モフモフ天国
「んー……」
夢も見ずに熟睡した気がする。たくさん泣いて寝たからかな、心が軽くなったような感覚があった。
「起きたのか。まだ寝ていてもいいんだぞ」
すぐ近くでギルさんの声がしたので上半身を起こして声の方を見ると、心配そうな顔をしたギルさんと目が合った。
「だいじょぶでしゅ! もう、元気でしゅよ!」
笑顔を作って両手で拳を握って宣言。これは強がりでもなんでもなくて、本心だ。そりゃ、まだ受け止めきれてない事実ではあったけど、焦る必要はないと思うから。たくさん泣いて、取り乱して、それから短時間とはいえぐっすり寝たんだもん。久しぶりに感情を爆発させる事が出来て、本当にスッキリしたのだ。
「……はぁ。まったく」
仕方のないやつだ、と言葉が続きそうなギルさんのため息だった。困ったように微笑んで、いつものようにポンポンと頭を撫でてくれる。
環の時は、仕事が忙しすぎてそろそろ倒れたいと思うのに倒れることも出来ない頑丈っぷりだったけど、この身体は幼児ということもあって本当によく倒れてしまう。気をつけなきゃって何度も思ったはずなんだけどな。けど、ここまで心に負担がかかる事実がポンポン浮上してたら寝込むのも仕方ないでしょ! そうだ、私は悪くないぞ! たぶん!
「パパ、お腹すいたでしゅ」
きゅるるとお腹がタイミング良く鳴った。気持ちがスッキリしたからかな? せっかくなのでギルパパに甘えちゃおう。
「パパ、か。お前には、本当の父親がいたわけだが、まだ俺が父親でいいのか?」
あ、そうか。ギルさんも気にしてくれてたんだね。少し不安げで寂しそうな表情は初めて見たよ。でもそれがなんだか嬉しかったりして。
「ギルしゃんはパパでしゅ。父しゃまは、父しゃまなんでしゅ」
あれ? なんか言葉にしたらまとまりのない変な感じになっちゃったけど……伝わったかな?
「……ふっ、そうか。なら、いいんだ」
伝わったかどうかはわからないけど、ギルさんが笑ってくれたから良しとしよう、うん。
「チビ、こっちに来い」
ギルさんと共に早めの夕食を摂るためホールに降りると、腕を組んで椅子に座るレキにそう呼び止められた。だから君はなんでそんな不機嫌そうな顔なの。デフォ?
「レキ?」
「簡単な診察だ。ルド医師は今忙しいからな。ほら、さっさと来い」
あーなるほど。私が過呼吸起こしたからかな。でももう大丈夫だと思うんだけど……そう思ってるのが顔に出てたのか、レキは一層不機嫌そうに眉を寄せた。
「……大丈夫かどうかは僕が判断する」
「う、あい。よろちくお願いしましゅ……」
そ、そんなに顔に出てるのかしらん?
レキの診察はすぐに終わった。これといって異常はないそうだ。大丈夫だと思ってはいたけど、そういう診断が下されるとやっぱホッとするね!
「だが、精神的に少し疲れているな。……仕方ない」
そう言うやいなや、レキは突然その場で魔物型に変化し始めた。うぇぇぇぇ!? 小柄な少年だったその姿は、虹色に輝く毛並みを持った、それはそれは美しい狼の姿へと変わる。レキの虹色の毛が全身にー! しかも、モフモフ……!?
『こっちに来い。僕の魔物型の時の毛皮は傷を癒す力、特に心の傷を癒す力を持つ。しばらくの間僕に寄りかかって座れ』
な、な、なんですと? それ、ものすごく素敵な生きてるソファじゃない……? 今すぐダイブして飛び込みたい衝動をどうにか抑えて、恐る恐るレキに近付く。人型だと小柄な少年だけど、魔物型になるとやっぱり大きいなぁ。私がレキの近くに座ったらスッポリ隠れて見えなくなりそう。
「お、おじゃましましゅ……」
『ああ』
絨毯の床に伏せているレキのお腹のあたりに座り、レキの身体に寄りかかる。
「ふおぉぉぉ……!!」
『……変な声出すなよ』
そうは言われましても! たまらないよ! あったかくてほわほわで、心の底から癒される。きっとなんかそんなオーラみたいなのが出てるんだよきっと。はぁぁぁ、モフモフ天国……!
