Autonomous SystemーASハイスクール

時野マモ

サービス停止攻撃!

第1話 蒼穹(あおぞら)高校攻撃を受ける

 今から少し未来の、東京から少し離れたある街の、駅ある中心部から少し外れた丘の上にある。

 それが蒼穹あおぞら高校。

 そこそこに偏差値も高く、そこそこにスポーツ部も強く、そこそこに文化部の活動も盛んな学校である。

 ——いやいや、ものは言いようである。

 つまり、すべてそこそこである、これといった欠点もないが、逆にあんまり特筆すべき成果もないのが蒼穹高校なのであった。

 というか、ぶっちゃけこの学校は目立ってない。

 何しろ、その存在は、ともすれば学校のある相網駅近くのの人々にも時々忘れられてしまっているくらいなのである。

 街の中心の駅近くに建つスポーツの強豪校である絶海学園、隣の駅にある地域一番の進学校である深森高校、この二つの学校の印象が強力なせいか、蒼穹高校は同じ街の人々にもろくに覚えられていないこともあるくらいなのだった。

 古くからこの市に住む人や、ちょうど高校受験を考えるような子供を持つ親などならば、さすがに、この学校のことを知らないことはない——と思われるが、そのどちらでもないような人たちへは……?

 単身のサラリーマンやOL。子供もまだ小さい夫婦とか。そもそも高校との関わりが薄い人たちの知名度は皆無なのがこの学校、蒼穹高校なのであった。それは、つまり、最近、近隣の工場の撤退が相次ぐかわりにマンションが建ち並び、ベットタウンとして生まれ変わろうとしているこの街。その体勢をしめ始めた人たちにはまったく知られていないということなのだった。

 ——曰く。受験の時に駅前で道を聞いたら名前が全く違うのに絶海高校を案内された。

 ——曰く。他の街の高校のテニス部が交流戦で乗ったタクシーが、やっぱり名前が全く違うのに深森学園に着いてしまった。

 ——曰く。卒業式の来賓で来た地元議員が、挨拶で今自分のいる蒼穹高校の名前を思い出せなかった。

 まあ、聞けばどれもその話は友達の友達からとか、先輩の先輩からとか出どころ不明で真偽も不明なものであるが、——そんなこともあるだろう、というくらいに存在感のないのがこの蒼穹あおぞら高校。略してアオ高なのであった。


 しかし、そんなアオ高も、実はある世界では結構、——というか抜群に有名なのであった。

 それは現実リアルの世界ではなく仮想現実ヴァーチャルリアリティの世界でのこと。今よりも少し未来の、今よりも少し進んだ電脳空間。ついには架空現実ヴァーチャルリアリティを達成した電脳空間サイバースペースの中。その進化した仮想世界で、今日も行われている戦いにおいて蒼穹アオ高は……


 として世界中の人たちより大人気なのであった。

 

「カノンちゃんそっち!」

「まかせて! それよりヒジリ!」

「心配ないよー。ナミっちも油断するなよー」

「してないわよ! ともかく——来るわよ」

 三人の少女——の電脳空間に立つ分身アバター。それは現実リアルでの彼女らの実際の姿を写し取った女子高生の制服姿ではあったが、彼女らの緊張が高まるに連れてその姿は変化していく。

「私が防ぐ!」

 まずは、その姿をメイド姿に変え、迫り来るDOS攻撃ミサイルの雨の前に立つのは秋葉カノン。現実では長身でスタイルが良くクール美人顔の、まるでモデルのような彼女のアバターは小柄な萌え系女子。

 人は、自分とは違うものになって見たいという願望を誰もが持つものだと思うが、彼女の場合は、バイト先のメイド喫茶でそっちの方が似合うと着せられた執事服。それがあまりに似合ってイケメンで女性の固定客がついたため、今更可愛い格好が好きでメイドカフェにバイトに来たとは言えなくなってしまっている。

