第11話 宝玉
外が灰色とはいえ、光のある世界だったのとは対照的に、家の中は暗く、壁の隙間から星のように光が漏れているほかは、明かりらしいものはありませんでした。
しかし光戦の民の目は、暗がりでもあたりを見ることができましたので、アルヴェには、この家の有り様がすぐにわかりました。
老婆は、髪を振り乱してスミアに馬乗りになり、髪を引っ張り、藁を柔らかくする叩き棒で、スミアのお尻を激しく叩いていました。
アルヴェは、いきなり老婆を抱え込むようにして持ち上げ、スミアを助け出しました。
スミアは老婆の下から這いずるようにして逃げ出し、アルヴェの後ろに隠れました。
「なんだい! なんだい! あんたは誰だい! 勝手に人様の家に入って、何をするんだい!」
アルヴェに持ち上げられたまま、老婆は悪態をつき続けました。
「友人がひどい目にあっているのだ。助けるのが当然だろう?」
スミアよりもひどい土鬼なまりで、老婆はさらに怒鳴りたてました。
「悪い子にお仕置きするのは、家の者として当然だろ! ちゃんと躾ないと、生きてはいけない世の中だからな! ……お、そうかい……」
老婆の瞳に、邪悪な色が浮かびました。
「スミア! この家出娘が! 何が土鬼をやっつけるだって! お前、男と逃げようとしたね! この淫乱娘が! どこでそんな色気をつけたんだい!」
老婆は、つばを吐きながら、スミアに対して怒鳴りだしました。
「ばあちゃん、違う! この人は、そんなんじゃない!」
泣きながら叫ぶスミアの頬は、すでに紫にはれ上がっていました。
「何が違うんだい! この売女めが! あんただって、あんただって、あんただい。我が家のかわいい孫娘を、ただで連れさろうたってそうはいかないよ! 女を買いたかったら、それなりの物を払いな!」
したたかに目が光り、すかすかの汚い歯がこぼれました。
まったくとんでもない育て親でした。
アルヴェがいきなり手をはなしたので、老婆は床に転げ落ちました。それでもまったく弱ることもなく、老婆はすぐに曲がった腰のまま立ち上がり、顎をつんと突き上げて、よそ者の男を睨んでいました。
スミアは、二人の様子をかわるがわる見ていました。
今後どうなってしまうのでしょう?
アルヴェの横顔が、あきらかに曇りました。
アルヴェの瞳に、初めて怒りの色が浮かんだのを、スミアは見て取りました。
冷酷で、すべてを凍らせるような色。汚れ物を見下すような眼差し。アルヴェは、まぎれもない嫌悪感を、老婆に向けていました。
瞳は、闇の中で細くなることはありませんが、明らかに獣のような狩人のものでした。
スミアは、まるで自分が睨まれているかのように、悲しくも情けない気持ちになりました。しかし、老婆は動じる様子もありません。
あたりまえです。老婆は、侮蔑されることには慣れていて、それを嫌がっていたら生きていけないことを知っていました。
アルヴェは老婆を睨みつけたまま、胸元に手を当てました。そしてこぶしを握りしめ、その手を老婆の鼻先へと突き出しました。
その行為がよくわからず、さすがの老婆も一瞬、後ずさりしました。
しかし、アルヴェが暴力に訴えるわけではないと知って、怪訝そうにアルヴェの手と顔を交互に見つめました。
ゆっくりと開かれたアルヴェの手のひらに、美しい石が乗っていました。
「サファイアという名の石だ。旅の行商に売れば、かなりの値がつくだろう」
老婆の大きな瞳に、驚きの色が浮かびました。
美しい石は、青い光を老婆の皺だらけの顔に反射させて、キラキラと輝きました。
石に魅せられたように、老婆の口がだらしなく開かれて、やがて醜悪な笑みに変わりました。
石は身請けの品でした。
スミアは、開いた口が閉まらないほど驚いて、アルヴェの横顔を見上げました。
アルヴェは相変わらず厳しい顔をしていましたが、その胸元ははだけて、白い肌がかすかに見えていました。
胸元のボタンがなくなっていました。
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