第6話 赤茶色の襲撃者
村の有様は悲惨なものだった。あちらこちらに死体が四肢を投げ出し、家々は扉や窓が破壊されていた。死んでいるのは剣や弓を持ち襲撃者と戦ったであろう男達だけではなく、着の身着のままで家を飛び出した女性や、母親に庇われたまま身体を貫かれている赤子もいた。
「うっ…」
その惨憺たる様子にこらえきれなくなったメイアが口を押さえて物陰へと駆け込む。レンやワーテラも顔面蒼白であった。
まだものすごく遠いが、獣の唸り声のようなものも森の方角から聞こえてくる。辺りに漂う死臭が風下の方へと流れているのだろう。
あまり広い村ではないにもかかわらず、中心にある広場にたどり着くまでの道のりは三人にとって気が遠くなるほど長く感じられた。
「煙はあそこから出てたんだ…」
「何をどうしたらあんな風になるんだよ!」
ワーテラが声を張り上げたのはそこにあるべきものが無くなっていたからだ。村にはもともと噴水があった。開拓の記念に初代の村長が作ったというこじんまりとしたもので、噴水のある広場は村人達の憩いの場となっていた。
しかし今三人が目にしている場所にはそのようなものはなく、代わりに大きな穴が穿たれていた。幅もさながら、深さに至っては子供の背丈をゆうに超えるほどもある。そしてその表面は何故か土が焦げている。
「多分火属性の魔法だと思うけど… こんな威力の魔法を撃てるのは人間じゃないよ… 精霊か、それともギフトかな…」
「メイアちゃん!こっち!」
メイアが振り向くと、悲痛な面持ちをしたレンの後ろでワーテラがしゃがみこんでいる。
「どうし… え、うそ…」
そこにはワーテラの父がいた。右手には長年狩りで愛用していた弓をきつく握ったまま仰向けに倒れている。ざっくりと裂けた首元からは既に凝固を始めた血が大量に出ており、そのせいか顔は真っ白だった。
「ワーテラ…」
親友の父の無残な死に様を目撃し、レンは続く言葉が何も出てこなかった。ワーテラも一切口を開かず、ただ黙って父の遺骸の上に手を置いていた。
「ワーテラくん… 辛い気持ちはよくわかるよ… 私もお父さんとお母さん死んじゃったから…」
「うるせえ!お袋はまだ死んだと決まったワケじゃねぇ!」
メイアはワーテラの剣幕に驚き、ビクッと体を震わせて泣き出してしまった。
「ワーテラ!メイアちゃんはお前を慰めようとして…」
「………わりぃ。」
ワーテラはそう言うと、父親の形見の弓を丁寧に手から取り上げ背中に担ぎ、そのまま歩き出した。
レンは泣きじゃくるメイアを連れてワーテラの後を追った。その方向には食料を備蓄するための蔵があるのだが、不自然なことに扉を封鎖していた鎖が外れ地面に落ちている。
「おい、レン。あそこの扉開けてこいよ。」
ワーテラは扉に向かって弓を構えている。
「どうしたんだよ急に…」
「もしかしたらここを襲ったやつが隠れてるかもしれないだろ。何か出てきても助けてやるから早く行けよ。」
レンは見たこともないワーテラの表情に圧倒され、指示に従うことしかできなかった。
レンがゆっくりと扉に近づき、取っ手に手を掛けた。扉は軋みながら重々しく開き、貯蔵されている穀物の匂いが外に流れ出した。
「中に誰かいますかー…」
レンの声が蔵の中に響いた。しかしその声に応答する者はいない。代わりにガンガンと何かを蹴るような音が鳴り渡った。
「おい、ワーテラ!何か物音が聞こえるぞ!」
「魔獣かもしれないから気をつけろよ。」
近くに落ちていた太い木の棒を手に持ち、レンは蔵の中へと入って行き、後にワーテラ、メイアの順に続いた。
蔵の中は外から見た時よりも暗く、三人は壁に手をつきながら進むしかなかった。奥へと進むにつれて何かを蹴る音は強くなっていく。
そうこうするうちに音が鳴り響いている所までやってきた。そこはランプの光も届かないように造られた暗室で、キノコなどを保管しておくその部屋は大人が二人も入ればいっぱいいっぱいになってしまうほどのサイズで、大型の魔獣などは到底入れそうもない部屋であった。
「開けるぞ…」
レンが棒を構えたまま暗室の扉を開く。その様子を二人が固唾を飲んで見守っていると…
「お袋!」
そこにいたのはワーテラの母親、ともう一人…
「お母さん!」
ワーテラの母親の下敷きになるようなかたちで足をバタバタと動かしているのはレンの母親だ。
「お袋!おい、大丈夫か!」
ワーテラが駆け寄ると母は口から血を流しながらもうっすらと目を開けた。胸元には大きく赤黒い染みがついている。
「ああ、ワーテラ… すまないね… 父さんもおそらく外に… ゴホッゴホッ…」
口から溢れ出した血が染みを広げる。
「お袋!もう喋んな!」
「あたしはもうダメだ… あんたを残していくのは心配だけどね…」
「そんな事言うなよ…」
「ワーテラ… 最後にひとつ、母のお願いを聞いてくれるかい…?オウロさんと… レン君をたの… だよ…」
「おい!お袋!おい!目を開けろよ… おい…」
ワーテラは何度も何度も母親の体を揺さぶったが母が目を覚ますことは二度となかった。その力の抜けた彼女の遺体の下からレンの母親、オウロがはい出してきた。
「あはは… みんな死んじゃった… みんな…」