 フリフリのメイド服が着たかったのに! その思いが今の彼女のアバターを作り出す。

 萌系の容姿に萌系の格好。胸のフリルとスカートをひらひらさせながら宙を舞う。それこそが彼女の憧れのうつし身であったのだが、

「これって……やっぱり可愛くないのよね」

 不服そうに、目の間に突然現れた、古代の戦士が持っていそうなごついな盾を持つカノン。彼女はその盾を体の前に差し出す。

「アイギス」

 カノンの叫び声とともに、盾は目を開けていられないほどに眩しく光る。彼女らを、その後ろの仮想蒼穹高校校舎を守るように、空を覆わんばかりに広がる。

「うぉおおおおおおお!」

 そして、カノンの、萌系の格好に似合わない気合一閃。その瞬間、大空に広がったアイギスと呼ばれた巨大な盾には、次から次へミサイルが突き刺さり爆発する。

「カノン、頑張って!」

「もちろん! でも、これ長くは持たないわよ」

 カノンは自分の右上に表示される計器類インジケーター を横目でちらりと見る。

 そこに示されるのは飛来するミサイルの数やその引き起こすエネルギー。そして、それに耐えるカノンのHPやMP。そのどれもがメーターの上限を振り切りそうなほど上がりまくり、真っ赤になってアラームのsyslogを出しまくっているのだった。

「うん。最悪はアイギスファイヤーウォールのフィルターは諦めて、アオ高の入り口インターフェース閉じちゃうシャットダウンけど、……もうちょっと頑張って。ヒジリがいま敵の居場所トレースしているから」

「わかってるけど……早くよ。あんまり長くはもたないわ」

「うん。がんばってる。少し待つのだー」

 いくら仮想世界での出来事とはいえ、ミサイルに集中爆撃されてるその最中とは思えないのんびりとした表情で、そうこたえるのは羽黒ヒジリ。

 現実でも、もともととらえどころのないキャラクターが特徴の彼女は、仮想世界ではそれにますます磨きがかかったというかなんと言うか、——影になってしまっていた。

 影。ただの影。本体がない影だけの影。ふと、いや気をつけていても見逃してしまいそうなくらい存在感のない。だって影なのだから。

 しかしその存在感のなさは、ヒジリの役割には必須のものであるとも言える。探索者としての彼女の役割には影でこそだ。ほんの少しの隙間に入り込む、……いや隙間などなくても影から影へ彼女は移り敵の招待を暴き出す。

 顔のない影は、その漆黒の顔をにやりと笑わせまがら言う。

「みつけたよー」

 すると、

「——おし! 出番だ、場所はどこ?」

 気合十分で一歩前に踏み出すのは愛宕ナミ。

 三人のリーダーにして、このを終わらせるための決戦兵器少女。

「ロシアだよー。サンクトペテルブルグあたり」

「おっ、そっちは久しぶりだね、この頃はアジアの近場が多かったけど、少し遠出だ。もっとも……」

 ナミは、そう言いながら、一旦言葉を切ると、実はクラスでも密かに男子人気ナンバーワンの可愛い顔を歪め、闘志を全身にみなぎらせたならば、そのままアバターを戦闘形態に変えていく。

 光に包まれて、変身バンクさながらにくるくると回りながら変わったその姿は……

「しかし……」

 呆れ顔で返信後のナミの姿を見るカノン。

「へ?」

 元の姿を少し大人っぽくして、出るところを出して——出しすぎるくらいに大きくして、清楚な気遣いのできる優しい女子高生として近所の老人人気も抜群な元の姿を、完膚なきまでに別のものに変えてしまったナミ。

 これも彼女の深層心理。いつもの社会生活のなかで押さえつけている彼女の猛る心の現れなのか? 手には蛮刀のごとき大剣を持ち、しなやかながらも筋肉の力強さを感じさせる小麦色の体。まるで剣と魔法のヒロイックファンタジーのヒロインのごときであったが、何と言っても彼女をそう思わせる最大の理由は、

「いつもながらに、なぜにビキニアーマーなのかしら?」

 鎖帷子のついたブラに青銅の盾を腰回りにつけたホットパンツ。他はこんがりと小麦色に焼けた肌を全開のナミのその姿であった。

 ビキニアーマー。なぜ戦うのにビキニ姿でなければならないのか。いや、軽装で戦うスタイルなのでビキニになったのかもしれないと考えてみても良いが、ならばなぜそれに装甲をつけなくてはいけないのか。そのビキニでいったい何を守っているのか? かろうじて心臓は守っているように思えるが、腹から腕から首から急所はまるだしなのはなぜか? それくらいならいっそ装甲を何もつけない方が動きやすくて良いのではないか?