「幸せでしゅー……」
『……そうかよ』
ぶっきらぼうなレキの返答も全く気にならない。私はしばしレキの虹色モフモフを堪能するのだった。もふ、もふ。
「おや? レキが魔物型になるとは珍しいですね。しかも自らベッドになるとは。成長したのですねぇ、レキ」
『う、うるせぇっ!』
そこへ、通りかかったらしいシュリエさんのちょっとからかうような声。クスクスと笑いながら私の近くに来て片膝をついた。
「メグ、調子はいかがですか?」
「だいじょーぶでしゅ。心配かけて、ごめんしゃい」
「謝ることは何もありませんよ。レキの毛皮の効果は本物ですからね。それにこの体験はとても貴重です。思う存分堪能してください」
『おい、勝手なこと言うなよ。少ししたら離れてもらうからな!』
おぉ、シュリエさんのお墨付きかぁ。たしかに心地良いもんなぁ。モフモフ効果もあるし。何より綺麗な毛並みを間近で見られて贅沢だ。思わず頬擦りしてしまう。
『お、おい、大人しくしてろ』
「だって、きれーなもふもふ、さいこーなの」
おかげで語彙力もご覧の有様ですよ、こりゃ。まぁ、今は幼児だしあまり問題はないだろう。
「そういえばメグ、精霊とはどうですか? 仲良く出来てますか?」
「あいっ! みんな仲良しでしゅ! カーターしゃんの所で、火の精霊しゃんとも契約したんでしゅよ?」
「カーターの契約精霊、ジグルの紹介でしょうか? それなら信頼出来ますね。あの子は少々……元気すぎるところがありますけど、力は本物ですし」
あー、たしかにジグルくんは元気、というかテンション高い子だったよね。でもシュリエさんがそう言うのだから力は確かなんだ。そもそも、カーターさんの契約精霊なんだから、当然だろうけどね。
「それから、ショーちゃんは今調査に行ってるでしゅ」
「ええ、サウラから聞きましたよ。すごいですね、メグ。ネーモの調査を任されるなんて」
いや、そんな大げさな! すごいのは私じゃなくてショーちゃんだもん。そう返事をすると、シュリエさんはそれはそうですけど、違いますよと首を横に振った。違う?
「自然魔術は一見、精霊の力に見えます。実際そうですし、術者は魔力を与えるだけだと思われがちなんですけどね」
そう言ってシュリエさんは眉を下げて苦笑する。よく同じように思われるんだろうなぁ。その内の1人が私なわけだけど。
「術者が目的をきちんと心で把握し、イメージをし、精霊を信頼して良質な魔力を与える。これは実はとても難しい事なんですよ?」
「え、そーなんでしゅか?」
「ええ。魔力を与えて指示を出しても、イメージ通りにいかなかったり、そもそも言うことを聞かなかったりするのは良くあることなんです。特に初心者は8割失敗するものなんですよ?」
えっ、8割も? 私も初心者だけど、まだ失敗はしてない気がする……
「それなのにメグはまだ慣れてないにも関わらずきちんと魔術を行使出来ています。それもイメージ通りに。聞けば必要な情報を精霊が独断で知らせてくれたそうじゃないですか。普通はそんなこと、熟練の術者じゃなきゃ無理ですよ」
今ショーちゃんに頼んでいる長期の遠征調査など、難易度はさらに上がるらしい。え、でももしかしたら途中で忘れて他のことしてるかもしれないよ? 思わずそんな疑問を零してしまう。
「声の精霊を放ってから、何か感じるものはありませんでしたか? なければ問題なく指示をこなしていますよ。指示に沿わない行動を精霊がしていたら、術者にはわかりますから。契約精霊なら尚更です」
うん、たしかに何も異常は感じてないけど。そっか、ショーちゃん長い間ずっと頑張ってくれてるんだ!
そう思ったら急にショーちゃんが心配になってきた。寂しがってないかな。危険な目にあってないかな。早く会いたいな。でもきっと大丈夫。私がショーちゃんを信じてあげなきゃね!
そんな会話をしていたら、レキが「もういいだろ」と立ち上がって人型に戻ってしまった。あぁ、もふもふぅ!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます