第4話 魔獣退治
兵士の命を一瞬のうちに奪った緑色の魔獣はカイリ達を威嚇するように睨みつけている。人だったものを咀嚼する口からは相変わらず炎が漏れ出ていて、当たりには肉が焼ける焦げたような臭いが充満し始めていた。
「お、おい… あれってドラゴンだよな…?」
「ドラゴン… いえ、少なくとも私はあのような魔獣見たことありません。ですがあの動きといい禍々しい見た目といい… おそらくギフトでしょう。」
オウロのその言葉に村人からヒッと小さな悲鳴が漏れる。それもそのはず、ギフトとは戦争において単体で一個師団以上の戦力を持つとされるのだ。
「ギフトって言うとあれか。俺たちギフターみたいにどっか別の世界から持ってこられた生き物やら武器やらだよな。」
「ええ、そうです。カイリ様ならともかく私たちにはあんなのと戦う術はありません。逃げましょう!」
しかしドラゴンのような生物は一向に襲ってくる気配はない。じっと目の前の獲物を選りすぐるかのように見ているだけだ。
「わかった。ここは俺が引き止めておく。お前達は先に村に帰ってろ。」
カイリはそう言うと昨夜グンローフの城を攻めている時に用いた反りのある剣を生成し構えた。自分の無力さを噛み締めながらも、ギフトという世界の理から外れた存在に畏怖を覚えたオウロは恐怖におののく村人を連れて逃げ出さざるを得なかった。
ほうほうの体でヴォダの村まで帰還したオウロ達に気づいた村人の一人がリドリー村長を呼びに行った。
「意外と早く済みましたな。それで、国王様のところの兵士達はどこへ?」
「それどころじゃありません!森にギフトがいて… カイリ様は私たちを逃がすために一人で… だから早く逃げないと!」
やはりギフトという単語には魔性響きがあるらしい。その言葉を聞いただけでその場にいる全員の顔が青ざめ、過呼吸を起こすものさえもいた。
「なんということだ… どうしてこんな辺鄙なところにギフトが…」
「リドリー村長!早く私たちも逃げましょう!」
「いくらあの旅人が強くたって一人でギフトにかないっこないわよ!」
村人達は口々にそう叫ぶ。カイリがギフターであることを知っているオウロだけは彼の無事を信じているものの、身分を隠したことが仇となったようだ。村人たちには既に余裕はなく、一刻も早くこの場から逃げ出したそうな様子だ。
「落ち着け皆の者!まだそのギフトがどこに潜んでいるかわからない以上迂闊にバラバラになるのはまずいだろう!」
必死に村人を落ち着かせようとするリドリーだったが、視界に映る遠くの木々が次々と倒れるのに気づいた頃には不安が確信へと変わっていた。
「おのれこんな時に… 諸君ら!ファンゴの群れだ!武器を持て!オウロ様、兵士達はどこにいるのですか!」
「それが…」
オウロが国王の支援が受けられないことを手短に伝えると、ただでさえ青ざめていたリドリーの顔はもはや真っ白になった。
「討伐隊は来ない…ですと…?」
「はい… 残念ながら…」
「おいあんたら!ファンゴどもはもうすぐそこに来てるんだ!いつまでもないものねだりしてる暇があったら撃退するのを手伝ってくれ!」
男性村人は落ち込むオウロとリドリーにそう言うと近くまで来ていた一頭のファンゴに薪割り用の斧を叩きつける。ゴスッという鈍い音とともにファンゴは前のめりに倒れる。木をなぎ倒しながら突進するだけあって、頭部に当たった斧の刃はほんの少し肉に食い込んだだけで止まっていた。致命傷にはならなかったものの気絶させるには十分そうだ。
「やっぱり物理攻撃は効きにくいのかしら。ならば魔法で殲滅するのみ!」
オウロが指で印を結びブツブツと呪文を唱えると、地面から黒い帯のようなものがいくつも伸びてきて付近にいるファンゴの鼻っ柱を強打していく。しかし、これもまた気絶させることはできるが殺すほどの威力には達しない。
「うぅ… 金の国の魔法は金属を操るものばかりだから物理攻撃になっちゃうのよね…」
そんな嘆きをかき消すように、大きな鼻息を鳴らしながらファンゴの群れは次々に村へと突っ込んでくる。
応戦する村人達も徐々に倒れていき、最後のファンゴを倒す頃にはオウロとリドリー以外の村人はその突進攻撃を受けて全員気絶していた。気絶した村人とファンゴの中で二人はほうっとため息をついた。
「何とか村を守ることができましたな…」
「いえ、まだです。あと一匹… それもかなり大きいのが残ってます。」
構え直した二人の前に現れたのは先程まで相手にしていたファンゴの数倍はあろうかという巨躯を持ち、伸びた牙が仮面のように顔をおおっている大物だった。
「あれはおそらく群れのボスでしょう。あれさえ倒してしまえば数年は群れが形成されることもないのですが…」
「ならば倒すのみです!」
再びオウロは印を結び呪文を放つ。地面から伸びた十本以上の砂鉄の帯がまっすぐに対象に向かっていく。しかしボスはこともなげに頭を振る。たったそれだけの事で帯は全て頑強な牙に弾かれてしまった。
「うそ… あれだけのアイアンアローを全部弾くだなんて…」
オウロが驚くのも無理はない。これまで魔術師部隊の将校として参加した戦闘でも、一度たりとも敵兵に避けられることのない絶対の自信がある魔法だったのだ。それがこんな野生の魔獣に避けられたとなればショックも大きいのだろう。
「アイアンアロー!アイアンアロー!アイアイアンアロー!」
躍起になって撃った魔法はますます当たることなく消えていく。ついには魔力を使い果たしてしまったのかオウロはばったりと倒れ伏した。
「オウロ様!くっ…こうなれば私だけでやるしか…」
その時だった。森の方から飛来した物体がボスファンゴの側頭部にあたり火花を散らして爆発した。衝撃に耐えられずボスは無様に吹き飛んだが、すぐに体勢を立て直し攻撃された方を見据えた。
「ドラゴン退治ってけっこう大変なのな。遅くなってすまんか… っておい!お姫様!大丈夫か!」
「カイリ様!オウロ様はおそらく魔力を使い果たしただけなので無事でしょう。それよりも今お姫様って…」
「なんだそれだけか、心配して損した… そしてその話は後だ!まずはこいつを倒すぞ!」
そう言ってカイリは手に持っていたドラゴンの首を投げ捨てると、今度は人の腕ほどもある筒を生み出した。
「火砲!」
そう叫ぶやいなや筒の先から火の玉が飛び出しボスの顔面へと向かっていく。後にその光景を思い出したリドリーはこう語る。
その時だけは時の流れがゆっくりになった、と。
火の玉が弾けると同時に辺りは眩い光に包まれ白く染まる。その爆風の威力や、周囲の木々をなぎ倒し、気絶した村人やファンゴの体を紙のように吹き散らした。それは立っていたリドリーも同様で、あまりの凄まじさに尻餅をついていた。
「カイリ様!ご無事ですか!?」
もくもくと立ち上る煙の中には人影が。そしてその人影は息絶えたボスファンゴの体を引きずりながら姿を現した。
「いやー、今回はお二人に助けられてばかりですな!」
その日、夜の帳がかかる頃にはヴォダの村ではファンゴの肉を使って宴が開かれていた。酒に酔い顔を赤くしたリドリーがカイリとオウロに語りかける。
「そういえばあの時カイリ様は何かを投げ捨ててましたが、あれは何だったんですかな?」
「あぁ、あれ。ドラゴンの首。まだ炎吐けるっぽかったから持ってきたんだけど俺が作った改造花火の方が強かった。」
「やっぱりギフターって恐ろしく強いんですねー。ギフトさえもあんなに早くたおしちゃうなんてー。」
うっかり口を滑らしたことに気づいたオウロは口を抑えるも後の祭りだった。リドリーはじっと二人の方を見ている。
「ごめんなさい!実は私たちは旅人でも冒険者でもなくて…」
ハッハッハ…と大笑いを始めたのは他の誰でもなくリドリーだ。弁明しようとするオウロの前でリドリーは爆笑している。
「えっと…?」
「いやはや、オウロ様。私は初めからわかっていましたよ、あなた方が一介の旅人などではないことくらい。あなた様やカイリ様の格好は貧乏な旅人が身につけるそれとは似ても似つかぬものです。しかしまさかカイリ様がギフターとは… 思いもよりませんでしたよ。」
「つまり村長は俺たちが何か隠しているのを知りながら泊めてくれたってことか?」
カイリがファンゴ肉を頬張りながら聞くとリドリーは微笑みを携えたまま答えた。
「実は私は若い頃は盗賊の一味にいたんです。巡回中の兵士に追われ仲間ともはぐれた私はアズロの森で迷い、魔獣に食われて死ぬのを待つばかりでした。そんな時に助けてくれたのが前村長だったのです。彼は何も聞かずに私を村に引き入れてくれ、村の一員として暮らすことを提案してくれました。盗賊だったことを告白してもなお私のことを信頼してくれて、あまつさえ次の村長にまで指名してくれたのです。だから私は自分と同じように人に言えない過去を持つ人間でも救いの手を差し伸べることを決めたのです。」
「そんなことがあったのですね。私も見習わなくちゃ… あ、ちなみに私は金の国グンローフの王女、オウロ=アス=ディアです。まぁ亡命を受け入れてもらったのでこの身分も何の役にも立ちませんが。」
「俺は火の国のギフター、坂本浬だ。俺とこいつとは駆け落… ぐはっ!?」
隣に立っていたオウロの肘がカイリの脇腹に突き刺さる。カイリは苦しみながらも彼女の方を見ると、顔は笑っているが目だけはそれ以上喋るなと言わんばかりの鋭さであった。
「ま、まぁ話を聞く限り危険な方々ではないようですし、ファンゴ退治の借りもあります。こんな辺鄙なところで良ければどうぞ我々とともに暮らしてください。」
少し欠けた月が照らす森にはその日、深夜になってもまだ炎の明かりと村人の歌い声が響いていた。
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