 そんな、数々の疑問も、

「別にいいでしょ。しょうがないよ。勝手にこれになっちゃうんだから」

 どんな深層心理の成せるわざで姿がビキニアーマーになってしまうのかと問いつめたい気持ちはあるものの、本人にもなんとなくてわからないのではしかたない。

 ともかく、その姿をアマゾネス然と変えたナミは、今日の攻撃目標、彼女の母校——電脳空間サイバースペース上での母校であるが——に攻撃をするたわけ者へ反撃を加えたくてたまらない状態のようだった。

「ヒジリ! 場所アドレスを見せて」

「あいよー」

 ヒジリの返事とともに、ナミの目の前に浮かび上がる世界地図。そして、その上を移動する赤い光点。それは太平洋のど真ん中あたりから蒼穹高校に向かって進んでいた。それは、今目の前に降り注ぐミサイルの軌跡をなぞっているのだと思われるが、はて? 攻撃はロシアからではなかったのか?

「うん。アドレス偽装してるけど、出処はロシアってことだよね」

「そー。住所ソースアドレスはトンガだけどそっちの方には高校こっち向きに放たれた攻撃なんてなし。でも、これだけ派手な攻撃なら、たどるのも容易。欧州のルッキンググラスから絞り込んだ攻撃の出元は……」

 ユーラシア大陸の中央で点滅するドクロマーク。ちょうどサンクトペテルブルクあたりと思われるその場所こそ今回の攻撃の出元。そのドクロを見ながらヒジリは言う。

「いてもうてなー」

 言葉とともに、地図上の赤い点はその軌跡を変える。ロシアから中東を経由してインド洋。シンガポール沖を回って太平洋を北上して日本。そして、

「じゃあ、ちょっと行って来るね!」

 ナミはそう言うとその地図の中に飛び込んで、仮想世界の中を通って、その赤い点の軌跡を逆にたどる。


「な……なに!」


 瞬く間に攻撃を仕掛けた敵の本拠地サーバまで到達したナミであった。

 瞬きのような、一瞬の暗転のあと、

 目の前には可愛らしいクマのアバターが三体——というか三匹。

 アドレスを偽装して遠隔から攻撃を仕掛けていたのに安心して、警戒心もなく深くソファーに腰掛けて、ウォッカを飲みながらチョウザメにかぶりついているところだった。

「こんにちわ!」

 そんなクマたちに向かって丁寧に挨拶をするナミ。

「……!」

 しかし顔には好戦的な笑みを浮かべながらの慇懃無礼なその態度。突然、大剣を持って乗り込んできたビキニアーマー。クマたちは当然警戒するのであるが、

「まあまあ。そんな警戒なさらずに……」

 あくまで紳士的というか淑女的なナミの態度。

 まあ、でっかい刃物もってビキニアーマー装備のとても淑女には見えない格好であるが、

「……?」

 クマたちは一瞬、もしかしてこの女は攻撃をやめるようにと話し合いに来たのかと期待する。

「今日は、穏便に……」

 しかし、一礼し、中段に剣を構えながらナミがいう。

「蒼穹高校生徒会と死合ハックしましょう!」


------------------------------------------------------------------------

(ここからは用語解説です)


「ファイヤーウォール」

防火壁の言葉の通り火を遮断する壁のことであるが、ネットワークにおける「火」とは悪意のある通信のことを言う。その火を防ぐための仕組み、もしくは機器がファイヤーウォールと総称される。通信が通過する際に指定の通信を選別フィルタリングするパケットフィルタリング方式や、ファイヤーウォールに一旦通信が終端(プロキシー)しそのあとに通信の選別を行うアプリケーションゲートウェイ方式などある。また、ウェブ閲覧における脆弱性を防ぐファイヤーウォールWAF(Web Application Firewall)、侵入防止システムIPS(Intrusion Prevention System)と呼ばれる防御だけでなく積極的に不正通信を遮断するシステムと連携して動くファイヤーウォールなど様々な機器やソフトが現在でも存在する。

少し未来のこの物語時代で秋葉カノンが使ったのは、これらが進化した総合的なファイヤーウォール「アイギス」。


「シャットダウン」

ネットワークと接続されている接続インターフェースを閉じること。通常は機器をソフト的に操作して通信を遮断します。この時、物理的、電気的には機器はネットワーク繋がっていますが、ネットワークとの通信をしないように制御します。ソフト的な遮断ではありますが、光ファイバーなどで接続している場合は機器からのインターフェースからの発光もしなくなる場合もあります。

