃から大人しく、あまり手のかからない子だったという。


 後に、私の頭痛の原因が特殊体質によるものだとわかるまで、私は病弱な赤子でいつ死んでもおかしくないとされてきた。おかげで常に人が看病におり、勝手に流れてくる思考のせいで余計に頭痛を引き起こす。悪循環だ。

 そしてようやく理解されたところで、私は部屋に引きこもる生活を始めた。やっと訪れた平穏に、未だ嘗てないほど安堵したのを覚えている。


「シェル、私なら貴方の悩みを解決出来ると思うの」


 マーラにある日そんなことを言われた。何でも、マーラの特殊体質により、1つだけなんでも願いを叶える事が出来ると言うのだ。なんという反則級の体質。嫉妬の心が私を襲った。だが、利用できる。

 人と離れて過ごすことで軽減されてはいたが、どうしても流れてくる思考に頭痛が消えることはない。私はこの頭痛からいい加減解放されたかったのだ。


「この特殊体質を、自分の意思で自由に使いこなしたい」

「わかったわ」


 こうして私はこの日から、好きな時に人の考えを読み、読みたくない時は聞かなくて済むようになったのだ。生後300年ほどの過ぎた頃である。


 そこからさらに500年も経つ頃には、郷の者たちも私に心を読まれない術を身に付け始めた。皆が皆ではないし、常にというわけでもなかったが、私は何故かそれが面白くなかった。不思議なものだ。あれほど嫌だった能力なのに、いざ読めないとなると惜しい。その頃から私は、いつか族長となった時の為に、皆が反抗して来ないよう手を打つ事にした。


 ほぼ同じ頃、私はハイエルフ以外の種族がいる事に疑問を持ち始めた。何故、世の中はハイエルフだけではないのだろうか。それはおそらくハイエルフだけが尊い存在で、誰より神に近いからだ。だからこそ数も少ない。では、全ての種族の中で最も偉いのは我々だ。神が我らを神に戻さないのは、きっと他種族が我らに従っていないからだ。我らへの信仰が足りていないからだ。そうに違いない、と。私はそんな考えに取り憑かれた。


 それなのに。

 なぜ、ハイエルフ以外は外の世界で自由に生きている?

 なぜ、他の種族は功績を残したり王と崇められる者が存在するのか?

 我々が偉いはずなのに、何故?


 そう思えば思うほど、憎らしくて堪らなかった。




 永きに渡ってそんな思考に染まり、行動してきた。そうしてある日見つけた都合の良い存在の子ども。血筋こそ穢れていたが、魔物を統べる才能を秘めたハイエルフは利用出来ると思った。何としても手中に収めたかったのだ。

 あと少しで手に入るというのに、それは叶わなかった。他でもないその出来損ないハイエルフの子どもによって。偉そうに説教をする幼子。顔を真っ赤にしてこの私に抗議する姿は滑稽にも見えた。


 だが。その子どもの思考を読んで、私は初めて感じる妙な感情に襲われたのだ。


『戦いたくない。だって、私のおじいちゃんだもん……!』


 馬鹿か、と笑い飛ばしてしまうような内容だった。この娘が心の底から本気でそう思っているという事に呆れもした。散々酷い目に遭わされ、危険な目に遭わされ、罵倒されているというのに、どこまでも愚かだと。


 そう。とても愚かだ。


 私は、全てがどうでも良くなってしまった。愚かな幼子の心に触れた事で、あろうことか満たされてしまったのだ。だが、それを認めたくはない。何がおじいちゃん、だ。馬鹿馬鹿しい。


 しかし、毎年イェンナリエアルの墓前に花を手向ける際に持ってくる菓子が美味い事だけは認めてやらなくもない。




「あら、シェル。珍しいわね外を歩くなんて」

「……たまには外の空気を吸うくらいはする」


 ごく稀に森を1人で散歩するのだが、今日はマーラが来る気配があった為それに合わせて外に出た。しかしそれは言わない。あくまでここで出会ったのは偶然なのだ。


「……ギルドはどうだ」


 そう。黙っているのも妙だと思うからこそ、あえて話題を振ってやった。マーラよ、ありがたく思うがいい。


「ふふ、そうね。大きな問題もなく回ってるわ。小さな問題は日常茶飯事だけれど」


 私が運営していた特級ギルド、ネーモは潰れたものの、今やネーモを基盤にしたギルドをマーラが主となって運営しているらしい。メンバーはほぼ変わらず、システムだけが大きく変わった新しいギルドだ。出来てまだ20年程だが、既に上級の称号も間近だと聞いた。恐るべきスピードと言われているが、マーラが運営しているのだ。当たり前といえよう。そう遠くない未来に特級の称号もすぐ得ることだろう。


「その口振りだと、小さな問題など取るに足らないようだな」

「そうね。ほとんどはラジーが対応してくれるから。あの子はいい子よ。いつも助かっているの」


 ラジエルドか。奴は1度実力を認めた相手を鬱陶しいほど崇拝するからな。鬼族は野蛮で粗暴だが、力で捩伏せさえすれば扱いは簡単だ。まぁ、それが簡単にいかないのが普通だが、我らハイエルフにかかれば造作もないことよ。マーラもこのおっとりした見た目でやる時はやる女だからな。


「いつか、シェルも見においでなさいな。皆も喜ぶと思うわ」

「……嫌がるの間違いだろう」


 私は自分が周囲からどう思われているのか理解している。故にもう関わりたいとは思わない。頑固ね、とマーラが頰を膨らますが関係のない事だ。


 だが、まあ。

 常に情報収集をする事くらいは、趣味として続けようか。


 マーラとの話を終えたとばかりに、私はさっさと歩いて自分の縄張りへと戻って行く。少し読んでしまったマーラの思考が、仕方のない弟だと幼子でも相手にするかのようなものだったのが気に食わない。

 まったく、いつまでも子ども扱いするのはマーラくらいだ。鬱陶しい姉を持つと苦労する。帰ったらのんびりハーブティでも飲むとしよう。

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