金烏玉兎


 気を取り直して、次に向かうは研究所! 鍛冶にしろ装飾にしろ、魔道具にするためには魔石と呼ばれる魔力を帯びた石を使わなきゃいけないんだって。それ自体は簡単に手に入るんだけど、そこに複雑な魔術を施そうと思うと、特別な知識や技術が必要になるんだとか。

 そういうのを担当しているのが研究所なんだそう。そして、ここの研究所の凄いところは、今までにない魔術を魔石に施す事に何度も成功している事なんだって! ほんと、頭の中どんな構造してるのかしら……社畜時代にもそういう超有能な人っていたわ。

 そんな研究所のトップって人は、そりゃもう有能なんだろうな。一体どんな人だろ?


「ここが研究所だ。実験室には近付くんじゃないぞ。いつ爆発するかわからない」

「ひょー」


 あ、爆発するんだね! 期待を裏切らないよ、研究所。……恐ろしいわっ! 思わずギルさんの服を握る手に力が入る。ギルさんがふっと笑う気配がした。からかわれた気がする。むぅ。


 建物内に入ると、意外と静かで驚く。外はトンカン音が漏れてたもんね。凄いなぁ、防音効果。ちなみに緊急連絡などはちゃんと建物内に鳴り響くそうで、研究所内での事故やなんかも外に知れ渡るようになっているとか。そりゃそうよね。何かあっても気付かない、なんて事になったら大事だもん。


「ここがここのトップである、ミコラーシュの研究室だ」


 ギルさんは1つのドアの前で立ち止まるとそう言って、ドアをノックした。それから名を名乗ると、中からどうぞ、というやや弱々しい声が返ってくる。研究に没頭しすぎてお疲れだったりするのかな?


「や、やぁ、ギル。お、おや? そ、その子はもしかして……」

「ああ。メグだ。一度挨拶しておこうと思ってな。邪魔したか?」

「い、いや。い、今休憩するところ、だったから……」


 部屋に入ると、奥にあるデスクに座り、背を向けていたであろう部屋の主が振り返って出迎えてくれた。金色の癖の強い髪をショートカットにした、やや不健康そうな色白の男の人で、少し話し口調がどもりがちだ。

 でも、優しくて真面目な人なのだろうというのがすぐにわかったよ。だって、きっと休憩するつもりなんかなかった。デスクには資料の束が置いてあって、何かを書いていた途中になってるもん。研究者ってどことなくデスク周りを散らかすイメージがあるけど、他の場所はとても綺麗に整理整頓されてるし、資料をそのままにしてるっていうのは考えにくい。あぁ、気遣いの人なんだなぁ。


「えと、メグでしゅ。よろちくお願いしましゅ、ミコラーちゅ、しゃん……ごめんなちゃい」

「き、気にしなくて、いいよ。よ、呼びにくかったら、ラ、ラーさんで、いいから」

「ありがとーごじゃいましゅ、ラーしゃん!」


 くぅ、口の回らなさがもどかしい! でも優しい人でよかったよ。


ラーシュ・・・は天才的頭脳の持ち主なんだ。ギルドで開発された新しい魔道具はほとんど彼が生み出したと言っていい」

「ラーしゃん、しゅごい」


 ん? すごいけど……今、ラーシュってよばなかった? 最初はミコラーシュって呼んでたけど、なんで呼び方を突然変えたんだろう?


「い、いや……ぼ、僕に出来るのは、つ、作ることだけで……ど、道具の実験は、ミ、ミコがやってくれるから……」

「まぁ、ミコは肝が据わっているからな。だがラーシュのような頭脳はない。適材適所だ」

「そ、そう言ってもらえると、う、嬉しいよ」


 ん、んん? ミコ、さん? ミコラーシュ、さん? 混乱してきたぞ?


「ふむ、ミコラーシュについて説明してやらなければならないな。いいか?」

「い、いいよ。き、君の方が、う、うまく説明、で、出来るだろう、から」


 ミコラーシュさんについての説明、かぁ。何か事情があるのかな? そんなわけでじっとギルさんを見つめながら説明を待った。


「ミコラーシュは金烏玉兎きんうぎょくとの亜人で、極めて珍しい種族だ。昼間と夜とで、身体を動かす人物が入れ替わる」

「入れ替わる……?」


 話をまとめるとこうだ。ミコラーシュさんの身体の中には、2人分の魂が存在するんだって。2人の人物が1つの身体を共有しているらしい。

 太陽が昇り始めてから沈むまでが金烏きんうのラーシュさんで、太陽が沈んで昇るまでが玉兎ぎょくとのミコさんになるんだとか。今は金髪黒目の男性なラーシュさんだけど、ミコさんは銀髪朱目の女性。時間が迫ってくると徐々に見た目の色合いが変わっていき、身体を動かす人物が交代するという不思議な種族、らしい。


「ぼ、僕らはお、同じ身体を使っているけど、ま、全くの別人、なんだ。か、家族のように、た、大切なそ、存在だけど、ね」


 なんだかとても不思議だ。不便はないのだろうか、と聞いてみたら、生まれた時からこうだから、それ以外の生活の方が想像出来ないんだって。そんなものかぁ。

 ちなみに、それぞれが出ていない時のこともちゃんと覚えていられるという。出ていない時は身体の中で眠っている事も多いから、その間はさすがにわからないらしいけど。うーん、不思議。


 互いに表に出てない時に必要な睡眠をとっているから、身体自体はさほど眠らなくても問題ないらしい。他の亜人より睡眠を必要としない身体なんだって言うけど、睡眠好きな私からすると羨ましいというより勿体無い気もする。

 んん? そうなると実は私たちとあまり変わらない生活をしてるんじゃないかな。だってそうでしょ? 半日活動して、半日眠る。いたって普通のサイクルだ。ただ、傍目から見たらずっと活動しているように見えるだけで。


 この世界には不思議な種族がまだまだいそうだなぁ。今の所このミコラーシュさんが中でも不思議度ナンバーワンだけどね! 二重人格という症状がそのままそういう種族になった、って感じだろうか。


「あー……でも、メグはあまりミコには会わない方が良いかもしれない」

「そ、そうかもしれないね……お、幼い子には、し、刺激がつ、強いかも……」


 えーと、どういう事だろう? 刺激が強い? 口ぶりからするに悪い人ってわけじゃなさそうだけど……


「こ、この身体……せ、性の象徴が両方あ、あるから……ミ、ミコはその……よ、夜遊びが」

「……ラーシュ。言わなくて良い」

「ご、ゴメン……で、でも、ちゃ、ちゃんと説明、し、した方がい、良いかもしれないと、お、思って」

「まぁ……まだわからないだろうから良しとしよう」


 ……すみません、バッチリわかりました。


 うぇぇぇ!? 性の象徴が男女両方あるって事!? それっていわゆる、その、一部のコアなオタクが狂喜乱舞するあれだよね!? つ、つまりミコさんは男遊びも女遊びもやりたい放題って事なのね……!?

 脳内大パニックになりながら耳年増な幼女はそんな事を考えていたわけだけど、表に出さないようにひたすらニコニコしてましたよ!


 いやぁ、驚いた!!

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