特級ギルドへようこそ!〜看板娘の愛されエルフはみんなの心を和ませる〜

阿井 りいあ

岩山で遭難

迷子の迷子の社畜さん


 ……私は、誰なんだろう。


 あ、違う、違う。別に記憶喪失とかそういう深刻な話ってわけじゃないんだよ。いや、別の意味で深刻ではあるんだけど。


「はふぅ……」


 ひとまず落ち着こうと、ひとつ大きな息を吐く。緊張感の欠片もないため息なのはこの際気にしないで欲しい。


 まず、私は日本生まれ日本育ちの純粋な日本人女性。年齢は28才、アラサー独身女で現在恋人なし。顔はとびきり良くも悪くもないけど、そこそこ人当たりは良かった方だから、手を出しやすいという点で案外モテはするんだよ? だけどさ、ほら、いるじゃん。いわゆる、友達で終わるタイプ。それが私、長谷川はせがわめぐ、朝から晩まで働き通し、家には寝る為に帰るような、どこにでもいる普通の社畜です。……悲しい。


 自分が誰かわかってるじゃんって? 違うんだなー、そうじゃないんですよ。私、今自分を見失ってるんだ……いやガチで。だってね?


 この色白で小さな手足! 低い目線! 加えて凹凸のない身体! ……うるさいっ! 前だって多少はあったんだよ凹凸!!

 にしたって明らかにお腹のほうがぽっこり出てるのは、単なるデブとかご懐妊とか、そんな話じゃないのはすぐにわかった。ただこの現実を認めたくないが為に目を逸らし続けてただけで。


「……子どもになってるよね……間違いにゃく」


 自分の口から発せられた可愛らしい幼子の声と、うまく回らない呂律に、その結論が真実であると突き付けられた気がした。思わず地面に手をついて落ち込む。にゃくってなんだよ……!


 しっかしほんと、なんでこんなことになってるのかさっぱりわからない。ふと最初に過ったのはラノベにありがちな転生とか転移もの。それに巻き込まれたっていうのは頭の中お花畑すぎるかな? でもしっくり来る気はする。

 まさにそれが正解だったとして、よ? それにしたって不可解なんだ。


 だって、私には死んだ覚えがないんだもの。


 ああいう話って、転生、または転移する時に本人が死んだとか、トラックにはねられるとかそういうお約束があるものでしょ? いや実際はノーアクションで起こり得るのかもしれないけど、何かしらキッカケはあるはずだと思うのね。

 それなのに死んだ覚えどころか事故にあった覚えも、いつもと違う何かがあった覚えすらないんだよ。


 うん。何度思い返しても同じだ。いつも通り社畜らしく終電で帰宅し、夕飯もそこそこにベッドにダイブして、気付いたらまた朝が来て、寝起きだというのにもう帰りたいなんておかしな事を思いながら出社準備するはずだったのだ。


 ところがどうした事でしょう、この状況。いつも通りに目を覚ましてみれば辺りはゴツゴツした岩山ばかり、自分の身体は幼児体型。

 誰だって「なんだ夢か……」と思って二度寝しようとするよね? で、横になったらゴツゴツした地面に「痛っ」て叫んで、「い、痛いだと……?」と夢という可能性が潰えたことに呆然とするよね? 「ここはどこ? 私はだあれ?」を地でいくよね?


 ほらみなさい、私はおかしくない、悪くない。誰に向かって話してるんだよって感じで脳内ひとり漫才してるけどこれが普通の反応なはずだ。

 人間、自分のキャパシティを超えた状況に直面すると大体こうなるんだよ、きっと。




 ……世の中ってさ、考えたってわからないこと、たくさんあるよね。

 考えるにしても考える材料さえないってやつ。あれこれ何パターンかは想像出来るだろうけど、結局想像の域を超える事が出来ないから考えるだけ気力の無駄になりそうだ。


 一つだけわかるのは、このままここにぼけっと座っていても死ぬだけだっていう事。


 辺りは岩山だけで食べるものはおろか水がある気配もない。場所を変えなきゃまず干からびて死ぬ事は間違いない。ちょっと歩いたところで水が見つかるわけもないっていうのはわかるけど……それでも何もせずにはいられない。じっとしていれば誰かが助けてくれるなんて、それこそ物語の話だ。


 泣かないのかって? 泣いてどうなる! 泣いたってお腹は膨れないどころか体力と水分の無駄だ。


 まず、どうにかして生きなきゃ。動かない方が体力を温存出来るけど、助けを待ってるわけでもない私の選択肢はただひとつ。つべこべ言わずに歩くっきゃないのだ!




 とはいえ、当てもなく歩いてるんだからやっぱりあれこれ考えごとをしてしまう。歩きながら考えるのは当然さっきと同じ事ばかり。考えないようにはしたいけど、ついね……


 はぁ、ひょっとしたら寝ている間に大災害でも起きたんだろうか。それに巻き込まれて知らない間に即死とか? 笑えないし気付かない私はどれだけ幸せなヤツなんだよ……! 無断欠勤しちゃったなぁ、でも災害だったらそれどころじゃないよね。


 考えがどんどんどうでもいい方向に流れていく。疲れてるんだな、私。そう思いながら項垂れると、嫌でも自分のものであろう細く小さな足が目に入る。


「この身体の持ち主って、いるのかな……」


 私という意識が乗っ取っているのか、この身体の前世というやつが私なのか。それもやっぱりわからないけど、こんな小さい子が何もない岩山を一人で歩いているというのは異常ではなかろうか。

 もしも異世界というやつなら、常識から通用しない事も考えられるからわからないけど、こんな状況が普通だと認識される世界っていうのはもっと嫌だ。




「うぅ、ちゅかれた……」


 あれからどれだけ歩いたのか。考え事もしなくなってきたから本気でやばい。結構歩いたつもりだけど、この小さな歩幅じゃ歩いた距離なんて知れてるよね……

 お腹すいたし、喉もカラカラ。何度も躓いて転ぶようになってきたからいい加減休憩しなきゃ。


「あ……あそこいいかも」


 目に入ったのは岩山の小さな窪み。50メートルくらい先かな? たぶん本当に小さな窪みだろうけど、だからこそこの身体なら入ると思うし、例え外敵がいたとしても身を守れるだろう。そう思って最後の力を振り絞って一歩踏み出した。


 ……はずだったんだけど。


 この幼い身体は思っていた以上に限界だったらしい。長らくの社畜生活により、このくらいならまだいける、と思ったのが間違い。基準をもっと低く見積もるべきだった。幼子の身体には無理だってことくらい、少し考えればわかったのに。


 バカだ、私は。


 そんなことを思いながら私は意識を手放してしまったのだった。

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