上で述べたファイヤーウォール、もしくはルーターなどでの通信の選別フィルタリングを行い不正な通信を排除するということは、逆に言うと正常な通信は行われていると言うことなので、不正な通信によるアタックを受けても、インターネット閲覧や情報公開などのサービスの継続のためにはこのようなセキュリティ機器により正常な通信は確保することが望ましいとなります。しかし、その不正通信の量があまりに多い場合にはフィルタリングのための負荷が大きすぎて機器が不安定になったり、ネットワークの帯域を全て使い切ってしまわれて他に何も通信ができなくなってしまうこともありえます。そのような場合には、それ以上の不安定を防止するために、このシャットダウンという処置を取らざるを得ないこともあります。

もちろんそうした場合、ネットワークとの接続が全くできなくなってしまうので、最後の手段となりますが、システムが不安定となって二次被害がでることを防ぐため完全い遮断を行う処置を愛宕ナミは考えたと言うことです。


「DOS攻撃」

Denial of Service attackの略で、ウェブサーバなどのサービス停止を目的に、大量のトラフィックを送り込んだり、脆弱性をついたりする攻撃のことを言います。

少し未来の仮想現実ヴァーチャルリアリティの実現した時代である、この物語では攻撃はミサイルの姿をとって現れるようです。

DOS攻撃には様々ヴァリエーションがありますが、それいついては後の話で出て来た際に語ることとさせてください。


「syslog」

コンピュータやネットワーク機器はその動作記録を内部に記録(ログ)として残し動作解析の助けとしている場合が多いのですが、特別な動作をした場合にはそれをシステムから吐き出して運用者に注意を喚起することもあります。syslogと呼ばれるこれらのログは、正常な動作の場合でもでるのですが、意味不明なログが出て来た場合は大抵ロクでもことが起きてると思った方が良いようです。作者の経験的には。


「アドレス」

ネットワークに接続している機器それぞれが固有に持つ識別のための住所アドレス——番号です。インターネットでは32ビット(32個の0と1)をアドレスとするように設計されていましたが、当初の予想を超える拡大のためこの住所の数(約四十三億個)では足りなくなって来たため、128ビット(32個の0と1)に拡大されました。前者をIPv4(インターネットプロトコル・ヴァージョン4)、後者をIPv6(インターネットプロトコル・ヴァージョン4)と言います。

このIPv6が世に出てから二十年たちますが、未だ乗り換えは半ばであり、IPv4での通信がまだ主流となっています。とはいえ、もう日本に割り当てられたIPv4アドレスはすべてインターネットプロバイダなどに払い出されたので、残りは僅少な状態であり、IPv6への乗り換えはいよいよ進み始めている現状(2018年現在)です。

少し未来のこの物語の時代には流石にIPv6に乗り換えが終わっている——と思いたい。


「ソースアドレス」

上記のように、インターネットに接続している機器などには必ずアドレスがついているのですが、通信をして来た相手機器のアドレスをソースアドレスと言います。逆に通信が向かう先の機器のアドレスはデスティネーションアドレスとなります。

インターネットは、基本てきにはこのディストネーションとソースの組み合わせにより通信の行き先がきまり、途中のルーターなどの機器を次々に転送されていくことにより成り立ちます。

今回の攻撃者クラッカーはこのソースアドレスを書き換えて、どこから攻撃が来たのかわからないように偽装した模様ですが。羽黒ヒジリの解析によりその隠れ家を突き止められてしまったようです。


「ルッキンググラス」

インターネットは、すべてを統一して運用している主体があるわけでなく、無数と言って良いほどの独立したネットワークの集合体になります。なので、一般にはあるインターネットプロバイダが管理できるのは自分のネットワークの中だけで、今回の攻撃元のように、国も変わって管理するプロバイダも変わればそこで何が起きているかはわかりません。通常、そのような場合はプロバイダ同士が連絡を取り合って協力して問題の解決をするのですが、その前にルッキンググラスと言う情報公開サーバにログインして問題の解決を測る場合があります。

とは言っても、今回の羽黒ヒジリのように攻撃相手先までルッキンググラスで探りだすのは現代のルッキンググラスでは難しいですが、少し未来のこの世界では、高度に自動化されユーザにネットワーク情報権限が解放され、ユーザが自律的にネットワークの運用がなされるようになった——と言う設定のルッキンググラスと思ってください。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る