オウロは狂ったように笑い続ける。焦点の定まらない目で口を半開きにしたままケタケタと笑っている。
「お母さん!わかる!? レンだよ!」
「レン…?レン、レン、レン… あああ… ああああああああぁぁぁ!」
「お母さんしっかりして!」
パンッという音とともに絶叫が鳴り止む。頬を抑えながら静かに泣くオウロだったが、どうやら正気を取り戻したようだ。
「ごめんなさいお母さん… 叩いたりして…」
「いいえ、いいのよ。お母さんこそごめんなさい、取り乱したりして… そんなことよりお父さんは!? レン、お父さんを見なかった!?」
「ううん… 見てない。お母さん、村で何があったの…?」
「三人ともよく聞いて。あなた達がいない間ここで何が起こったのか、あなた達も知るべきだと思う。」
ーーー時間を遡ること三時間
いつも通りの生活を村人は送っていた。カゴ一杯に野菜を入れた村人が往来する通りには談笑する声が響き渡っていて、仕事をする者もいれば狩りに使う道具の手入れをする者もいた。
その時、村の入り口の方から悲鳴が聞こえてきた。慌てて飛び出してきた村人の内数人が声の聞こえた方へ向かうも、一向に誰も帰ってこない。
同時刻、レンの父親カイリとワーテラの父親ゾイルは森の方から現れた集団と対峙していた。その集団は皆一様に赤茶色の鎧を身につけ、剣を携えていた。
「お前らは…」
ゾイルが弓を構え狙いを定めるもカイリがそれを手で制する。
「止めろゾイル。こいつらはおそらく俺に用があって来たんだ。」
「よくおわかりじゃあないですか、カイリ殿。おとなしく降伏して貰えませんかね?そうすれば罪無き村人もこれ以上死なずにすむでしょう。」
赤茶色の集団が左右に割れ、中から歩いてきた男はそう言う。
「なんだかんだ一ヶ月くらいは一緒に生活してたんでな。もう十年以上前の話だが。」
「我々には貴方が必要なんですよ。この十年どれほど必死に貴方を探したことか。」
男はヨヨヨ…とわざとらしく泣き真似をする。ゾイルには何が何だかわからず、弓を構えたまま呆然としていた。
「俺はもう戦いたくないんだよ。守るべき人もできたしな。だから何もせず帰ってくれればこっちも何もしない。どうだ?」
「どうだ、と言われましてもねぇ… 私に与えられた任務は貴方を連れ戻すこと。そのためには手段を問わないと言われてるんですよね!」
突如男の手から火球が放たれた。カイリはなんなく躱したが、後ろにある噴水は火球の直撃を受けバラバラになった。
「やはり動きが素早い!だが今度はどうでしょう?」
男は懐から何かを取り出した。銀色に光る三角錐状の物体だ。男がその物体を掲げると真っ白な光がほとばしる。カイリはまたしても避けようとした、が体が動かない。
「おい、何をした!」
「そう怒らないでくださいよ。我々があげたものを返してもらっただけです。」
「あげたもの…?そうか、ならばこうするまでだ!」
カイリは自身の周辺に何百もの剣を創り出し、その剣は一斉に赤茶色の集団へと降り注いだ。剣の雨は一瞬にしていくつもの鎧を貫き、地面が赤く染まった。片手に謎の物体を持つ男は、もう一方の手から次々と火球を放ち、降り注ぐ剣の起動をうまく逸らしていた。
「化け物め…やはりギフター本来の能力の方が危険か…」
男は動けないカイリを前にして、今度は金色に光る同じような物を取り出しそれを掲げた。物体は真っ黒な光を吐き出し、その光はカイリの身体を包み込んだ。音さえも飲み込む黒光が消え去ると、カイリは完全にに気を失っていた。
「連れていけ。」
男がそう言うと、生き残った兵士がカイリを連れ去っていく。
「おい待て!」
今までただ見守ることしかできなかったゾイルが矢を放ち、カイリの両脇を抱える兵士の背中へと突き刺さる。
「おやおや。たかが田舎の狩人が我々に歯向かうとは… いいでしょう私が相手をしてあげます。」
男はいくつもの火球を放つ。しかし魔獣との戦いに慣れているゾイルの体にはかすりもしない。
「どうした!偉そうなくせしてその程度か!」
挑発するゾイルだったが、目に映る光景に絶望した。男が挙げた腕の先には火球が、しかもそれまでの拳大の攻撃とは違い、男の身長を遥かに超えるほど巨大なものだった。
「消え去りなさい。」
直後轟音が鳴り響いた。
「ずいぶんとしぶとい人ですね。」
男が倒れたゾイルに近づいてくる。直撃は免れたものの、弓を握る右手には激しい火傷を負っていた。
「へへ… これまで何度も死にかけてきたんでな… まぁ今回ばかりは無理だろうな…」
呼吸をするのもやっとな様子のゾイルの首に男が剣を当てる。
「あなたも他の村人と一緒に逝かせてあげます。」
「私が見ていたのはここまでよ。傷を負ったあなたのお母さんとともにここに逃げ込んですぐの出来事だったわ。あなたのお母さんは最後まであなたのことを…」
オウロはワーテラの頭を優しく撫でる。母親の話を聞く限り、おそらく連れされたのであろう父親のことを考えると、レンはとめどなく溢れる涙をこらえることができなかった。
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