白き聖域
「話をする前に聞いておきたいのだけれど良いかしら?」
マルティネルシーラさんは話の始めにそう確認を取った。今話の主導権を握っているのは彼女なので、否やを言う人はいない。皆がそろって首を縦に振る。
「外の世界、あぁつまり、ハイエルフの郷の外って事なのだけれど。あなた達の住む世界では、ハイエルフというのはどういった認識なのかしら。ある程度わかっているから、嘘偽りなく教えていただきたいの」
それはつまり、ハイエルフがあまり良くない印象を持たれている事は知っているという事なのだろう。代表してクロンさんが答えてくれるようだ。うん、彼女の冷静さはこの場では適任だと思う。
「そうですね。ハイエルフは排他主義者の集まりで、他種族を受け入れようとせず、縄張りに侵入しようものならすぐに排除する非情な種族だという認識です」
「歯に衣着せなさすぎであるぞ、クロン!」
クロンさんは直球すぎました! ギルさんやニカさんまで少し慌てている。貴重なものを見せてもらったよ!?
「あらあら、いいのよ。ハッキリ言ってもらえるのはありがたいもの。それに、予想通りだったから」
こちらの焦りを余所に、マルティネルシーラさんはコロコロと楽しそうに笑った。なんて心が広いんだ。いや、表向き穏やかなだけで内心はって事もあるから……でもそんな風には感じない。なんとなくでしかないけど。
「噂というのは不思議なものね。最初は噂に過ぎなかったけれど、それが本当になってしまったもの」
「本当に……? では、ハイエルフの方々はやはり他種族を良く思ってないのですか?」
クロンさんのまたしても直球な物言いに、気を悪くすることはなかったけれど、ほんの少し悲しそうに違うのよ、とマルティネルシーラさんは呟いた。
「事実を言うならば。私たちは他に干渉しようとしていないだけ。結界があるのだもの。同じハイエルフか、一度でもここに訪れた事のある者以外は絶対に辿り着けない仕組みになっているのよ? わざわざ危険もないのに攻撃を仕掛けたりしないわよ?」
言われてみれば確かにその通りだ。よほど他種族を嫌っていたりでもない限り、平和な暮らしを脅かすような真似を自分からすることは普通ならないよね。この結界があるから侵略される恐れもないし。
「でも、北の山に入ると監視されているのを感じましたし、ここに近付くにつれて敵意も感じましたよ?」
そしてクロンさんの言うこともまた本当。干渉する気がないならなぜそんな事をするのか。矛盾している気がするのだ。
「それが、族長の意思だからよ」
族長の意思……つまり、シェルメルホルンの決めた事だからって事かな?
「逆に言えば、族長だけが他種族に干渉しているの。私や他のハイエルフは、誰も関心すら持っていないのにね?」
「それは、つまり他のハイエルフたちは他種族に関心がない、と言うことですよね? でも、私たちを受け入れて、貴女は関わろうとしてくださるのは何故です?」
確かに関心がないのなら、こうして私たちを郷に、しかも家にまで招いて話そうとなんかしないはず。それなのにこの人は自ら色々と教えてくれているようでもあるもんね。そんな疑問にクロンさんは切り込んでくれたわけだけど。
「そうね、私も何もなければあなた達と話そうとは思わなかったと思うわ」
そう言ってハーブティを一口飲んだマルティネルシーラさんは一呼吸置いてこう告げた。
「他ならぬ、イェンナリエアルから頼まれたからよ。もしもあなた達のような者が訪れたら、話をしてあげてほしい、と」
「……イェンナは、なぜ自分で話さぬのだ」
何だか、嫌な予感がしてきた。きっと、この場にいるみんながふと脳裏に過ったんじゃないかな。
マルティネルシーラさんはそこでようやく椅子から立ち上がると、扉の方へと向かってこう言った。
「案内しましょう。イェンナリエアルの元へ」
ついておいでなさい、と柔らかく微笑んだマルティネルシーラさんは、そのまま振り返ることなく外に出て歩き始めた。
私たちは無言で、その後ろ姿を追ったのだった。
「ここよ。綺麗な場所でしょう? 白き聖域と呼んでいるのよ」
ハイエルフの郷の中でも最も空気が澄んでおり、魔力も満ち溢れた場所なのだと説明されたそこは、小さな泉を中心に真っ白な花が咲き誇る神聖さを感じさせる場所だった。
そして、所々に並ぶ————墓石。その一際新しいであろう真っ白な墓石にはこう刻まれていた。
〈誰よりも美しく勇敢なハイエルフ イェンナリエアル ここに眠る〉
やっぱり、亡くなっていたんだ……
「イェンナ……そんな」
魔王さんがフラフラとその墓石に歩み寄り、両膝を地につけた。あまりにも痛々しく見えたその背中に、誰も声をかけられずにいた。
「魔王との間に出来た子の出産。リスクは心得ていたでしょう? あの子だから、産んだ後も数年生きていられたの。貴方には知られたくなかったそうよ。でも、私は知って欲しいと思うから伝えたわ」
項垂れた魔王さんは反応を示さなかったけれど、ちゃんと聞いているんだろうな。握りしめていた拳に、微かに力が込められた気がしたから。
「本当はね、もう少し長生き出来たはずなの。今も生きていたと思うわ」
「……何故」
マルティネルシーラさんの言葉に、絞り出すような魔王さんの一言。悔しさと怒りが込められているような声色だった。
すると、マルティネルシーラさんは私の方に身体を向けた。それから近付いてくると、私に目線を合わせて屈み、私の頰にそっと手を触れる。
「貴女を守るためよ、メグ。母親として、イェンナは自らの命を削る覚悟で貴女を守ったの」
「私の……」
私のせい、と言いかけたところで、綺麗な人差し指が私の唇に当てられた。マルティネルシーラさんだ。にこりと微笑み、私の言いかけた言葉を訂正する。
「貴女のため、よ」
「私の、ため」
「そう」
私のせい、と私のため、では大きく意味が異なる。それをこの人は分かっているんだ。つまり、イェンナさんは自分でそう決めて、後悔はしなかったって事になる。そして、後々私が自分を責めないように、こうして暖かい言葉をかけてくれて。
「くわしく、教えてくだしゃい……」
ほろほろと流れる涙を止める事も出来ずに私はそうお願いした。ちゃんと知りたい。私の産みの母親が、どうやって私を守ってくれたのか。そして、なぜそうしなければならなかったのか、ちゃんと知りたいと思ったのだ。
柔らかな手が私の頭を撫でる。白い綺麗なハンカチが背後にいる大きな手から渡される。
私が今、こんなにも幸せを感じられるのは、きっとイェンナさんのおかげなのだから。
「貴方も、ちゃんと聞いてくださるかしら?」
マルティネルシーラさんは、魔王さんの背中にそう呼びかけた。数秒置いて、ようやく立ち上がった魔王さんは、その表情に悲痛さを携えながらもしっかりとした口調で返事をする。
「……お聞かせ願いたい。よろしく、頼む……」
しっかりと頭を下げて頼むその姿は、何かを必死で堪えているみたいだった。
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